料理ルートを認めさせる!
「さて、さっそく作ろうか」
王子様が言いつつ窓を見た。
もう夕暮れ。暗くなりかけてる。
これから、よくわからん粥を作るのは時間がかかりそう。
こちらを向いた王子様もそう思った顔していて、
「それとも、明日にしようか?」
「そうですね」
「じゃあ、テラー。明日、ミルク粥を持って屋敷に行くよ」
冷めてまずくなりそう。
こちらを向いた王子様もそう思った顔していて、
「持っていくうちに冷めて、まずくなるかな?」
「そうですね」
「それじゃあ、お邪魔して屋敷のキッチンでミルク粥を作ってもいいかな?」
「はい。材料を用意しておきます」
「ありがとう。後、レシピもあってくれたほうがいいね?」
「そうですね」
作ったことないから。レシピに頼ろう。
「では、レシピも用意しておきます」
「お願いします」
「頼むね。時間はいつがいいかな?」
「いつでも問題ありません。突然のことで何も行き届きませんが」
「いいよ。こっちが急に言いだしたことだし。それじゃあ、ウタカタリーナのほうは時間は」
「私もいつでも大丈夫ですわ」
「それなら、私のほうは、テラーどうなってる? 私の明日の予定は」
「朝からテノールード王子様方歓迎パーティー会場の視察となっております」
「それ、行かないとまずい?」
「私の部下に代行させても問題ないかと思います」
「では、そうしよう。それじゃあ、ウタカタリーナ。いつも城に来る時間に屋敷に迎えに行こうか。いいかな?」
「はい! お待ちしています!」
お城の馬車で帰宅〜
明日に備えて、今日はもう寝よう。
「ただいまですわ」
「おかえり! プリマドンナ!!」
「へ!?」
お父様が――!
バーン!!
って感じで片手を差し伸べて出迎えてきた!!
なにこれ……
めっちゃ笑顔で。こんなことするんだって感じ。
「お父様? プリマドンナ?」
「お母様から聞いたよ。プリマドンナの代役を頼まれたそうだね」
「ええ、それは」
「ついに、ウタカタリーナの歌声に魅了された男が現れたか。それも宰相様とは驚きの相手だ。あの冷静沈着で感情がないのではないかと噂されるほどの宰相様の心を惹きつけ屋敷に押しかけるに至らせるとはね」
フフ、冷徹宰相様を魅了してしまいましたわ。
「ウタカタリーナにかかれば簡単かもしれんな」
冷静になって、何か思っているみたい。
「ウタカタリーナ、お前にはオペラの才能があると私はずっと信じていたよ」
「え、あ、そうなのですか……」
まずい、またオペラルートに引き込まれる……
「しかし、お前は小さい頃から内気というか控えめというか。持てる才能を出し切れていなかった。それに、お前の歌声と愛らしさを妬んだ娘達の目も気にして……いつしかプリマドンナどころかオペラの道も諦めたようにレッスンからも足が遠のいて、目立たない存在になってしまっていた」
それで、モブ令嬢だったんだ。
「それが! いまっ、プリマドンナになる運命が巡ってきたというわけだ!!」
プリマドンナ〜の座について――
オペラの舞台を成功させるのが正解ルートか。
いや、すいませんねぇ。私は、
「オペラはしませんわ」
お父様が驚きすぎて固まってる。
「なんだって!!?」
肩を掴まれた! めっちゃ揺すってくる。
「ウタカタリーナ、プリマドンナにならないなんて嘘だね?」
「ごめんなさい。もう、王子様に相談して決めたことなんです」
「王子様に!? そういえば相談に行っていたんだったな」
「はい」
「なぜ、王子様はオペラをさせようとしないのかね?」
憤慨してるわ、当然だろうけど。
「それは、お料理をするからですわ。私と」
「お料理!? このオペラ大国、オペラーラ王国の王子様と未来のプリマドンナが! お料理なんてしてる場合かね!? していいはずがない!!」
それは、私もめっちゃそう思いますわぁ……
「で、でも。でもですわね、お父様」
なにか、なにか言い訳を。
そう! 妬み!!
「ほら、いきなりプリマドンナなんてなったら。また妬まれてしまいますわ」
「それはそうだが、怖がることはないんだよ」
また肩を掴んで、説得にきた。
「王子様という後ろ盾もいるじゃないか」
「王子様は、後ろ盾みたいなのにはなってくれないような気がしますわ」
オペラに興味ないし。
「そうか。まぁ、後ろ盾など無くても才能が全ての者の妬む気持ちを消してくれるよ。ウタカタリーナが才能の全てを出せば、たやすいことだ」
たやすく、やってみたくなるから煽らないで。
「ダ、ダメですわ。そんなことをしたら。ほら、本来プリマドンナのはずだった宰相様の妹さんにも悪いですし妬まれますしズルいズルい言われますし」
お兄様のみならず――
私からプリマドンナの座まで奪うなんて許さない!!
覚えてなさい……
みたいな展開だけは勘弁。義姉にもなってないのに。
「妹さんから妬まれるのを避けたい気持ちはわかるよ、ウタカタリーナ」
「わかっていただけますか」
「本来、その座につくはずだった者から座を奪うのは、お父様もしてしまっているからね」
「お父様も?」
「ああ、ウタカタリーナが王子様と仲良くなったおかげで王都のオペラ劇場の支配人になる話が来ているんだ。それで、本来支配人になる者から妬まれてというか恨まれているようでね」
恐れていた状況になってる。
「それは、まずいですわよ。お父様」
「まずいな。しかし、ここまで来たら突き進むしかないのだよ。ウタカタリーナ」
めっちゃ悪そうに笑うやん。
オペラルート無視して料理ルートを突き進む。
私の悪びれない――謝ってるけど――ふてぶてしさって遺伝なのかしら。
ふぅ、親子一緒に恨まれないためにも、
「ここまできたら、私も突き進むしかないのですわ。お料理の道を!!」
もう、それ以上言うことはないですわ!
