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13話 私の初めて

書きたいもの書いてたら時間かかっちゃいました、すみません!


「汐咲さんは僕が守るよ」


 その言葉を聞いた時、私は自分でもよくわからない気持ちになった。


 体が熱い、顔も赤くなっている気がする。


 この気持ちは何だろう。


 中学の時の国語の授業でそんな詩を読んだ気がする。


 あの時はピンとこなかったが、今の私の気持ちはまさにそれだった。


 そうだ、夏だからかもしれない。


 夏は陽気な気分になるから、きっとこの気持ちもそれによるものだ。

 

 体が熱いのはきっとこの暑さのせい。


 顔が赤いのはきっと今日の体育で日焼けしたから。


 そう心の中で理由付けしたら、すっと心が楽になった。


 私は未だに真面目な顔で塩を地面に振りまいている翠くんに向き直ると、


「ご飯食べる時間無くなっちゃうよ!早く行こ!」


 そう言って、一足先に彼の家に歩き出した。


 私、いつもみたいに笑えてるかな?



 

 彼の家に着いてすぐに靴を脱ぐ。


 二回目になってもこの瞬間は緊張した。


 前は緊張しすぎて靴を左右逆に置いてしまったのだ。帰るときに靴を履いてそれに気づいた時はとても恥ずかしかった。


 私が今度こそ間違えないように慎重に靴を置いていると、翠くんが声をかけてくる。


「あ、今日は間違えなかったんだね」


 私は冷や汗が垂れるのを感じながら、極めて冷静に彼に聞き返した。


「な、なんのことかな?」


「え?前は靴を逆に揃えてたから今回はどうかと思ってたんだけど......大丈夫だったみたいだね」


 彼は私の靴を見ながらそう言った。



 昨日の見られてたー!


 私は恥ずかしさで家を飛び出したい衝動に駆られるが、なんとか抑えて笑って誤魔化す。


「あ、あはは。前は少し緊張してたから......」


「じゃあ今日はもう緊張してないんだね、良かった」

 

 そう言って彼は笑う。


 その笑顔を見た瞬間、私の心臓は急に飛び跳ねた。


 やっぱり今日はおかしい。


 私は先ほどからの違和感に首を傾げながら、彼の家にお邪魔した。



 翠くんは家に上がるやいなや、すぐに買った物を冷蔵庫に入れにキッチンへと向かって行った。


 私はリビングにあるソファに座り、大きく伸びをすると目の前にあったリモコンを手に取り、テレビの電源をつけた。


(はぁ~、なんだか落ち着くんだよねこの家)

 

 私はソファに体重を預けて一息つくと、ひとつ重要なことに気が付いた。


(あれ?私って無理やり家に押しかけて無料でご飯をたかる厄介な奴になってない?)


 そのことに気づいた時、大きな羞恥心と焦燥感が私を襲った。


(どどど、どうしよう!?流石に材料費は払った方が良いよね?!でもこっちが無理言って押しかけてる訳だし、それじゃ足らないかな?)


 私はリラックスした態勢のまま最大限頭を働かせた。


 今私の姿を見て、めちゃくちゃ焦っていると気づける人はいないだろう。


(う~ん、料理の手伝いとかするべきかな?)


 私はそう思い立った瞬間すぐに行動を開始した。


 

