ミルク粥
そういえば、作り方知らないんだった。
「レシピがありますよね?」
「そうそう。あ、これだね。まずは、鍋に水と米を入れて柔らかくなるまで煮て、ミルクを加えてさらに煮て、塩で味付けして完成」
「簡単ですね」
「簡単だね。これなら、失敗はなさそうだ」
「はい……」
鍋に水と米とミルク入れて煮て塩で味付けするだけ。
失敗もなさそうだけど。私と王子様が作ったからって、おいしくもできなさそう。
ま、作らなきゃわからない。
大小順に壁にかけられた鍋から丁度いいのを選んで、分量を計った水と米を入れて火にかけて。
コトコトコト……
じっと見てるのもなんだし、
「座ってましょうか?」
宰相様と!?
いつの間に、隣に!
そうか、シスコンだから。
妹に食べさせる料理。ちゃんと作ってるか、心配できたんだ。
「テラー!? 座って待ってていいって」
王子様が押し出していく。
「心配で。お手伝いできることはないかと」
「鍋に水と米とミルク入れて煮て塩で味つけるだけだからさ。ないよ! 大丈夫!」
不安そうな眼差しを鍋に投げかけて、宰相様は退場していった。
「全く、ビックリしたね」
「はい」
「コック、次入ってきそうになったら止めてくれ。そうだ、お茶でも淹れて持って行ってやってくれる?」
「かしこまりました。王子様とお嬢様にも、お淹れいたします」
「ありがとう」
「ありがとうございます」
お茶をいただいてる間に、米が柔らかくなった。
ミルク投入。
一気に、まずそうになった……
不安がぶり返してくるわ。王子様もそう思ったのか、苦笑いしてる。目が合った。苦笑いしか返せない。
コトコトコトコ……
ホットミルクの匂いがしてきた。
「そろそろ、塩を入れようか?」
「そうですね!」
味をつけたら、どうにかなるかもしれない!
塩を少々。
「火を止めて、味見してみようか?」
「はい!」
小さいスプーンに掬って、ふーふーぱくっ。
うわ……予想通り。
まずいですわ。
それ以外、言うことがない。何も浮かばない。
無になるまずさ。
王子様もそう思ったのか、表情が死んでる。
目が合った。
表情が動かせない。
死んでると思われる……
「くそまずいね」
笑ってくれた。生き返る笑顔だ。
「フフッ、いけませんよ。王子様が "くそ" なんて汚い言葉使ったら」
くそ汚い言葉を使っているのに、なんて綺麗な笑顔。
「ごめん、ついね」
「確かに、まずいですね」
これを、悪役妹に食べさせるの?
ざまぁされて終わりですわ。私たち。
これが、最後の晩餐なの?
死刑囚でも好きなもの食べられるのに。
王子様、助けて。
「塩を少し足して、もう一回食べてみようか?」
「はい!」
ふーふーぱく。変わんね。
いやいや、王子様みたいに首ひねりながら冷静に味を分析してみよう!
もっと、ミルクの甘さがあるのかと思ってたけどあまり甘くない。あまり甘くないホットミルクの味と塩味。それだけ。それと一緒に柔らかい米を食べてる。分析終わり。
「あまり、変わりませんね」
「うーん」
王子様も困ってる。笑顔が消えてる。
「何か他に足してみようか?」
「他にですか。それなら、甘さが足りないから砂糖入れてみませんか?」
「砂糖? もっと、まずくならない?」
「え……」
そうだね! っていつもなら賛成してくれるのに。
こんなこと初めて……
こんな、こんなことが起こるなんて。
くそまずいミルク粥のせいで……王子様との仲に亀裂が。
ざまぁがこんな形で? このまま私たち終わってしまうの?
