第14話 ロクトの街では
一台の馬車がロクトの街の門に向かって走ってきた。門兵は、その馬車を見て、
「おい、あれって、奥様が乗って行った馬車じゃないか? 」
「どれ、本当だ。あの紋章は、間違いない。何かあったのか? 」
「悪いが、屋敷のお方を連れてきてくれ」
「わかった。盗賊の可能性もある。兵も要請してくる」
「頼む」
1人の門兵は、馬を走らせ屋敷に向かって行った。
馬車が近づいてくる。仮眠をしていた他の門兵を起こし、馬車が近づくのを待った。門兵は、基本、その場を離れてはいけない決まりがあるからだ。
馬車が数十メートル近づいた時点で、門兵はその馬車を制止させ、確認する。
中には、奥様とお嬢様、それに冒険者達が乗っていた。着ている物は、破れ血がついている。
「どうされたのですか? 奥様、皆様は大丈夫ですか? 」
「少し、トラブルがありましてね。このまま、屋敷に行きます。通してもらえますか? 」
「はっ! 」
門兵は、門を開け、馬車を通した。何かとんでもない事が起きたのだと思っていた。
「そういえば、ラビス坊ちゃんも一緒に行ったはずだよなぁ。何でいなかったんだ? 」
門兵は不思議そうに通り過ぎて行く馬車を見送った。
◇
「奥様! お嬢様! 」
駆けつけてきたのは、侍女のエリスだった。馬車から降りる2人を見て、顔が青くなった。
ラビス様がいない……
「奥様、どうしたのですか? ラビス様は、どこに? 」
侍女エリスにメリーナが抱きついてきた。着ている服はボロボロで、肩から腕にかけて血が染み込んでいた。
メリーナは、エリスに抱きつきながら大声で泣いている。アマンダも下を向いたまま元気がない。
エリスは最悪の事を考えてしまった。
もし、そうなら、私は、どうしたら良いのか……
聞きたくない。聞きたくない……
エリスは、心の中で葛藤していた。
「エリス、中に入りましょう。冒険者の方々もどうぞ」
「いいえ。私達は、ギルドに報告しなければなりませんので、ここで失礼させていただきます」
『四面楚歌』のリーダーであるシドは、深妙な面持ちで言葉に出す。
「そうですか。私からも、後ほど、報告しておきますね。それから、こちらは、特別報酬です。お受け取り下さい」
「いいえ。そのようなお気遣いは結構です。十分な報酬を受け取っていますので」
「いいえ。これは、私の気持ちなの。受け取っていただかないと、困ってしまうわ」
「そうですか、では、遠慮なく」
シドは、皮袋に詰まった貨幣を受け取り、他の冒険者の面々と屋敷を後にした。
エリスは、泣きながら抱きつくメリーナを誘い、アマンダと一緒に屋敷の中に入って行く。
もう、最悪の考えしか頭に浮かんでいなかった。ここにラビス様がいないのだから……
エリスは、震える足に力を込めて、立っていた。
そして、それは突然告げられた。
「ラビスが、黒竜に連れ去られました」
奥様は、事情を淡々と話してくれた。
ゴブリンの襲撃があった事。
倒したゴブリンの血の匂いに誘われて、黒竜が現れた事
黒竜と戦闘になった事
黒竜がラビスを連れ去った事
信じられない……
ラビス様が連れ去られたなんて……
でも、状況はそう語っている。
いつまでも現実逃避していては、ダメだ。
私がしっかりしないと、悲しみにくれている奥様やお嬢様の変わりに頑張らないと……
「奥様、お嬢様。すぐ温かい飲み物を用意致します。それと湯浴みの用意も致しますので、お待ちください」
今、ここには、私と護衛騎士のフリードの奥さんミリーしかいない。私がしっかりしないと……
エリスはミリーを呼んで、すぐに湯浴みの用意をしてもらった。私は、台所に向かい温かなお茶を用意する。軽く食べられるものも用意した。
奥様とお嬢様は、お茶や食べ物を取ろうとしなかったので、無理やりにでも飲んでもらった。
