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カラフル  作者: 佐藤瑞枝
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第2章

 夢を見ていた。大きなクジャクに乗って、ぼくは空を飛んでいた。それが、いつのまにか仰向けに倒れていて、クジャクがぼくに覆いかぶさってきた。苦しくて、息ができない。助けて。心の中で叫ぶ。


「ごはんできたわよ」


 大きな声で扉を叩かれ、目を開けた。一瞬、ここがどこだかわからなかった。夢の続きかと思った。天井も壁もクジャクの羽根模様。ああ、そうだった。ここは孔雀夫人の部屋で、昨日ぼくは越してきたのだった。シェアハウス、カラフル。夫人が留守の間、この家の管理人をしなければいけない。

 騒々しい声で扉をたたいたのは緑川さんか。ようやくすべてがつながって、ぼくはベッドを出た。


 パジャマのままでキッチンに行くのははばかられ、Tシャツとジーパンに着替えた。キッチンへいくと、緑川さんが待ち構えていた。テーブルの上には山盛りの八宝菜。また作ったのか。昨日に続き三度目だ。ゆうべ胃の中におさめた八宝菜が一気にあがってきそうで胸やけがする。できれば食べたくない。けれど、上手に断るワードをぼくは持ち合わせていないのだった。


「す、すみません。いただきます」


 緑川さんがじっとぼくを見ている。その視線に押しつぶされそうになりながら、必死で八宝菜を口に運んだ。ちゃんとおいしい表情で食べられているだろうか。ひとくちが少なすぎると叱られやしないだろうか。緊張しすぎてもう何を食べているかわからないくらいだ。


「たんと食べなさい。新人さん」


 緑川さんに肩をたたかれた。その時、青山さんが階段をおりてきて冷蔵庫に手をかけた。


「青山さんの分もあるわよ」


 すかさず緑川さんが言った。


「あ、時間ないんで」


 一瞬、険しい目を向けてから、青山さんはそう言った。冷蔵庫からドリンクのボトルをひとつ手に取ると、カバンを背負ってさっさと出て行ってしまった。玄関の扉が閉まって、ガチャリと鍵のかかる音がした。青山さんを恨めしく思った。ぼくにはあんなふうにカッコよく出て行くことなんてできない。けれど、もしもまた八宝菜と格闘しなければならないことがあったら、青山さんの真似をして、ここから出て行くのはどうだろう。


「あ、時間ないんで」

「あ、時間ないんで」


 頭の中で反芻していると、


「新人さんは、時間あるわよねえ」


 まだ半分以上残っているぼくの皿に、緑川さんが八宝菜を山盛りにした。緑川さんの言う通りだ。どんなにカッコよく断ったところでぼくには他に行き場がない。ひきこもりのぼくは、管理人としてここで暮らすのが精一杯なのだから。


「うわあ、朝ごはん、ありがとうございます」


 明るく跳ねるような声がしてふりむくと、桃子さんが階段をおりてくる途中だった。ゆうべも食べた(しかもほとんど残して捨てた)八宝菜をあんなに喜べるのは、やっぱりおなかに赤ちゃんがいるからだろうか。桃子さんは、山盛りの八宝菜を目の前に「いただきます」と笑顔で手を合わせている。


「あとはやっておきますので、緑川さんは遠慮なくお散歩に行ってください」

「あらそう。でも、桃子さん、台所に立つのもしんどいんじゃないかい?」

「そんなことありませんよ。そりゃあ、さすがに布団の上げ下ろしとか重労働はだめみたいですけど、普通に家事をするくらいならむしろ身体を動かしていた方がいいらしいです」

「そうかい。それじゃあ、お願いするわ」


 桃子さんとのやりとりのあと、緑川さんはほっとしたような顔でエプロンをはずした。やがて、財布ひとつ握りしめて出かける緑川さんの背中をキッチンの小窓から確認すると、桃子さんは立ちあがった。


