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山奥の防空壕


 オリジナルが死んでいたと知って、どうしていいのか分からなかった。鬼ごっこをしていてずっと逃げていたら、いつの間にか終わっていたことを思い出す。


 ずっと逃げていたのに、鬼がいないなんて……。クローンとして生まれてきた価値も同時に失くしてしまったのかもしれない。


 私のせいで死んだの?

 私がもう少し早く大きくなれば、部品取りに使えたの?

 なにもかもが私のせいなの――?

 部品取りをして死ぬために生まれてきた……私のせいにされちゃうの――?


「誰か答えてよ――!」

 クローンの私にも分かるように、誰か教えてよ――!



 このまま身を潜めて一生を終えることに、なんの意味があるの――。クローンだってバレてしまったら、誰も私なんかと一緒にいてくれない。愛してなんてくれない。


「お前はクローンだ」と虐められてしまう。


 大好きな彼も、私がクローンだから抱いてくれなかった……。おヘソがない私を、気持ちの悪い生き物としか思っていなかったのかもしれない。……涙が溢れ出てくる。


 ――剛雄君だけは私のことを思ってくれていると信じていたのに――。


 優しい剛雄君のために、何かしてあげたかった。私は彼を喜ばせてあげられるようなこと……なにもできなかった。


 オリジナルの為だけに造られた部品取り用のクローンは、オリジナル以外の人には役に立てないと思っていた……。見せることのできない体。もうセパレートの水着なんて絶対に着れない。

 それでも彼は私を見て、綺麗だと思ってくれてた――。自分の物にしたいと思ってくれた……。

 だからずっとかくまってくれていた。ずっと私なんかの為に尽くしてくれていた。だからこの体を彼にこそ捧げたかった。この先、私の身に何が起こっても、後悔だけはしないよう、生きているうちに――お礼をしておきたかったのに――。


 もう……やめよう。

 これ以上、私の身勝手の為に犠牲になる人を増やしてはいけないわ。


 死ぬ前に、一度オリジナルのお墓に手を合わせに行っておこうか……。それがせめてもの……。



 月夜が照らす道を数時間歩き続け、昔、来た覚えがある橋爪家のお墓へ行こうとしたが、ふと脳裏にある記憶が蘇る。


 オリジナルの私が……。もし同じ記憶があるのなら、お墓なんかに行かない……。子供の頃の楽しかった思い出を……もし覚えているのなら……お墓なんかじゃなくて、小さい頃によく一人で遊んだ秘密基地のことを知っているはずだわ……。


 歩いて行けない距離ではないが、今からだと真夜中になってしまう。でも、そのことに何の問題もない。

実家近くの誰も近づかない山奥の御堂。……防空壕。


 月と星の光が山道をうっすらと照らす。子供の時に何度も通った山道は、夜中に歩くとさすがに不気味で恐ろしかった。野犬の遠吠えが聞こえる。この辺りは昔から熊が出る話も聞いていたが、出会ったことなんて一度もない。


 カサカサと背丈まで伸びる草木をかき分け、まるで何かに憑りつかれたかのようにその場所を目指して歩き続けた。


 苔がビッシリ生えた古い石垣で作られた防空壕。前には何本も茶色く腐った竹が倒れている。

中に誰も入れないように、何本も何本も持って来て倒しておいたままだ。


 小学校の時に初めてこの防空壕を友達と見つけた。他の友達はみんな気味悪がって近づかなかったが、私だけは一人でここに遊びに来ていた。

 友達と喧嘩した時や、親に叱られた時にも、一人でここに来て壁に落書きをした。捨てると言われた思い出の品物をここへ隠しに来た。


 最後にここに来たのは……東京に出ると言って親に猛反対された日だったと思う……。


 月の青い光だけを頼りに、竹をかき分けて中に入ると、昔と変わらない冷えた空気が私を迎えてくれた。暗すぎて中は殆ど見えないが、少し目が慣れると、ゆっくり見えてくる……。


 中央の小さなお地蔵様。


 私だけが水をかえたり、苔の掃除をしたりしていたわ……。そっと触れると、その感触に懐かしさを感じる。


 ゴツ。


 小さな物音にドキッとして後ろを振り向く――。

 誰もいない。気のせいだった……。


 物音がした原因は、私の足元にあった。何か、重たい物が……置いてある……。


 ま、まさか……。


 手や足がガクガク震えた。

 お地蔵様は表情を変えず、変顔のままで見続けている――。


 そっとしゃがみ込み、


 そ、こ、に、は、ないはずの物を、手でそっと触って確認する――。


 周りの空気と同じように、チーンと冷えている。

 何年前からここに置いてあるのだろうか、土と埃をかぶり、かなり薄汚れている――。


 そっと引っ張り出すと、それは薄汚れた銀色のジュラルミンケースだった。

 心臓の音がドキドキと防空壕の中に響いて聞こえる――。


 二カ所あるロックには、鍵すらかかっていない。


 バチン、バチン!


 音を立ててロックを外し、ジュラルミンケースをそっと開けると、中からは上半身と下半身が外れた女の子の人形が姿を現し、思わず失禁しそうなくらい悲鳴を上げた――!


「キャアあああああああああああああー! いやあ! あああああ……。あ?」


 キャアあああああああああああああー! いやあ! あああああ……。あ?

