ダイヤルアップ
ジリリリリーン!
ジリリリリーン!
――突然の電話の音に、心臓が飛び出るかと思うくらい驚いた――!
この数日間で一番驚かされたかもしれない~!
「もしもし、葉山ですけど……」
黒い大きな受話器を持ち上げて、話をする剛雄君。聞くつもりはないのだが、受話器から少し甲高い女の声が漏れてくる……。
「うるさいなあ。大丈夫だって、爺ちゃんの田んぼは手放す気なんてないから」
煩わしそうに話す。まだ受話器からキンキン声が聞こえ続けるのだが、話の途中で剛雄君は受話器を置いて、電話を切ってしまった。
「あー、うるさい」
電話器からコードを抜いてしまう……。
「もしかして、女の人」
やだ、なんでだろう……目頭が熱くなってしまう。ポロポロと瞳から冷たい雫が流れ落ち、視界が歪む。
「性別的には女。叔母さんだよ叔母さん。この時期になると、毎年一人で畑や田んぼをやっていけるのかと心配して連絡してくるんだ。心配するのはいいけど、手伝ってくれるわけじゃないから、余計なお世話なんだよなあ……。あと、土地は売るなとか悪徳商法に騙されるなとか……。」
「心配してくれているのね……羨ましいわ」
「羨ましい……?」
「クローンの私を心配してくれる人なんて、一人もいないから……」
私にはそんな人、一人もいないから――。
「そんな悲しいこと言うなって、俺がいるだろ……」
「え?」
顔を上げると、剛雄君は赤い顔をして視線を逸らした。
――。
――。
沈黙が続いた……。指に摘まんだままの電話線を、プラプラと眺めている。
「あ、あの剛雄くん……」
「――! そうだ!」
――私の言おうとした言葉は、剛雄君の突然の閃きで口の中へ慌てて逃げ隠れてしまう。
「絵里のオリジナルは有名人なんだよな? だったらインターネットで調べれば、ブログとかツイッターとかで自分のことをアップしているかもしれないぞ」
「え?」
インターネット?
頭の中にパソコンの画面と自分のプロフィールがチラチラっとフラッシュバックする……。
でも、おかしい――。何も思い出せない――。
そんなことをしていた……記憶がない――。パスワードとかIDとか、覚えていないといけないハズのことが、何一つ思い出せないのは、絶対におかしい――。
銀行のカードの暗証番号ですら……思い出そうとすると、なんか――眠くなってしまう。
「ファ~ア」
……。
「……いま、あくびした? 俺の素晴らしい思いつきに?」
「ふあ、あ、ごめんなさい。ちょっと思い出そうとしたら、あくびが出ちゃった。眠いわけじゃないわ。……でもこの家、インターネットなんてできるの?」
剛雄君は携帯電話すら持っていない。きっと携帯も「圏外」なんだわ。
「なに言っちゃっているの。世の中は常に進化し続けているんだぜ」
急に立ち上がると、ドタドタと二階へ階段を上がっていった。
この家にはもちろん二階があり、大きな部屋が四つもある。剛雄君はその部屋の一つだけを自分の部屋に使い、他の部屋は物置や、洗濯物を干す部屋にしていたのだ。
一度だけ掃除をするために彼の部屋に入ったが、そこはまさに「男の部屋」だった。
ぬいぐるみとかは一つもなく、布団も畳に敷きっぱなし。釣り竿や埃をかぶったエレキギターなどが所狭しと置かれていたが、ギターの音が聞こえてきたことは一度たりともない。
そして……。異臭がするティッシュばかりが入ったゴミ箱! 最初は何の匂いか分からなかったから、素手で触ってしまった~――!
……あの部屋には、パソコンもテレビもなかったハズよ……。
「お待たせ」
ドドドと階段を下りてきた彼は、小さなノートパソコンを持っていた。そして、さっき電話から抜いた線を、そのノーパソに差し込む~!
「ええ! それでインターネットなんてできるわけないじゃない!」
「それができるのさ。言ったろ、時代は刻一刻と進化していると」
……どうせ私は昭和生まれですよ~だ!
座卓に置くと、二人で肩を並べて小さなノーパソの画面を覗き込む。画面に浮かび上がる画像は、私の記憶している画面と全く違った――。青色の背景に旗みたいな画面が浮かび上がる前に、
――写真のような背景がパッと映し出される――!
しかも画像は高画質で綺麗――!
しかし、突然現れた全裸の女性の姿に、思わず目を覆ってしまった――!
「キャア―! 剛雄君のバカ! エッチ!」
「ああああ、ああ~ゴメン! 見ないでくれ!」
見ないでくれと言われると、見たくなってしまうのが人情……よね。手早くパスワードを入力して次に出てきた画面は、さらに過激なエロ写真!