お二階へ行きましょう。
逃げるんじゃないわよ、格好良く退場するの。
「待ちなさい! ウタカタリーナ!」
格好良く、振り向いてと。
「明日は、妹さんのお風邪を治すために王子様とミルク粥を作りに参りますわ!」
「ミルク粥!? あんな、まずいものわざわざ王子様と作る暇があるならオペラをしなさい!!」
バタン!
自分の部屋〜
ふう。お父様が手強い敵だったなんて。
神もなかなかオペラルートを諦めませんわね。
当然だけど。
疲れましたわ。ちょっとベッドで寝よう。
今日も色々ありましたわ……
まず、王子様のオペラ興味ない発言は衝撃だった。
前世日本人としては一般的反応かもしれないけど。
お父様も言ってたけど、オペラーラ王国の王子様がオペラしないってのはなかなかヤバいんじゃない?
テノールード悪役王子が腐った豆料理食わされて頭おかしくなったに違いないとか言うわけだわ。
頭おかしくもないし、今は料理にしか興味ないって濁すだけで、オペラしないって公言しない理性も持ち合わせてくれてるけど。
もし、理性のないバカ王子だったら今頃――
私はオペラ興味ないんだ。ウタカタリーナと料理するから。君は一人でオペラをしてくれ。
とか、悪役令嬢に言ったりして恨まれて。
悪役王子とオペラで復讐してきてたりして。
オペラーラ王国乗っ取られ、ざまぁされてたのかも。
それだわ。それで、私と王子様は国外追放か処刑か。
お父様もどっかで恨まれてる相手に殺されて。
お母様は絶望して精神崩壊したりして。
怖すぎるわ。
料理ルートで今のとこ上手くいってるのは奇跡かも。
まだ、悪役妹?にミルク粥食べさせる試練があるし。
お父様も説得しきれてないし。
次から次へとなんかあるわ。お母様の言う通り、綱渡りしてるピエロの気分よ。落ちたら終わり。
だけど、だからって怖がってばかりいられない!!
お父様を説得に行こう――
リビング〜
お父様はお母様と一緒にソファーに座っていたけど、私を見ると立ち上がって近づいてきた。
冷静なようにも、まだ怒っているようにも見える。
パシーン!
とか、いきなり平手打ち食らったらどうしよう。
怖い。
「ウタカタリーナ。さっきは悪かったね。お父様は冷静になったよ」
「れ、冷静になりましたか。よかったですわ」
平手打ちされなくてよかった。
されてたら、逃げるか泣くか打ち返すか迷った。
このまま、穏便に進めなきゃ。
「お母様と話していたんだ」
「お母様……」
冷静な顔でこっち見てる。
こういう人がいると助かるわよね。
また掻き乱してしまって、精神のほうが心配だけど。
「王子様の言うことを聞くのが一番いいですわ。ウタカタリーナ」
「お母様……」
王子様が精神安定剤なのかも。切らさないようにしないと。
「そうだよ、ウタカタリーナ」
「お父様」
また肩掴まれた。今度は優しく。
「王子様に、ついて行きなさい。どこまでも」
「王子様に――」
オペラ興味ないんだよね、とかいう王子様に。
最終確認をしておこう。
「よろしいのですか? 本当に」
「ああ! ウタカタリーナは王子様と料理で仲良くなったから、お父様の今がある! 今さらオペラをして王子様の機嫌をそこねたりすれば支配人の座を失うことになりかねんし」
「そうですわね」
そうそう、今さらオペラできないんですわ。
わかっていただけて、よかった。
でも、身の保身っぽい言い草。親子だから仕方ないか……
「それにね」
「それに?」
「お父様は思うのだよ。ウタカタリーナが最近生き生きとして昔の明るさを取り戻しているのは、王子様と料理をしているおかげなんだと。このまま料理の道を突き進むのがウタカタリーナの幸せなのだと」
「お父様!」
身の保身だけじゃなかった。感動。
「お母様とそう話していたんだ」
「お母様!」
冷静な顔に笑顔が。感動。
「ありがとうございます!!」
お父様と抱きあった。
こんな感動が待っているなんて。
ひさびさに泣きそう!
泣いてる場合じゃない、
「明日のミルク粥作り、成功させてみせますわ」
「成功を祈っているよ」
そういえば……
「お父様、ミルク粥をあんなまずいものと言ってましたわね。そんなに、まずい? 不安になりますわ」
「ハハハ、あれは頭に血がのぼって言っただけだよ」
「ほんと?」
「……ウタカタリーナと王子様が作るミルク粥なら至高のおいしさに違いない!」
「た、多分」
「では、自信を持って行きなさい」
「はい。では、明日に備えてもう休みますわね。お母様、王子様の馬車が朝お迎えにきてくださいますからね」
「まぁ、馬車が。わかりましたわ」
「では――」
廊下〜
お父様もお母様も料理ルートに引き込めた!
なんともいえない充足感があるわ。
王子様のお父様とお母様は引き込めるかしら?
「手強そう……」
考えるのは後にして。
今は明日のミルク粥に集中しよう――