 昨日と同じ光景だった。桃子さんは、てきぱきと緑川さんの作った八宝菜をゴミ箱へ捨てた。


「あの」 


 声をかけたら、「何? 食べるの?」と驚いたように桃子さんが振り向いた。ぼくは首を振った。食べたくはない。でも。


「捨ててあるのを見たら、緑川さん、気を悪くするんじゃないでしょうか」


 散歩から帰ってきた緑川さんが大量に捨てられた八宝菜を見たら傷つくのではないだろうか。ぼくが緑川さんなら、一生懸命作ったものがこんな風に捨てられてしまうなんて、きっとがっかりする。ひきこもりになる前の会社で、徹夜で仕上げた資料を読まずに捨てられたことを思い出した。


「あはは。あの人、こんなとこ見ないから」

「なければまた作るだけよ」


 いったいどうなっているのだろう。


「そうだ。今日、来るんでしょう。102号室の人」

「え?」

「いやだ。管理人なのに知らないの?」


 新しい入居者が来ることは孔雀夫人から聞いていた。けれど、それが今日とは知らなかった。孔雀夫人のことだ。入居者がいつ来ようと、ひきこもりのぼくに日にちや曜日なんて関係ないとでも思っていたのだろう。たしかに仕事を辞めてから、ぼくはカレンダーを見る習慣もなくなっていた。何の用事もなくなって、書くことがなくなったから、今年はスケジュール帳も買わなかった。


 いったいどんな人が来るのだろう。どうやって迎えればいいのだろう。話しやすい人だといいけれど。急にどきどきして、胸が苦しくなった


「何? 緊張してるの? 部屋案内してカギ渡せばいいだけでしょ」

「そ、それはそうだけど、どうしたらいいかと思って」

「掃除でもしておけば」


 桃子さんの言う通りだ。まず、掃除だ。ぼくなんかより桃子さんの方がよっぽど管理人みたいだと思う。102号室ってどうなっているんだろう。あわてて行こうとすると、


「ちょっとぉ。今日は燃えるごみの日だよ」


 桃子さんに呼び止められた。桃子さんに教えてもらって、大通りに面したゴミ収集所までポリ袋を運んだ。捨てられた八宝菜でずっしりと重い半透明の袋は、スライムみたいに地面を這って、まるで生きているみたいだった。


 102号室は、壁も天井も真っ白だった。こっちの方がだんぜん落ち着く。ぼくの部屋は、どこもかしこもクジャクの羽根模様で圧迫感がありすぎる。同じ間取りでも、まっさらな102号室はぼくの部屋よりずっと広く見えた。


 窓を開け、掃除機をかけた。疲れやすくなったぼくの身体は少し動かしただけで悲鳴をあげる。スイッチを切った掃除機にもたれ、窓の外を眺めた。遠くに桜が見える。風に揺れ、時折はらはらと舞う花びらに、春だなと感じた。


「ここ、俺の部屋なんだけど」


 すごみのある声にびくっとして振り返ると、黒ずくめの青年が立っていた。革のジャンパーに細身のジーンズ。背筋がしゃきっと伸びていて、ぼくより十センチは高い。いや、それ以上かもしれない。


「あ、もしかして、今日から」

「だから俺の部屋だって、さっきから言ってるだろ」


 青年が苛立っているのがわかる。きっと、自分の部屋にぼくがいたことに腹が立っているのだろう。早く説明しなくては。ぼくが管理人で、掃除をしていたこと。怪しい者じゃないこと。あ、その前に孔雀夫人に言われていたしおりを渡さなくちゃいけない。


「あ、あの、ちょっと待っていてください」


 青年の横をすり抜けて、ぼくはキッチンのファイルからしおりを持ってきた。


「すみません。申し遅れました。管理人のシロと言います」

「管理人? あんたが?」

「えっと、管理人といっても、その、母の留守中だけなんですけど」


 しどろもどろになりながら、なんとかこの状況を説明しようとしたぼくに青年は少しも興味なさそうで、


「墨田黒」


 吐き捨てるように名乗った。

 名前を聞いて、悪い予感しかしなかった。ぼくと、正反対の色だ。

 一礼して、部屋の外に出た。扉の外から声をかけた。


「あの、必要なら、藤島工務店さんを呼びますから」


 ため息が出た。部屋にもどると、しばらく動けなかった。ヘッドボードに寄りかかり、じっと隣の物音を聞いていた。カタカタと小刻みな音は、黒がたんすに小物を収めている音。シャッ、シャッと切るような音がするは、黒がシーツを広げているから。タン、タンと規則正しい音は、棚に本でも並べているのだろう。壁一枚でしか仕切られていない102号室の音は丸聞こえだ。逆に言えば、ぼくの部屋の音も黒に聞こえているということだ。緊張してくしゃみのひとつもできないなと思うと一気に憂鬱になった。


