閑話 リアナ、ヘンリー、スミス、メンデル
……リアナ=シュナイダー……
真夜中、火魔法の鉱石が鈍い光で辺りを照らす部屋で私は、眠れずにいた。
妹のリアスが、屋敷から教会に行く途中に、行方が分からなくなった聞いた。
その話を聞いて、領地に戻る事を決意した私は、父上に相談した。すると、ゲスな男達が、護衛の騎士を襲い、攫ったという事実が伝えられた。人攫い達は、リアスを連れ去った後、領地を出たという報告があったと言う。
父上は、機動力のある私兵を動かして、残党を始末したと言った。でも、肝心の幹部達とリアスは、別方向に逃げたらしく、完全に囮に騙された、と悔しがっていた。
今、その行方を追っているから、私に心配するな、と父上は言うけど、心配するのは当たり前だと思う。
「どうか、リアスが無事でありますように……神様。どうかリアスをお守りください」
私は、眠れぬ布団の中で 呪文のように唱え続けた。
その時「ガタン』と床を踏みしめる音がした。驚いて飛び起きると、そこには、変なお面をつけた子供が、汚い服を着た女の子を抱えていた。
一瞬、時が止まったように思えた。抱えられた女の子の顔は、あのリアスだったから……
思わず、声を出そうとすると、お面の男は、リアスを床におき消えてしまった。
何、どういう事?
リアス、そう、リアスは!
リアスも状況がわからない様子で、立ったままだ。私は、
「リアスーー! 」
大きな声を上げた。すると、リアスも理解したようで、
「おねえさまーー! 」
私は、リアスを抱きしめた。
私の声を聞きつけて、誰かが部屋に入ってきた。きっと侍女のロワンナだろう。私とリアスを見て、彼女も大声を上げた。
屋敷中の者が部屋に入ってくる。父上もリアスを見て、驚いていた。そして、大きな声で妹の名前を呼び、泣きながら私達を抱きしめてくれた。
◇
……ヘンリー=シュナイダー辺境伯……
皇都の王城での会議は、長引いている。
そのひとつに、スミス=ランドル男爵の二男、ラビスが黒竜に連れ去られたという話が早馬で報告があったからだ。
私の方も、リアスが攫われたという事で頭を痛めていたが、会議を欠席する訳もいかず、悔しい思いを抱いていた。
スミスも同様だろう。俺も彼奴も早く領地に帰って、捜索できれば……
そんな思いを抱いていた時、夜中、リアスが帰ってきた。
リアスの話は、要領を得ない。
帰って来ただけで、満足だが、不思議な事ばかり、起こっている。
それに、リアスを助けてくれたのは、スミスの二男、ラビスだというではないか……
まだ、5歳になったばかりだぞ。しかも、黒竜に連れ去られたという話だ。
信じられん……
だが、リアスが嘘を言っているという感じはしない。
一体どうなってるのだ。
俺は、王城で、スミスに会い、リアスの経緯を話した。
スミスは、一瞬、目を見開いたが、
「極限の状態で、幻を見たのでしょう」
と、青い顔をして言っていた。彼も、そうであって欲しい、と思いたいのだろうが、状況は、それを許さない。
黒竜と言えば、伝説の魔獣。
その魔獣に連れ去られ、死んでない方がおかしい。
俺も同意見だが、それは言えない。
今のスミスには、辛い話だ。
黒竜が現れたと言うだけで、軍備の増強だの、王城の守りを強固にするだの、色々な意見が飛び交っている。
見間違えではないか、というスミスにはとっては、辛い話も囁かれている。
そんな中で、リアナが、黒竜に連れ去られたラビスに助けてもらい、いきなりリアナの寝室に現れた、などの話をしようものなら、頭がおかしくなったとしか言われないだろう。
それどころか、頭のおかしい者が、重要な位置にある我が領地を他の貴族に奪われかねん。
この領地は、大事な諸点だ。実力のない貴族などが統治すれば、ミスティナ皇国の将来は無い。
だから、俺は、この事を胸の内にしまう事にした……
◇
……スミス=ランドル男爵……
皇都での会計報告は、滞りなく終わったが、今度は、皇国会議に出席しなければならない。
また、予算配分で揉めるのか、と嫌気がさしていたが、貴族の勤めと諦めていた。
すると、ヘンリー辺境伯のご息女リアスが攫われたと、本人から聞いた。まだ、他の貴族達には話していないと言う。
どうりで顔色が悪いわけだ。
私は、そんなヘンリー辺境伯を、飲みに誘い少しでも元気付けられたらと思った。親の気持ちとしては、そんな事では紛らす事も出来ないだろうが、そうせずにはいられないほど、落ち込んでいたのだ。
その晩、屋敷に帰ると、早馬で領地から手紙が届いた。
侍女のエリスからのようだ。
私は、その手紙を見て驚愕した。
何の冗談だ、これは……
何度も、手紙の刻印を確かめ、その文字を何度も見返した。
しかし、それは紛れもなく、エリスからのものだった。
黒竜……ラビスが攫われた。
ふと、ヘンリー辺境伯の事を思った。
そうか、こんな気落ちを抱いていたのか……
不安でじっとしていられない。
すぐさま、王城に赴き、その旨を伝える。
できれば、その足で領地に帰りたいと思っていた。
しかし、内容はすり替わってしまった。
黒竜が現れた、その事が大きくなってしまった。
私は、黒竜などどうでも良い。
ラビスが無事なら、国が滅びようが、勝手にしろ、という思いだ。
貴族としては、失格なのだろう。
でも、それが、本音だった。
もう、王城内では、黒竜の話で持ちきりだ。
ラビスの事など微塵も出てこない。