また、表情が死んでいくのがわかる……
「い、入れてみようか!」
王子様の焦った笑顔、私を気づかって――
まだ、救いはある。
ミルクのなかから砂糖の甘い匂いがしてきた。
救われる匂い。
ふーふーぱく。
くそまずさに甘さが加わっただけだ。
「ごめんなさい、王子様」
どうしよう泣けてきた。王子様、めっちゃ焦ってる。
「泣かないで! 大丈夫だよ。さっきより、おいしくなった!」
絶対嘘だけど嬉しいな。
涙をキッチンペーパーで拭いてくれて。
やっぱり凄く優しいし。
「ありがとうございます。お優しいですね」
「ミルク粥も、甘さが喉に優しいかもね?」
「はい」
王子様の優しさには負けるけどね。それに、
「もういっそ、甘いホットミルクにしたほうがいいような気がします。お米は別にしたほうが」
「うん……おれ達が前世日本人だから、牛乳にご飯入れて食べるのに違和感があるのかもね。異世界人が食べるとおいしいかも。待ってて――コック、食べてみてくれ。どう?」
「お上手にできております」
「おいしいってこと?」
「はい」
「――おいしいって」
王子様の強制力が働いてる気がするけど。
おかげで、元気が出てきた。
泣いてないで、なんとかしなきゃ。
「な、なにか、他にも入れてみましょうか?」
「そうだね!」
いつもの王子様だ。
「そうだ、レシピになんか書いてあったな。えっとね、コンソメを加えてもいいみたいだよ。入れてみよう?」
「はい!」
ふーふーぱく。
「なんか、シチューみたいな味になったね」
「はい。これなら食べられますね」
シチューだ。おいしい。でもこれは、
「これは、ミルク粥というよりシチューですね」
「そうだね……」
王子様、考えてる。待ってよう。
「他の、お粥を作らない?」
「他のですか」
「うん。ウタカタリーナが言ったようにミルク粥って異世界っぽい料理だよね。おれ達が今まで作ってきたのは日本食でミルク粥は日本食っぽくないから、上手くできないんじゃないかな」
「そうですね」
うんうん、それでか!
料理ルートを進んでるけど。
いくつかの選択肢から間違ったのを選んでたんだ。
ざまぁの不安が消えなかったのも、王子様といつもみたいにできなかったのも、それでだったんだ!
「他のを作りましょう!」
「そうだね! 何にしようか、他にお粥といえば梅干粥だけど――コック、ウメボシというものあるかな?」
「申し訳ございません」
「ないか。いいよ、気にしないで――それじゃあ、卵粥を作ろうか?」
「はい!」
「よし! じゃあ、卵を持ってこよう」
打てば響くようなやりとり。私たちはこうでないと!
「えっと、作り方は。ミルクの代わりに卵を入れて塩で味を整えるでいいかな?」
「そうですね!」
新しい鍋に水と米を入れて柔らかくなるまで煮て。
卵投入。
ミルクのときのような不安感はない。
綺麗な黄色になってきた。
塩を少々。
「味見してみよう」
「はい」
ふーふーぱく。これは……
おいしいですわ。
卵と塩味。それだけ。他に何も浮かばない。
無になるおいしさ。
王子様と目が合った。
生き生きと輝いてる瞳、私も同じはず。
「普通においしいね!」
「普通においしいです!」
それがこんなに幸せなことなんて。
「これを、食べてもらおう?」
「はい!」
真っ白い器に盛って、完成!
「テラー! できた!」
王子様が廊下に出て呼びかける。
宰相様はすぐに来て、卵粥を見下ろした。
凄く、厳しい顔つき。
「これは? ミルク粥ではないですね?」
「うん。レシピ用意してくれたのに、ごめん。ミルク粥は一回作ったんだけど、どうも何か違うというか。それで、この卵粥を作ったんだ」
「卵粥ですか」
「食べたこと、ないですか?」
「ええ。味見してもよろしいですか?」
明らかに、妹に食べさせていいか疑ってる。
王子様と目が合った。
同じこと思ってるのがわかる。
「大丈夫! 食べてみてくれ」
「では……」
ふーふーぱく。
「おいしいです。これなら、妹も――」
笑顔になってくれた。
「じゃあ、持っていってくれ! 私は、ここで待ってるから。ウタカタリーナはどうする? ついて行く?」
「え?」
王子様は令嬢に近寄らないようにしてるから、行かないのはわかる。
私はどうしよう。
悪役妹のリアクションが気になるけど……
私がいたら、味の評価に悪い影響を与えそう。
「私も、ここにいます」
運んでいく宰相様を見送って。
ざまぁとでるか、吉とでるか。
祈りながら、結果を待とう――
ミルク粥に恨みはありません。