 ――悲鳴がこだまして聞こえる。

 キャアあああああああああああああー! いやあ! あああああ……。あ?


 キャアあああああああああああああー! いやあ! あああああ……。あ?

 ……最後の「あ?」が、恥ずかしい……。

 自分の悲鳴が山の中を響き渡る。私の声量……こんなに凄いんだ。


 防空壕の入り口まで持って行き、青白い月明かりで確認すると、それはまぎれもなく昔大好きだった着せ替え人形だった。ブランドの「リカコちゃん人形」ではなく、百円均一ショップで売られていた「バディーちゃん人形」だ。壊れたから捨てると言われたが、可哀想なのでここでお地蔵様の愛人にして飾っていたのだ。


 そのことを知っている人なんて、私以外、誰一人もいない――。

 ジュラルミンケースを置いたのは、他の誰でもない、――私しかいない。


 人形の横には、古いテープレコーダーが密封式の袋に入って置いてある。これも私が使っていたものだ。ウオークマンに似ているが、安物だ。一回り大きくてポケットに入らない。

 でも録音と再生が簡単にできるから、よく歌の練習に使っていた。歌唱力は全く評価されなかったが……。


 ――? カセットテープが入ったままになっているわ……。ひょっとしてこれは……。


 私から私へのメッセージ?

 ダイニングメッセージってやつ?


 また指が震えてしまう……。ボリュームが最大だったら、今度こそ確実に失禁してしまうだろう――。


 真夜中に来るんじゃなかったと、激しく後悔しているわ……。


 そっと……再生ボタンを押し込む。


 キューン、ガチャ。


 もう一度……。


 キューン、ガチャ。


 おかしいわ、電池が入っているのに再生できないなんて。


「って、これA面の終わりじゃんか!」

 カセットを取り出してひっくり返して入れ直す。オートリバース機能なんて安物にはついていない。


 再生を押すと同時に、大音量で、


『――わっ! びっくりした?』 


 ――。

 涙が出てしまう。そりゃあビックリするわよ! 今何時だと思っているの! 

 ちょっと、ちょっとだけだけど、涙以外にも出ちゃったじゃないの~――! やはり、オリジナルは私の手で殺してやったほうが良かったのかしら――。


 病気で精根尽き、かすれ声で録音されていると思たのに、元気で、なにより私へのメッセージを楽しく録音しているように聞こえる。


 これが、オリジナルの声、私の声?


『あなたがこれを聞いているってことは、私はもうこの世にはいないんだと思う』


 ――その通りよ。


『だから、あなたがこれからは私の代わりに一日でも長く……、


 ――生きて!』


 ……何も言葉が浮かばない……。死のうと思っていた私の気持ちに気付いているかのよう――。


『……本当は、あなたの体を部品取りにして私が生きたいなんて……少しも思っていなかったのよ』

 ――!

『結婚もせず、子供も産まずに病気で死んでいくのが悲しくて、生きてきた証をどうしても残したかった……。だから、あなはた生きて、私の分も幸せになって――』


 オリジナルの分も幸せにですって――?


『ここには不自由しない財産を置いています』

 銀色のジュラルミンケースには……、一生遊んで暮らせるくらいのお金がビッシリ敷き詰められている……。

『このお金を使って、長生きできなかった私の……』

「無理だわ! 私はクローンよ? あなたにはなれないし、誰にも人として認められない。いくらお金があったって、一生隠れて暮らさないといけない。この世に私の居場所なんてない。誰も私を愛してくれない!


 誰も人として――扱ってくれない――!」


 オリジナルが生きていたとすれば、実年齢は三十六歳になる。――人が急に若返るなんてありえない!

 生き返るなんてありえない――!


『……あなたにはGPSといって、居場所が分かる小さな発信機が体に埋められているわ』

「そ、それ――、先に言わんかーい!」


 どこよ、いったいどこだというの?


『あなたが自由になりたいと望むなら……、国道沿いの「道の駅」にある銭湯に「電気風呂」があるから、そこで壊したらいいわ。あとは簡単な手術で取り除けるから』

 銭湯の電気風呂?

『「道の駅」の銭湯は、二十四時間営業しているから、倒産していない限り大丈夫よ』

 ……確かに国道沿いには大きな看板があった。「どこにも負けない強力電気風呂」と垂れ幕がかかっていた……。


『埋め込まれている場所は、あなたのおへその部分よ』

 慌てておヘソのある辺りを触ってみる。すると、小さな豆粒くらいの丸い物がコリコリする感触があった。


『それじゃ、私の願いをあなたに託します――。


 どうか、幸せに長生きしてください。さよなら、わた』


 カチャ。停止ボタンを押した。


 ……再生したままにしておくと、また、声が聞こえてきそうだったから……。


 ジュラルミンケースにテープレコーダーと人形を入れてそっと閉めた。

 涙を拭って立ち上がる。まだまだ私は歩ける――。身体には熱い血が駆け巡っている。


 諦めないわ――。

 私はきっと逃げ切ってみせる――。それがオリジナルと私のため……。


誤:ダイニングメッセージ(台所、食堂の書置き。冷蔵庫に貼りつけたメモなど~)

正:ダイイングメッセージ(死ぬ間際に書き残したメッセージなど!!)


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