第8話 焦燥
この世界は、大きく分けて5つの大陸から成り立っている。俺が住むこの大陸は、東西に長く伸びる、一番大きな大陸で、地球で言うならユーラシア大陸に似ている。
ギフト『衛星』で、地図を眺めると未開拓地が多く存在する事がわかる。中央大陸の東側に伸びる大森林は、殆ど人の手が入っていない。また、北の大地は、雪と氷に覆われている。
大森林の中に街があるようだ……
俺は、地図を拡大して森林の中の様子を見ていた。リアルタイムで見られるこの機能は、とても便利だ。長い時間見ていても飽きる事は無い。
うむ、魔物か……いや、獣人達のようだ。
大森林の様子をさらに拡大すると、耳や尻尾のある人達が、何かの作業をしていた。すると、その街の北の方角から大きなイノシシのような動物? いや、魔物なのだろう、その獣人達を目指して突進してきている。
このままでは、被害が出そうだ……
だが、さっきまでの獣人達の作業は、その為だったようで、柵のような物を引き寄せた。それは、突進してくる魔物に向かっての盾の役割を果たしている。幾十にも重なったその柵のような盾に阻まれ、魔物は行き場をなくした。そこへ、獣人達が、武器を取り、その魔物に戦いを挑んでいる。槍で突き刺し、剣で斬りつけ、次第に魔物は動かなくなった。獣人達の勝利である。
魔物の存在するこの世界は、これを倒さなければ、自分の命が危険に晒される。
地球と違って、魔物という明確な敵が存在するだけ、わかりやすいが……
今の俺にあの大きな魔物を倒せるのか?
前職の立場上、護身術は習っていたが、剣や槍、ましては弓などは使った事がない。魔法を行使するとしても、咄嗟に放つ事が出来るのか?
正面から戦いを挑むには、今の俺では、実力が足らないだろう。なら、相手が気づかぬうちに倒せばいい。
だが、魔物相手ならともかく、必要となれば俺は、人を殺せるのか?
殺さなければ殺されてしまうこの世界では、綺麗事は言ってられない。ましてや、俺は、地球で善人ぶって殺されてしまったのだから……
まずは、この世界をよく知っておかないといけないだろう。
本などで情報を集められれば良いが、この世界では、本自体貴重品で手に入らない。情報収集の基本である、足で調べなければいけない。
しかし、思考は大人でも、俺は、まだ、5歳児だ。外出さえままならない。
できれば、今すぐにでも、さっきの獣人達のところに行き、いろいろ調べてみたいが……
行きたい場所に移動できる魔法でもあれば良いが……
あとで、母さんにでも聞いてみよう。
俺は、こうして『衛星』のギフトを試しながら、この世界を覗く事が日課となっていた。
◇
それは、突然、夕食時に父さんに言われた。
「ラビス、来年の春からクロウ勇国に行きなさい」
「えっ!? 」
どういう事だ?
「そんなに驚く事はないだろう。クロウ勇国の学院に通いたいと言ってたではないか? 」
「そうですけど、どうして? 」
すると、母さんが、
「私の両親がクロウ勇国の首都にいるのよ。学院からも近いし歩いて通えるわ」
「良いんですか? 」
「ええ、父様とも相談して決めたのよ。もちろん、ラビス次第だけど」
「行きます。行きます」
「ダメ、ダメ。ラビスは、皇都に行くの! そんなの絶対ダメ! 」
メリーナな姉さんが顔を赤くしながら猛反対した。
「メリーナ、貴女は4月から皇都の学院に通うんでしょう? ラビスは、一緒には行けないのよ」
「そんな事ないもん。皇都のお屋敷にみんなと一緒に住めば良いじゃない」
「皇都の学校は、皇族以外は寮住まいと決められている。ラビスが皇都の行っても一緒には住めないぞ」
「そんな〜〜ラビスはどうなの? 姉さんと一緒が良いわよね」
「それは、寂しいけど決まりなら仕方ない……かな」
メリーナ姉さんが泣きそうな顔でこっちを見ていた。
「みんなの意地悪! じゃあ、私もクロウ勇国の学校に通う! 」
「えっーー! 」
「私は、別に構わないと思うけど、貴方は? 」
母さん、早まってはいけない。ちゃんと考えないと……
「メリーナには、出来れば皇都の学院に通ってもらって生涯の伴侶を見つけて欲しいと思っていたのだが、望まぬお見合いをさせるつもりもないとも思っている。実は、メリーナには、何件かお見合いの話が来ているのだ。子供達には、私とアマンダのように好きな人と一緒になってもらいたいと思っている。だから、まだ、幼いからと断っていたのだが……クロウ勇国か……。アマンダは、賛成なのだな? 」