「おい、管理人」

「家の中を案内してくれよ」


 扉を叩かれ呼び出されたのは、隣の物音がピタリと止んだ時だった。重い腰をあげ、歩いて行く。部屋を見られたくなくて、できるだけ扉を細く開け、さっと廊下に出た。


 案内してほしいと頼んできたわりに、黒はさっさとぼくの前を歩き、目についた場所があると遠慮なしに扉を開けたり閉めたりした。しかも日用品やいろんなものが詰まった物置を見て、「ちょっとは整理しろよ」とまでぼくに言ってきた。


「2階には、緑川さん、桃子さんと青山さんが住んでいます」

「キッチンとバスルームは共有です」


「何これ」


 冷蔵庫を開けた黒が叫んだ。見ると、冷蔵庫の棚のほとんどが八宝菜の詰まったタッパーで埋め尽くされていた。今朝処分したばかりなのに、緑川さんはいつの間にまた作ってしまったのだろう。


「それは、その、緑川さんが作ってくれた八宝菜で、誰でも食べていいんだ」


 筋違いなことを言っているのはわかっていた。けれど、緑川さんは悪気があって作っているわけじゃないし、ただみんなに食べてほしいだけなのだ。


「そういうことじゃない。これじゃ、ほかに何も入らないじゃないか。完全にアウトだよ。あんたからやめるように言ってくれよな」


「えっ」


「当たり前だろ。あんたの仕事じゃないか」


 そんな。緑川さんになんて言えばいい? もう八宝菜を作らないでくださいなんて、そんなこととても言えない。


 ちょうどその時、緑川さんが二階から顔を出した。


「いらっしゃい。あたしは緑川みどり。よろしくね」


 緑川さんは、みどりっていうんだ。ぼんやりとそんなことを思っていたら、黒が肘をぼくの肩にぶつけてきた。今すぐ緑川さんに注意しろということらしい。


「あとで言うよ」


 ぼくは言った。


「二人ともお昼はまだでしょう。八宝菜があるから、たくさん食べてね」


 楽しげにそう言って、緑川さんが部屋へ戻っていった。耳元で黒が「うざ」とつぶやくのが聞こえた。それが緑川さんに向けたものなのか、ぼくへ向けたものなのか定かではなかった。きっとその両方だろう。


 なんとか黒にカラフルを案内し、部屋へもどった。青山さんは相変わらず興味なさそうに会釈し、桃子さんは「なかなかのイケメンじゃない?」と耳打ちしてきた。緊張していた背中がガチガチに固くなっていた。みんな勝手なことばかりだ。黒に宿題を言い渡されたぼくは気が重い。


 緑川さんはなぜ八宝菜ばかり作るのか。ふと桃子さんなら理由を知っているかもしれないと思いついた。思い切って桃子さんの部屋の扉を叩く。桃子さんは、扉を全開にしてベビーピンクの部屋を見せてくれ、「どうぞ」とぼくに入るようすすめてくれたけれど、さすがに女の人の部屋に入るのは抵抗があり、外に誘った。


 庭のベンチで少し話ができればいいと思っていたのだけれど、


「散歩でもしようか」


 ぼくではなく、おなかの赤ちゃんに声をかけ、桃子さんが歩き出した。何か手がかりを教えてもらえるかもしれないと期待してついていったけれど、桃子さんがカラフルに入居した時にはもう緑川さんは毎日八宝菜ばかり作っていたそうだ。