 翠くんは大きな冷蔵庫の前で、今日の夕飯の材料と思われる食材とにらめっこしていた。


「翠く~ん、ちょっといい?」


 私が声をかけると、彼はすぐにこっちを振り向く。


「どうしたの汐咲さん?すぐに作るからあっちで待ってていいよ?」


「いや~、私も料理手伝おっかな~って」


 私がそう言った瞬間、彼は何かを思い出したような顔をした後、焦ったように私に詰め寄った。


「だ、大丈夫!僕一人の方がやりやすいから汐咲さんは何もしなくていいよ!」


「え?でも私も何かしないと翠くんに悪いよ」


 私がなかなか引く姿勢を見せないでいると、彼はさらに私に詰め寄った。


「それなら料理以外のことでお願い!」


 か、顔が近いよ翠くん///


 私は急激に接近してきた翠くんにたじろぎつつ、そこまで言うならとリビングに戻った。



 結局この日、私は彼が料理をしていた時リビングでスマホをいじることしかしなかった。


 次までには何か考えておこう。雫ちゃんにでも聞いてみようかな。


 私が罪悪感に苛まれたままソファに沈んでいると、翠くんの声が聞こえた。


「汐咲さ~ん!ご飯できたよ~!」


 気づけば部屋にはとてもいい匂いが漂っていた。


 私はそれで自分のお腹がペコペコだったことに気づいた。


 よし!今はいったんこのことは忘れてご飯を楽しもう!


 私は光に誘われる虫のようにふらふらとテーブルに近づいていった。


 

「やっぱり今日は生姜焼きなんだ~!」


 席についた私の前には、とても美味しそうな生姜焼きが千切りされたキャベツと共に丁寧にお皿に盛りつけられていた。


 呼吸と同時に鼻を突き抜ける醤油と生姜の香ばしい匂いに、空腹で限界寸前だった私は思わず涎が垂れそうになってしまう。


 いけない、いけない。こんなにがっついたらはしたない女だって思われちゃう。


「本当はオムライスの予定だったんだけど、豚肉が安かったから生姜焼きに変えたんだ」


「オムライスか~、そっちも食べてみたかったなぁ」


 料理上手な翠くんのことだ、きっとふわふわでトロトロなオムライスが出てくるに違いない。


 私がまだ見てもいない空想のオムライスに思いを馳せていると、翠くんが苦笑しつつ私を見る。


「あはは...、それはまた今度ってことで」


 何か催促しちゃったみたいでちょっと恥ずかしい。


 でもしょうがないよね、オムライスが嫌いな女子高生は存在しないんだから。


 って()()()()


 もしかして翠くん、これからも私とご飯を食べてくれるのかな。


 ......どうしよう、めちゃくちゃ嬉しい。


 私は自分の口角がさらに吊り上がるのを感じた。


「そっ、それじゃご飯食べよっか!いただきまーす!」


 私はニヤついた顔を誤魔化すように手を合わせてそう言った。


 翠くんは少し面食らった顔をした後、すぐに元のにこやかな表情に戻して


「いただきます」


 と私に続いて言った。


 

 二人でいただきますを言った後、改めて私は料理に向き直った。


 テーブルには生姜焼きのほかに、白米、お味噌汁、冷や奴、パックに入った大根の漬物が広げられていた。


 翠くんは意外と和食が好みらしい。


 さてさて、まずはどれから頂こうかな。


 色々な料理がテーブルに乗せられているのを見て、私は迷うフリをした。


 フリと表現したのはもう既に何から食べるか決めていたからだ。


 席に座った時点で、私の視線は既に中央に鎮座した生姜焼きに奪われてしまっていた。


 私は翠くんに悟られないようにできるだけ焦らず、優雅に箸で一枚生姜焼きを取った。


 そしてすぐに一口だけ口に含む。


 ......美味しい!