きっと、ここまでくる間、ろくな物を取らなかったのだろう。顔色がとても悪い。
2人にスープを出して、少し落ち着いた頃、湯浴みに誘う。
ミリーから用意ができたと先程、報告があった。
ミリーには、何がおきたのかまだ、話してはいない。だが、ここにラビス様がいない事に、恐らく私と同じように不安に思っているはずだ。
2人は、湯浴みをしている。きっと何も手につかないだろうと判断してミリーに介助をお願いした。私は、直ぐに、皇都に行っている旦那様宛に奥様から聞いた内容を手紙にしたためた。門兵の方にギルドに届けて欲しいとお願いした。早馬なら5日もかからないうちに届くだろう。
旦那様が戻って来れば、奥様もお嬢様も落ち着くかもしれない。
エリスは、身体が震えながら行動していた。気が抜ければ、私も倒れてしまいかねない。
ラビス様、生きていらっしゃいますよね。
黒竜が何故、ラビスをさらったのかわからない。
でも、そんな伝説の存在に連れ去られて、普通なら無事ですむはずない。
今は、考えちゃダメ! 考えたら動けなくなるわ……
エリスは、自分を奮い立たせ、奥様とお嬢様の寝床の用意をするのだった。
◇◇
ギルド本部の応接室では『四面楚歌』のメンバーと『クリフハンガー』の2人が、ギルドマスターのデミスとサブマスターのロザンナと一緒に報告を受けていた。
「何だと! 黒竜が! 」
叫ぶように声を荒げたのは、ギルドマスターのデミスだった。
少しお酒の匂いがするが、午後9時という時間では、この人にとって飲んで当たり前の時間だったようだ。
「信じられません。黒竜がラビス君をさらったなんて」
「ロザンナさん。申し訳ないが本当の事です」
シドの言葉に嘘はない。信じられないのは、信じたくないからだ。
「しかし、黒竜など伝説の存在だぞ。それが存在するというだけで世界は大きな騒ぎになる。しかもラビス君をさらったなんて、どういう事なんだ」
ギルドマスターは、頭を抱えながら、今後の対応を考えていた。
「この件は、奥様は何とおっしゃってたんだ? 」
「あとで報告に伺います。と言っておりました」
メンデルさんがそう言うが、覇気がない。魂が抜けたようだ。
「わかった。この件に関しては、関係者と合わせて考える必要がある。君達には、ギルドの決定が出るまで、この件に関して、口外してはならない。いいか? 」
『はい』
「うん、でも、君達が生きて帰ってきて来れて良かった。それだけは、私も嬉しい」
「それは! 」
メンデルさんが何か言いたそうだったが、シドさんに止められた。
「うん。興奮するのもわかる。伝説の黒竜と対峙したのだ。生きてるだけでも幸運だ。呼び出しがかかるまで、この街にいてもらいたい。そんなに日数はかからないと思うが、よろしく頼む。では、報告確かに受け取った。ご苦労であった」
『はい……』
部屋を出て行く冒険者たちを見送って、サブマスターのロザンナと話し合う。
「明日、アマンダ様にお会いしてくる。ロザンナ、しばらくギルドを頼みぞ」
「はい。でも、黒竜ですか。もし、街や村を襲いにきたらひとたまりもありませんね」
「確かにな……この世界が終わってしまうだろう。そんな、存在だ」
「マスター、ギルドの件はお任せ下さい」
「悪いな」
「いいえ。何時もの事ですから」
2人は、そう話し合いながら今後の対応の検討に入った。
「取り敢えず現場の調査だな。ギルド権限で調査依頼を出す。Cランク以上のパーティーでどうだ? 」
「Dランク以上で大丈夫だと思います。黒竜がいればSランクでも対応できないのですから。それに、もう、そこにはいないと思いますので、かえって安全だと思いますし」
「そうか、では、そうしよう」
「ギルド間の連絡はどう致しましょう? 」