「いいんじゃない?べつに」


 桃子さんは言った。


「誰も困ってないし」


 食べたければ食べればいいし、いらなければ捨てるだけのことだと言う。


「でも、墨田さんは迷惑だって」

「そうなんだ。じゃあ、緑川さんに直接聞くしかないね」

「なんて言ったらいいと思う?」

「そんなの普通に聞けばいいでしょ」


 桃子さんは、何でもないことのように言った。桜並木の遊歩道で、桃子さんはぼくの相談より花びらをつかまえることに夢中だった。商店街に入ると、桃子さんは買い物をして帰ると言い、荷物も自分で持てるからひとりで大丈夫なのだと言った。


「緑川さんが八宝菜ばかり作っている理由、わかったらわたしにも教えてね」


 桜の花びらを閉じ込めた右手をふって、桃子さんはさっさと店に入って行き、ぼくはひとり残されてしまった。しかたなくカラフルへ戻ることにした。道すがら緑川さんになんて言おう。そのことばかり頭の中をぐるぐるめぐっていた。


 夕方、緑川さんがキッチンにいるのを見計らって、ぼくはキッチンへ顔を出した。緑川さんと話をするなら、なんとなく食べながらがいい気がした。


「おや、新米さん」

「八宝菜、食べるだろう」


 緑川さんはそう言って、できたての八宝菜をぼくの皿によそってくれた。よし、話すなら今だ。


 作っていただけるのはありがたいのですが、少々作り過ぎじゃないでしょうか。冷蔵庫もパンパンですし、他の住人からも苦情が出ているんです。いえいえ、作るなと言ってるんじゃないです。ただ、作るなら食べきれる分だけにしていただけないかと、そういうことを言ってるんです。


 頭の中で何度も練習した言葉を反芻する。ええい、何を迷っているんだ。このまま放っておいたら、今度は黒に何を言われるかわからない。


「あの、おいしいです。作っていただけるのは……」

「そうだろう。あたしの八宝菜は世界一おいしいんだから」


 見事に遮られ、食べかけの皿をまた山盛りにされてしまった。たしかに、毎食、山盛りでなければ、緑川さんの作る八宝菜はおいしい。野菜はちょうどいい塩梅にシャキシャキで、とろみのある餡がしっかりと全体を包んでいる。


「緑川さんは、料理がお上手なんですね」


 ぼくは言った。


「ちがうよ。あたしが得意なのは八宝菜だけだから」


 さっきまで自信満々だった緑川さんの声が急に小さくなった。悪いことを聞いてしまったかもしれない。自分の作ったものをみんなにふるまって、緑川さんは底抜けに明るい人かと思っていた。けれど、本当はそうではないのかもしれない。


 そこへタイミングが悪いことに黒がやってきた。早く本題に入れと言わんばかりにぼくに視線を送ってくる。冷蔵庫を開けると「うわっ」とわざとらしく声をあげた。


「あの……」


 ピンポーン


 呼び鈴が鳴って、ぼくは玄関へ走っていった。


「シロくん、元気でやってる?」


 花子さんだった。アーティストでぼくの継母でもある孔雀夫人の世話係を昔からしているマネージャー兼ぼくのベビーシッターのような女性だ。


「孔雀夫人から預かってきた」


 花子さんから渡された夫人がデザインしたクジャクの羽根模様の封筒には、Shiro と筆記体で書いてあった。ぼくの名前を筆記体で書くのは、孔雀夫人のお気に入りだ。


「いいわね。iro(色)って入ってる」


 久しぶりに夫人の筆記体を見て思い出した。子供の頃、夫人はぼくの教科書やノートに書く名前を全部ローマ字で書いてしまった。そのせいで、カッコつけてるとか、ガイジンなの? とからかわれた。ちゃんと日本語で書いてほしいと泣いて頼んだぼくに、孔雀夫人は言ったのだっけ。


「いいところに気づかないなんてかわいそう」


 それ以来、夫人はちゃんと「しろ」と名前をひらがなで書いてくれたけれど、書くたびに「筆記体で書くと味があっていいのにねぇ」とつぶやいていたのを覚えている。


 封筒の中身は絵葉書だった。それで、今夫人がニューヨークにいるのだとわかった。展覧会の会期中なのだろう。マンハッタンを走るイエローキャブ。ブルックリン橋に、自由の女神。その一枚に「ニューヨークは相変わらずたくさんの色があって素敵」と書いてあった。少しはぼくのことを案ずる言葉があってもよさそうなのにとちょっと拗ねたくなる。