 柔らかい豚肉は砂糖醤油でコーティングされており、食べた瞬間に口に広がるささやかな生姜の香りは私の箸を自然と白米へと誘導させた。


「気に入ってもらえたみたいで良かったよ」


 白米を口に含んだ途端、舌の上でつるつるの米と濃い目の味付けをされた豚肉が運命の出会いを......って


「そんなに顔に出てた?」


「グルメリポーターみたいな感じになってたよ」


 急に現実に引き戻された。


 生姜焼きめっちゃ美味し~。


 うん、私の拙い感性ならこんな感じで丁度いいでしょ。



 その後は前と同じく会話を弾ませながら食事を続けた。


 途中で翠くんがマヨネーズを勧めてきたが、流石にカロリーを気にして断った。


 彼はそっか、と呟くと自分は気にしないと言わんばかりに生姜焼きにマヨネーズをつけて食べていた。


 ......羨ましい、私だって気にせず食べたいのに。


 私は他の人よりは太りにくい体質だと言われているが、それとこれは別だ。


 女子高生にとってカロリーとは天敵なのだ。


「「ご馳走さまでした」」


 そんなこんなで私たちは完食した。


 多くの料理が乗っていたテーブルの上には、キャベツの一切れでさえ残っていなかった。


「汐咲さんこれからどうするの?もう帰る?」


 そう翠くんが聞いてくる。


 私は満たされたお腹をさすりつつ、壁に掛けられていた時計を見る。


「う~ん、まだちょっと余裕あるから少しだけ休んでいこうかな」


 満腹で動くのが億劫であるというのもあるが、なんとなくまだこの空間に居たいと思い、そう伝える。


 あの家に帰るよりはここの方が落ち着くんだよね......


「そっか......じゃあ温かいお茶でも淹れようか?」


 彼はそんな私に気を利かせてくれたのか、キッチンに向かって行った。


 私は優しい彼に感謝しつつ、リビングに移動していつものソファに座った。


 なんの気なしにテレビの電源をつける。


 ちょうどドラマがやっていたらしい。画面には若い男女が言い合いになっている場面が映し出されていた。


 あっ、このドラマって......


 私はドラマのタイトルを見て、このドラマは以前私が好きだった少女漫画が原作となっているものであることに気がついた。


 当時まだ中学一年生だった私は、この甘酸っぱくも切ない恋の物語に夢中になり、いつか私にもこんな機会が訪れるのだろうかと少女らしくよく妄想したものだった。


 結局、恋なんて高校生になってもまだ分かってないけど。


 私に近づいてくる男はみんな下心が透けた顔をして私を見てくる。


 お母さんが連れてきたあの男もそうだった。


 そのせいかもしれない、恋なんて幻想だって思い始めたのは。


 私が少しだけ気持ちを落としてテレビを見ていると、翠くんが両手にマグカップを持ってリビングにやってきた。


「ごめん汐咲さん。さっきまで茶柱が立ってたんだけど」


 彼は本当に申し訳なさそうに私に片方のマグカップを差し出す。


 たいしたことない理由で謝ってくる彼を見て、さっきまでの沈んだ気持ちがすぐにどこかへ行ってしまった。


「それは一大事だね!罰としてここ座って!」


 私はポンポンと隣のスペースを叩く。


 翠くんにはちょっと悪いけど、翠くんの困惑する姿ってなんか面白いんだよね。


 彼は私の目論見通り少しだけ戸惑ったあと、仕方ないという感じで私の隣に座った。


 からかうつもりで隣に座るよう促したものの、私たちの間に訪れたのは沈黙だった。


 テレビの音だけが部屋の中に響く。


 あれ?なんでこんなに緊張するんだろう。


 マグカップを両手で持って温かいお茶を啜りながら、私は正体不明の動悸に困惑していた。


 ふと翠くんの様子が気になって、彼の方をちらりと見る。


 その瞬間、こっちを見ていた翠くんと目が合った。


 私たちは互いに勢いよく顔を背けると、少しだけ座る場所の距離をとった。


 か、顔が熱い...


 今日は本当にどうしたんだろう、何かの病気かな?


