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極楽病院


 目の前にそびえ立つ大きな病院。極楽病院と書かれた大きな電光掲示板。


 手入れが行き届いた広大な面積の芝生と、何台もの車が行き交う広いロータリー。これほど大きな病院は、日本全国、他に類を見ない。

 病院というよりは、一種の大規模なテーマパークのような敷地面積だわ。


 広い駐車場に軽トラを停めると、麦わら帽子を被ってマスクをつける。病室にお見舞いに行くのだからマスクをしていても疑われることはないはずだ。麦わら帽子は、この辺りでは常識だ。

 今年のトレンドアイテムだ。



 病院には簡単に入れたが、ロビーの広さと吹き抜けの中央広場に驚かされる。建物内に噴水と並木があり、たくさんのプランターには色とりどりの花が咲いている……。

 あまりの広さに驚きを隠せない。

「どうしたの? 入院棟へ行くよ」

「ええ……」


 彼に手を引かれ、来る途中に「プラントニック」で購入したフルーツ盛り合わせのカゴを持って歩く。


 ――私、ここには今まで一度も来たことがない。来た記憶がない。


 でも、鼓動が早まる――。直感で分かる。


 オリジナルはきっとここに――いる!

 私と同じ速度で心臓が鼓動しているんだわ――!


 入院棟は全室個室だった。二十五階半月状の高級マンションのような建物で、総室数は千室を超える。一室一室を探していけるハズがない。


 入院棟の入り口にも大きなロビーがあり、何台かタッチパネル付きのモニターが置いてあった。その前には人の列ができている。

「あれは、なに?」

「入院患者の部屋を検索できるシステムさ。名前を入れれば患者の部屋が一発で分かる」

「じゃあ、あれで調べたらいいじゃない」

「ただし――。調べるのには、自分の情報を入力する必要がある。そのデーターが許可されていなかった場合は検索から除外される。それに、今から誰かが見舞いに来るとデーターが患者側にも送られてしまう。もし絵里が言っていることが本当なら、「橋爪絵里」や「与野岸ラム」なんて名前を入力した時点で、警備員に取り押さえられるかもしれないだろ」

「――そうだったわ」

 さすが元職員だ。

 一緒に来ていなかったらと考えると、ヒヤッとしてしまう。

「あと、AI搭載のロボットにも気をつけろ。あいつらはまさに動く監視カメラだ。顔認証で数百万もの人を瞬時に認識しやがる。――来たぞ、顔を見せずにとりあえずは二階に逃げよう」

 彼の背後に一瞬だけ白い体をして滑るように進む可愛らしいロボットの姿が見えた。

「奴の視線に惑わされるな。後頭部側にも小型カメラが仕掛けてある」

 手を引っ張られ、早足でエスカレーターで二階へと上がった。

「もし絵里の顔がオリジナルの顔で認証リストに入っていたとしたら、やばかったかもしれない」

「そ、そんな。マスクをつけているわよ」

「AIは顔の一部分からでも識別ができるんだ」

 二階の中央吹き抜けからチラチラと剛雄君が一階を確認するが、特に大きな動きはなかったようだ。


 館内は冷房が効いているのに、二人ともTシャツには汗が滲んでいた。



 ロボットから隠れながら一階ずつ上がる。

 各階の中央にあるコールセンターで、一覧表に記載されている名前をしらみつぶしに見る。彼の方が私よりも圧倒的に速い。

「……ない。この階にもいない」

「……みたいね。上がりましょう」

 あまりの部屋の多さと、入院患者の多さに集中力が途切れてしまいそうになる。



 監視ロボットを回避して二十四階まで上がった頃には、とっくに十二時を過ぎていた。

「くそう、これじゃラチがあかない」

「どうするのよ……」

「……誰か、看護師に聞いてみよう。たぶん、俺達の代わりに端末を使って入院患者リストを検索してくれるはずだ」

「でも、危険なんでしょ?」

 剛雄君は一度目を閉じた。

「……ああ、リスクは大きい。万が一、看護師が奇妙な行動をとったり、表情を変えたら絵里……君だけは急いで逃げるんだ」

「え?」

 私だけが逃げる――?