 そうだ。長年夫人につきそっている花子さんなら知っているかもしれない。緑川さんがなぜ八宝菜ばかり作る理由。


「みどりさんねぇ」 花子さんは遠くを見るような目で言い、

「働いていた中華料理屋さんを辞めさせられてしまったのよ」


「てんで料理ができなかったんですって」

「それで店主に怒られてばかり」

「唯一ほめてもらえたのが八宝菜だったみたい。それで八宝菜ならみんなが喜んでくれるんじゃないかと思っているんじゃないのかな」


 そんな過去があったなんて知らなかった。けれど、事情があるにせよ、このまま八宝菜ばかり作り続けられても、どうすることもできない。黒は、冷蔵庫が使えないと怒っているし、それは青山さんも同じだろう。桃子さんだって、毎回八宝菜を捨てているけれど、いつまでこれを繰り返せばいいかうんざりしているはずだ。


 八宝菜をあんなに上手に作る人が実は料理が苦手だって、そんなことあるだろうか。花子さんは、店が繁盛して、緑川さんがとても忙しくなってしまったと言っていた。いろいろなことを一人でこなさなければいけなくなって、緑川さんは料理を焦がしたり、ミスをすることが多くなってしまったらしい。それで、緑川さんは料理ができなくなった。同じだ。ぼくが、山のように積み上げられていく仕事に、どんどん苦しくなっていった時みたいに。


「一緒に、料理をしてみたらどうかな」


 花子さんが言った。


「シロくんが手伝ってくれたら、みどりさん、喜ぶんじゃないかな」


 思いもよらないことだった。けれど、緑川さんと一緒に料理をするのは悪くない。八宝菜以外のメニューが出れば、桃子さんや青山さんだって食べてくれるかもしれない。カラフルが食事つきのシェアハウスになれば、みんな喜んでくれるのではないだろうか。


 ぼくが緑川さんに声をかけると、緑川さんは一瞬、自信のない悲しそうな顔でぼくを見た。ぼくは、正直に言った。緑川さんの八宝菜は世界一おいしいこと。でも毎回だと飽きてしまうこと。ほかの料理も食べたいと思うこと。ぼくも一緒に調理を手伝うから、一緒に献立を考え、作ってみないかということ。


「あたしにできるかしら」


 緑川さんは消極的だった。けれど、ぼくが一緒に料理することは断らなかった。


 翌日、ぼくは緑川さんと買い物に出かけた。携帯でレシピサイトを見ながら肉や野菜をかごに入れた。


「ちょっと多いと思いますよ」

「あら、みんな若いんだから、これくらい食べるでしょう」

「一人前でちょうどいいんです。桃子さんは、妊娠中毒症を心配していますし、青山さんも墨田さんもどちらかというと小食です」

「あら、そーお」


 おしゃべりしながらの買い物は楽しかった。思えば誰かとこんなふうに会話のキャッチボールをしたのは久しぶりだった。買い物から帰るころにはすっかりおなかがすいて、もう少し買ってくればよかったかもしれないと後悔したほどだった。

 甘く煮た人参とインゲンのバター炒め、緑川さんと一緒にこねたハンバーグ、ごはんとじゃがいもとわかめみそ汁がテーブルに並んだ。


 食卓についた桃子さんはうれしそうに食べ、五分後には青山さんもやってきて席に着いた。黒の部屋に誘いに行くと、


「俺は別に、冷蔵庫を占領しなけりゃいいんだよ」


 そう言いながらもぼくたちの作った料理を黙々と食べていた。


「おいしくできたわねぇ」


 緑川さんも自分でこねたハンバーグを頬張り、嬉しそうに笑った。みんなが落ち着いたので、ぼくは心底ほっとして花子さんに感謝した。食事が終わると、藤島工務店に連絡した。黒に頼まれた。きっと天井も壁も、黒らしくモノトーンで染めるのだろう。


 二十三時。102号室からうっすらと寝息が聞こえていた。クジャクの羽根模様の天井をしばらくぼんやりと見つめ、目を閉じた。夫人が絶賛するニューヨークの景色をいつかぼくも見てみたいと思った。


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