 もしここに医者がいたら100人中100人が健康で健全な肉体だと診断しただろう。


 しかしここには医者はおらず、顔を赤くした高校生の男女が2人いるだけであった。


 しばらくの間、この空間にはテレビの音とお茶を啜る音だけが響いていた。



 その後、私たちは気まずい空気のままその場を過ごし、帰る時間になった私は帰る準備をしていた。


「あ、汐咲さん今日は最初から送るよ」


 すると、翠くんがそう提案してくれた。

 

 正直とてもありがたかった。


 昨日のようなことは珍しいとはいえ、流石に今日一人で帰るのは心細かったからだ。


「ありがと!実はちょっと怖かったんだよね~」


 心の底からの気持ちを正直にそう伝えた。


「じゃあ外で先に待ってるね」


 翠くんはそう言って家の外に出て行った。


 私はすぐに準備を済ますと、彼が待っている外に向かった。




 帰り道、昨日とは違って最初から翠くんと一緒に駅へと歩いている。


 しかしやはり私たちの間には謎の気まずさが残っていた。


 あ。あの街灯、チカチカ点滅してる。そろそろ交換した方が良いんじゃないかな。


 慣れない沈黙の中でどうでもいいことばかりが頭に浮かぶ。


 流石に沈黙に耐えかねたのか、翠くんが話を切り出す。


「ところでさ、汐咲さんってストーカーとか心当たりある?」


 しかし彼の話の内容は、私が全く予想していなかったものだった。


「すとーかー?う~ん、あんまり心当たりはないかなぁ」


 実際、私は生まれてから一度もストーカー被害にあったことはなかった。


「じゃあ昨日のは?あの人について知ってることってある?」


 翠くんは続けて聞いてくる。


 その言葉で私は昨日の怪しい格好をした不審者を思い出す。


 昨日はただ絡まれただけだと思ってたけど、そっか、あれもストーカーかもしれないのか。


「確かにあの人は怪しいかも、あんなにしつこいのは初めてだったし」


 昨日の不審者がストーカーかもしれない。


 それは普通に考えればかなりの恐怖体験だったが、不思議と私に恐怖感はなかった。


『汐咲さんは僕が守るよ』


 それはきっと翠くんのこの言葉のお陰だろう。


 

 この二日間で彼の良いところも悪いところもたくさん見れた。


 料理上手で気が利いて、私のことを心配してくれるとても優しい彼の姿。


 自己評価が低くて、自虐的でとても臆病な彼の姿。


 私を守るって言ってくれた、彼のとても格好いい姿。


 そんな彼のことを、私は......


 

 私は.......


 

「ごめん翠くん!わたし先帰るね!」


「ちょ、ちょっと汐咲さん!?まだ駅まで少しあるよ!?」


「今日はもう大丈夫!また明日学校で!」


 私は駆けだした。


 気づいてしまった。


 気づかされてしまった。


 きっと今の私の顔は今日一番、いや人生で一番赤くなっているだろう。


 私は今日体育があったのにも関わらず、夜の街を全力で疾走する。


 ストーカーのことなんてもう既に忘れていた。


 夕方から続いている正体不明だった心臓の動悸は、今や甘い胸の高鳴りに変わっていた。


 

 私は駅に着いた後、自分の髪がだいぶ荒れていることに気が付いた。


 まあ、あれだけ全力疾走したら当然か。


 私は興奮冷めやらぬまま、肩で息をしながら駅の化粧室に入った。


 私は手洗い場の水で手を洗い、ハンカチで水を拭き取りながら再び例の彼のことを思い出していた。


 そう言えば、彼は"また今度"と言ってくれていた。


 これからもきっとたくさんの時間を彼と過ごすことができるだろう。


 そのことに気づいた時、私の胸はまたどくんと大きく高鳴る。

 

 どうしよう、これからも普通に彼と話せるかな?


 緊張して変なこと言ったりしちゃったらどうしよう......


 私はまだ見ぬ未来を杞憂して頭を抱える。


 そして目の前の鏡で自分の顔を見た時、私は自分の気持ちを再び確認することができた。



「やっぱり...、これ......恋ってやつだよね?」



 鏡に映った少女は、かつて読んだ少女漫画の主人公と全く同じ表情をしていた。



 汐咲心美16歳、初恋は生姜の香り。

完読ありがとうございました!

少しでも面白いと思って下さったら下の☆を★にしてくれると嬉しいです!

次回にもどうぞご期待ください!

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