「はい。私は、出来るだけ子供達の思うようにさせてあげたいと思っています」
「そうか……」
「私もクロウ勇国の学院に通いたい。ねぇ、いいでしょう? お父様」
「クロウ勇国の学院は、確か……」
「クロウ勇国の学院は、7歳か小学部が始まるわ。ラビスは、幼稚部の2年から、メリーナは、小学部の4年からの編入って形になるわね。因みに高学部は、13歳から15歳までよ。15歳の成人で将来大学部に進むか、働くか決めるのよ。私、みたいに成人して冒険者になる子も多いわ」
日本と似たようなシステムだ。でも、中学校が無いな……
「皇都の学院とは、大分違いがあるな。皇都では、10〜15歳まで、同じ学院に通い、15歳の成人で職業を選ぶ事になっている。女子は、将来の相手を決める婚活期間でもあるしな」
そうなんだ……国によって結構、変わるのか……
「貴方、メリーナが一緒ならラビスが勇国に、行っても安心だわ」
「私も、そう思っている。でも、良いのか? もしかしたら、婚期を逃してしまうかもしれないぞ」
「貴方。それは、わかりませんわ。私だって、こうして素敵な旦那様に巡り会えたのですから」
「う、うぉほん! まぁ、そうだな。うん。よし、決めた。メリーナとラビスは、来年4月から勇国の学院に通わす」
「本当? やったーー! ラビス、一緒の学院に通えるわよーー」
えっーー! 何でそうなるんだ?
「う、うん」
「そうと決まれば、また、お父上に手紙を書かないと行けないな。メリーナとラビスがお世話になると」
「そうですね。私が書いておきますわ」
「そうか、では、お願いしよう」
「はい。貴方」
俺が、クロウ勇国に行きたかったのは、メリーナ姉さんから離れて自分の時間を作る為だったのに……
これでは、場所が変わっただけで、何も変わらない気がする。
メリーナ姉さんをチラ見してみると、満面の笑みを浮かべて喜んでいた。
まぁ、仕方ないか……
それより、この世界は15歳で成人なのか? 幼すぎていろいろ無理がありすぎるだろう……
と、俺は思っていた。
「ご無沙汰しているが、父上と母上はお元気かな? 」
「うちの両親でしたら、きっと、元気ですわ。殺そうとしても死んでくれない人達ですから」
「わははは、そうかもしれないな」
うむ。どんな祖父さんと祖母さんなんだ?
「お祖父さんは、何をしている人なのですか? 」
「あら、ラビスには、行ってなかったかしら。うちは、代々忍者の家系なのよ」
「忍者ーー! ? 忍者ってあの忍者ですか? 」
「ラビスは、忍者を知ってるの? 」
「よくはわかりませんが……その〜〜」
「忍者はね。『シノビ』とも言って、諜報活動が得意なのよ。姿を消したり、水の上を歩いたり出来るのよ」
まさしく忍者だ……
「とても快活なお方だったと記憶している」
「そうですわね。貴方が、私の両親とお会いしたのは、私と結婚して挨拶に行った時以来ですもの。もう、20年ほど前の話だわ」
「そうか、そんなにご無沙汰してしまったか……仕事が忙しかったとはいえ、失礼な事をしてしまった。それにアマンダにも淋しい思いをさせてしまったのだな」
「そんな事はありませんわ。生きていれば、いつかは会えますし、私も貴族としての所作もできてなかったので、これまで、習い事で忙しかったですしね」
「メリーナとラビスが勇国に行く時は、アマンダも一緒に行くと良い。その頃、私は、皇都に行っておるしな」
「わかりました。ご好意に甘えさせて頂きますね」
「うむ。父上や母上に宜しく伝えておくれ」
「はい」
この世界が、どのような世界なのかよくわからない俺が、念願だったクロウ勇国の学園に通う事が出来るのは、喜ばしい事なのだが、姉さんと一緒という事がいただけない。
だが、ここにいてもきっと何も変わらないだろう。せめて、成人するまでは、この世界の知識と常識を理解する事が必要である。魔法という地球に存在しないファンタジーなものが蔓延る世界である。
それに、あの自称ドS子供神が言っていた事も気になる。この世界を揺るがす災いが、いつか来る事を……
俺ではなく、こういう世界に憧れる奴が転生すれば上手く馴染むんじゃないか? 例えば、立花とか……何で俺なんだ?
今、5歳というこの身体が俺には、もどかしく感じていた。