「じゃ、じゃあ、剛雄君はどうするのよ」

「俺はその場で追いかけてくる警備員を食い止める。その隙に非常階段で一階まで逃げ切り、車に乗って逃げるんだ。なるべく遠くまで」

「そんなの無理よ! できないよ!」

 ミッション車の運転は、したことないよ!

「それしか方法がない」

「……剛雄くん」

 涙が流れたのを、彼がそっと親指で拭いてくれる。

「いいか、君は幸せになるんだ。生きるんだ。そのために今日、ここに来たんだろ、違うのか?」

「……」

 言葉が返せなかった。

「いいか、必ず逃げるんだぞ」

「……」

 黙って頷いて、車のキーを受け取る。動物の尻尾のようなキーホルダーは、手垢で薄汚れていた……。


 私は非常階段近くから、隠れて彼を見守る。

 看護師の一人に剛雄君はさりげなく声をかけた。


「あ、あ、あのお~、この病院に、「橋爪絵里」が「与野岸ラム」って人、入院されてますか?」

「お見舞いですね、ちょっと待って下さいね……えーっと」

 ポケットから小さな平たい最新機器のような物を出したかと思うと、それをペタペタ触っている。


 ――怖い。なにあれ! 新種のスタンガンかもしれないわ~!


「いませんね。うん。入院してません」

「あ、そうですか。ありがとうございます」

 ペコペコと礼をする剛雄君の演技力が、凄い――。初めて病院に来たけれど、右も左も分からないド素人感が、凄すぎる~!

「いえいえ」

 看護師は様子を変えることなく去っていった。


「入院していないそうだ」

「あんなに一瞬で分かるの?」

「ああ。個人に渡されている小型タブレットに患者情報が共有されて入っているのさ」

「ふーん……」


 ――じゃあ、今までの苦労はいったいなんだったんだ――! 最初から誰か看護師に聞けば良かったじゃないの~!

 それに、ここはもう二十四階よ……。最上階の二十五階はレストランと託児所と食堂らしいじゃない。だったら――、


 この階が最後じゃん! ドキドキして損したわ!


「……なんか、どっと疲れたわ」

 でも、心のどこかでは見つからないで欲しいと願っていたのかも。

「ここにいないのなら……。あとは、製薬会社の地下か――」

 ――えっ!


 心臓が止まりそうになってしまう。そしてまた、ドクンドクンと鼓動が激しくなる。



「行くのかい、極楽製薬会社」

 見つめられると息が詰まりそうになる。

「……あそこには……行きたくない」

 どんなに私の人生がかかっているからといって、せっかく逃げ出してきた所に戻っては意味がない――。それに、あそこはセキュリティー認証も病院よりずっと厳しいはずだ。地下に一般人が入れる確率はゼロだわ。


 次に捕まれば、逃げられないだろう。

 過去の記憶があることが知れたら、記憶を消すために……脳を摘出されるかもしれない――。


「……あそこに戻るくらいなら、一生逃げ回っていた方が……マシよ」

 クラゲのように水槽を漂う私に……もう戻りたくない。

「そうか、じゃあ帰るとするか」

「……うん」

 そっと剛雄君の腕に私の腕を絡ませた……。


 帰って二人でフルーツの盛り合わせを食べよう。

 今はそれが私にとって、一番の幸せなんだわ……。


 今日は農作業もせず、ずっと私と一緒に家にいてくれた。


 色々な話をしてくれた。この辺りがどういう風に近代化していったとか、中学の時に好きだった子が引っ越してしまったことや、好きなSF映画の話とかを、いっぱい聞かせてくれた。


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