「黒竜が現れた事、冒険者が対峙して命からがら逃げ出す事ができた事。それと、発見場所か。それは報告しなければならない」
「ラビス君の事は? 」
「明日、アマンダ様に伺ってからどうするか決めようと思う。目的も解らず不安を強いるのは良くない」
「そうですね。では、そのように取り計らいます」
「すまんな。夜、遅くに」
「いいえ。仕事ですから。残業代はしっかり頂きますけど」
「わかっている」
「それと」
「何だ? 」
「お酒は控えて下さい。お酒の匂いだけで酔いそうです」
「それはできん」
「そう言うと思ってました。では」
ロザンナは、仕事に戻った。
しかし、黒竜か……
これが引き金になって、各国が騒がなければよいが……
このギルドマスターの不安は、近い将来、的中してしまうのであった。
◇◇
「みんなはロクトの街に着いたみたいだ」
俺は『衛星』を見ながらみんなの動向を調べていた。見るのは辛いが、それでも見ないでいられなかった。
その場の声は、聞こえないが、みんな落ち込んでいる様子が目に入る。特に、メリーナ姉さんがエリスの抱きついて大声で泣いていただろうと思われる姿を見た時、胸が締め付けられるような痛みを感じた。
みんなに会いたい……
素直な感情だ。
でも、バケモノの自分は、あの暖かい家族と一緒にいる資格はないと思っていた。
そんな時、ドアをノックする音がした。
「うむ、ノーチェか? 」
「うん。ちょっと、話がある」
「そうか、今、行くよ」
「中に入れて? お茶を入れてきたし……」
「いいよ。入って」
ノーチェは、お茶を運びながら、テーブルにつく。
「うん、美味しいよ。ノーチェ、お茶を入れられたんだ」
「ライル、馬鹿にしてるの? お茶ぐらい何時も入れてたもん」
「うん。緊張が取れたみたいで良かった」
「えっ、あっ、そう言う事? 」
「で、話って? 」
「うん。話を聞いてもらいたかったの……」
「そうなんだ」
「私、私は……私ね。人族じゃないの」
「知ってるよ。さっき、宴の時、竜神がノーチェの事、混血吸血鬼って言ってたでしょう」
「えっ、そうだったっけ? 」
「何度も言ってたよ。聞かないで返事してたの? 」
「うん。緊張してて、それに、凄い方々ばかり居たから、思考がマヒしてた」
「そうだったんだ。混血吸血鬼って普通の吸血鬼と違うの? 」
「お母さんが人族だったの。私は、その子供。つまりハーフなのよ」
「そうなんだ。なんか、格好良いね」
「えっ!? 」
「どうしたの? 」
「だって私、ハーフバンパイヤだよ」
「うん、知ってるけど、俺が知ってる吸血鬼は、誇りが高くて偉大な存在って感じだけど、ノーチェは、一緒にいると癒される感じがするよ」
もちろん、映画の話だ……
ノーチェは、何故か泣き出してしまった。
何かまずい事言ったか?
「ノーチェ、俺、何か気に触るような事言ってしまったか? すまん」
また、泣き出した……
どうすりゃいいんだ?
「あの……ノーチェ? 」
「違う、そうじゃない」
はて? 何が違うんだ?
「私は、嫌われる存在。だからお母さんも私を守って……」
そうか、そう思ってたのか……
「ノーチェ、君と俺とは友達だろう? 」
「友達……」
「俺は、別に誰かに何を言われようが構わない。それは、胸に突き刺さる事もあるけど、ノーチェ、君が友達でいてくれるなら生きていけそうだ」
「……ライルは変わってる」
「確かにそうかもね。ほんの些細なことでも、生きる理由を見つければ、何とか耐えられる。それが、ノーチェのような友達の存在が理由なら何百年でも生きられそうだ」
また、泣き出した。
でも、泣いたほうがよいかもしれない。
心の中に貯めておけば、やがて、腐って心も朽ちらせる。
俺は、ノーチェが泣き止むまで、待つ事にした。
夜は、まだ、帳を下ろしたばかりなのだから……