――純情な乙女に……なんてものを見せるのよ~!
覆った指の隙間からチラ見してしまうじゃないの~!
「ええっと、ええっと~。どうやって背景を変えるんだったかなあ……」
汗だくで必死にマウスを操作する間、私は背中を向けて顔を手でパタパタと扇いだ。
あーあついわ。なんだか、身体が妙に火照ってしまう――。
「あ、もう大丈夫だよ。さっきはゴメン」
「う、うん。ううん、大丈夫。もう見ていいのね」
背景がなんの面白みもない青い背景に変えられていたのを確認すると、また二人で肩を寄せ合ってノートパソコンと向き合う。
ダイヤルアップでネットに接続されたのを確認すると、インターネットブラウザーを起動し、見慣れたトップページが表示された。
「絵里のオリジナルは、「与野岸ラム」で良かったんだよね」
「うん」
剛雄君の指がカタカタと小さなキーボードを操作する。農作業ばかりやっている割には……ブラインドタッチで素早くキーワードを入力するのに、少しだけ違和感を覚えてしまった……。
「検索」をクリックした途端、ズラ、ズラズララーと私の水着写真の画像や、写真集の宣伝がたくさん表示されていく。
私の活躍が今でも衰えていない安心感に、思わずホッと一息ついた。私じゃないのに……。
一番上に表示された「与野岸ラム プロフィール」をクリックする。すると、記憶にある写真が一枚表示され、書いた覚えのない文章が表示されていく。
『みなさんこんにちはーラムでーす! 今日は久々に実家でBBQしてまーす! 鮎のお腹、苦いよ~!』
隣には小さな写真やカレンダーが表示され、笑顔でピースする私と、網の上で焦げ焦げになっている鮎や肉が写っていた。
「――もっとセンスのある写真を使えって言いたいわ!」
思ったより元気そうなのが、なんか痛々しい。病気なのを必死に隠そうとしているのだろう。
「絵里、このブログ……最期のブログって書いてあるぞ……それに、この日付は……」
「え?」
日付は二〇〇七年五月二十五日――。もう十年以上も前のブログだ――。
彼の手からマウスを奪い、震える手で他のサイトをいくつか見る。指が震え出す――。
そこで目にした真実――。
『死没:二〇一二年七月二十日――』
――死没……二〇一二年……。今から……六年前!
もう、六年も前にオリジナルは死んでいた――!
……嘘……でしょ。『活動休止宣言をした五年後に病死』と訃報が掲載されていた。
どのサイトにも、同じことが書き記されていた――。
一瞬の沈黙――。
「ハ、ハハ――ざま見ろだわ! 人の命を奪ってまで生きようとしたバチが当たったのよ!」
これで私は自由だ――。誰に命を狙われることもないんだわ!
立ち上がった彼をギュッと思いっ切り強く抱きしめて笑う。
「アハハハ! ねえ剛雄くん、私を抱いてよ! 強く、強く抱いてよ! これでも私は元女優よ。こんなチャンス滅多にないんだから!」
体はオリジナルよりも若いし、胸の張りだって今が全盛期よ! 思いっきり唇を合わせたい……キスしたい気分だわ――!
でも、彼は私を抱き返してきたりしなかった。
「……抱けねーよ」
「どうして? どうしてよ! 私のこと好きなんでしょ? エッチな画像を見てるんなら女性に興味くらいあるんでしょ! 私だってあなたのことが好き――大好きよ。だから抱いてよ、お願いだから――」
「……まだ、昼間だぞ」
両手で体をそっと遠ざけようとする。意味が分かんない――!
「そんなの関係ないわ! 私がクローンだから抱けないの? 本物じゃなくて、偽物だから抱けないというの? おヘソが無い女は気味が悪いとでもいうの――」
――パッシーン
――思いっ切り頬を叩かれた。
「少し落ち着けよ!」
「ぶ、ぶったわね? お母さんにだってぶたれたことなかったのに――!」
――酷い。目からとめどなく涙が溢れ出てしまった。
――感情が制御できない。どうしていいのか分からない――。
今までずっと逃げようと必死だった。オリジナルへの殺意が芽生えた。私は幸せになんかなれないと思っていた――。
でも、オリジナルは死んで、もういない。全てが手遅れだったんだ――。私にとって、これ以上の幸せはないはずだ。
のしかかっていた呪縛が解け、私はやっと身も心も幸福を掴んだというのに――。彼と一緒になりたかったのに――。
――幸せになれないのは、これからもずっと同じなんだ――。
走って家を出た――。
「絵里!」
追いかけてくる彼から逃げるなんて……私にとっては簡単過ぎた……。