それは、そうだろう。
黒竜に連れ去られて生きてるはずがない、と誰もが口にしないがそう思っているのだから……
私は、黒竜の件で、皇都を離れる事が出来なくなってしまった。
私の領地での出来事だ。
仕方ない……
妻のアマンダ。長女のメリーナが無事だっただけでも……
いや、何を私は諦めているのだ。
まだ、ラビスが生きてるかもしれないのに……
そんな数日を過ごした時に、突然、ヘンリー辺境伯から声がかかった。
同じ境遇である私達は、顔を見ただけで、その心中を察する事が出来た。
だが、ヘンリー辺境伯の話は、突拍子のないものだった。
昨夜、リアス嬢が突然、皇都のの屋敷に現れたと言う。それに、リアスを助けたのは、ラビスだと言っている、と言う話だった。
話は、滅茶苦茶だが、リアス嬢が無事で良かったと思った。
でも、それは、幻を見たのだろう。
攫われて、体力も限界だったはずだ。
突然、屋敷に現れたと言う話は、不思議な事だが、腕利きの冒険者達が、偶然、助けたのかもしれない。
私は、ヘンリー辺境伯に、
「極限状態で幻でも見たのでしょう」
と答えるのがやっとだった。
ヘンリー辺境伯も、私の心中を察してくれたようで、肩を叩かれ、その場を去って行った。
リアス嬢が戻ってきた事は私も嬉しい。
だが、私の心は晴れないままだ。
ラビス、どうか無事でいてくれ……
◇
……メンデル=ローレンス 冒険者『四面楚歌』のメンバー……
私は、死を感じた。
それは、突然の出来事だった。
今回の依頼は、貴族の家族を護衛する任務だ。護衛依頼は、何度もこなしている。油断は、できないが、今の私達にとっては、比較的簡単な仕事だ。
それに、メンバーのソーシャが事情により母国のクロウ勇国に一時帰国するという理由も兼ねていた。
私にとっては、他にも理由がある。それは、依頼主があの元Sランク冒険者『業火の炎姫』様だからだ。貴族の元に嫁いで、冒険者からは、足を洗ったと聞くが、是非とも、お会いしたい。
そんな、護衛任務だったが、状況が一変した。
ゴブリンの群勢が押し寄せてきた。この時期、餌となる物が山になく、飢えた上での強襲だと思う。
でも、この程度なら、私達には余裕だ。決して舐めてるつもりもないが、このような修羅場を何度もこなしてきた自負はある。
ゴブリンは、知恵を伴う。従って、頭を倒せば、散りじりになり、倒すのは容易い。
思った以上に人数がいたが、頭となる者が見つからずにいた。しかし、頭が動くと、私の気配察知に引っかかった。
馬車に向かっているようだ。私達の食料目当てか?
私は、背後から追跡する。
追いついたと思ったら、その頭は炎に包まれていた。でも、まだ、生きてる。
私は、スキル『刺突10槍』を放った。
ゴブリンは、倒れ、その取り巻きも薙ぎ払った。
リーダーのシドのところに戻ると、他の冒険者達は、喜んでいた。ゴブリンは、ギルドの討伐対象になっており、その耳を持っていけば、お金になる。思わぬ臨時収入だ。
だが、不思議な事があった。
護衛対象のラビス君だ。
彼は、ゴブリンを無我夢中で調べていた。
ゴブリンを引き裂き、内臓を取り出し、熱心に何かを学んでいる様子だ。
そして、不思議な事を言い出した。ゴブリンは、何故緑色なのか、と……
これには、他の冒険者も驚いていた。
魔物相手にそこまで観察する事はない。
ただ、倒せば良いだけだ。
でも、彼の目には違うように見えていたのだろう。
そんな彼に感心してしまうと、それが現れたのだ。
晴れわたった空に黒い物体が頭上にある。
背筋が氷のように冷たくなった。
黒竜だ……
思わず声に出た。
きっと震えていただろう。
リーダーのシドが退避を命じる。私はそばにいたメリーナちゃんを抱えて走り出した。
でも、暴風で吹き飛ばされてしまう。私は、メリーナちゃんを庇うだけで精一杯だった。
何で、こんなところに……
何で?
簡単な護衛のはずでしょう?
こんな、事になるなんて……
私は、死を意識した。
学院では、勉学も槍術も誰にも負けたことなどない。
首席で卒業したのだから……
ローレンス家の三女として、家では、冷たくあしらわれた。
母が、平民の出だからだ。
そんな思いを見返してやりたくて、寝る間も惜しんで頑張った。
冒険者になっても負けず知らずのパーティーに成長した。
もう、少し時間があれば、憧れのSランク冒険者になれていただろう。
だが、全ては、おしまいだ。
私のスキルも歯が立たない。
その時、黒竜を殴り飛ばした少年がそこにいた。
ラビス君だ。
あの黒竜を殴って、倒すなんて……
化け物……
少年の皮を被ったバケモノなんだ。
私は、震えている。
ラビス君が大丈夫? と声をかけてきたが、怖くて拒否してしまった。
だって、仕方がないでしょう?
あの黒竜を倒せるなんて、人間じゃないのだから……
ラビス君は、黒竜と消えてしまった。
残った私達は、何が起きたのか信じられずにいた。
でも、数日が経つと、私は、知ってしまった。
私は、驕っていたのだと。
私は、間違えてしまった。
何故、あの時あの少年を拒否したのか……
何故、話を聞いてあげなかったのか……
全て、私の弱さのせいだ……
私は、『四面楚歌』のパーティーを抜けようと思う。
もう一度、1から出直して、心も身体も強くなろう。
ラビス君に恥じない生き方をしよう。
いつか、あの少年を救えるようになる為に……




