003 戦い、そして……
錬清は思わず笑みが浮かぶのが止められなかった。
歯ごたえのありそうな敵。それ以上のご馳走はない。
だから、手にした剣を振るい、その『味』を確かめる。
敵の名は知っている。治尚駕刻。鮮華の誇る武芸者で、いまや彼なしでは彼らを語れない程の存在。下手をすれば、盟主である白扇以上に崇められている存在だ。
「ははっ!」
切り込んだ黒の刃、『悪食』(あくじき)の一撃を駕刻は矛の柄で受け流し、返す一撃を首筋に打ち込んできた。当たれば致死性の一撃に、だが、錬清は怯まない。
受け流しはもろに衝撃を受けない分、上手く流さないと、勢いが残ったままだ。つまり、移動は続いている。
錬清は流れる身の方向へさらに重心を傾けて半ば転ぶように、しかし、決して転ぶことなく滑るように移動をしてのける。
出た先は相手の真横。矛を振り下ろした直後の、隙が多い姿勢。
だが、錬清は切り込まなかった。そのまま横をすり抜け、背後で姿勢を整える。
「なぜ斬らない?」
駕刻は不可解な表情を隠しもせずに問う。
「横から斬るのは趣味じゃない。ただそれだけだ」
「貴様の趣味に救われた訳か。しかし、俺とて武芸者の端くれ。一撃は見舞って見せたいものだ」
「それ、勝負の意味を履き違えてないか? 今やってるのは殺し合いだぜ?」
「なら、何故殺そうとしない? 先程からの攻撃を見ると、俺が避けるのを見越して攻撃をしている。何故だ?」
「だから、殺し合いだって言ってるだろ? わからねぇ奴だな。じわじわ嬲って殺す。それが俺のやり方だ」
刃を突き付け、
「だから殺し合おうぜ?」
だが、駕刻は動かなかった。真意を確かめるように錬清の瞳を見つめ、そして、一つ溜息をつく。
「遊びに付き合う程暇じゃない。お前の真の目的はなんだ?」
「さっきから言ってんだろ?」
わからない奴、と錬清は呟くが、もはや駕刻は取り合わなかった。
「なら、何故殺気がない」
そう問われた途端、錬清は興が冷めた。だらりと腕を下ろし、『悪食』を放り投げる。それは駕刻の前の地面に刺さった。
「つまんねぇの。ほんとにこんな奴らでいいのかよ」
錬清は吐き捨て、地面を蹴る。その身は数尺離れていた白扇の元に一瞬で辿り着き、その首筋に、白い刃を突き付ける。
「くぅ……」
白扇は呻くが、顔を上向けにするような角度で刃を当てられているため、上手く声を出せない。
鮮華の盟員は色めき立ち、駕刻は憤怒に顔を赤くさせる。
「じゃあ、もう一度取り引きと行こうか。なあ、白扇?」
空いた左手で白扇の頬を撫でる。
「李州の、いや、清香帝国の行く末を決める取り引きをしようじゃないか」
‡
白扇は首筋に白刃を押し当てられながらも、心は平静を保っていた。無論、仰け反らざるを得ないため、体勢としては苦しいのだが、恐怖はない。
「ちょ、ちょっと」
軽く剣に手をかけ、少し下ろすように目で訴えると、錬清は舌打ちしてから剣を完全に引いた。その剣は背中に括りつけられていた鞘に収まり、翠の瞳が白扇を見据える。
「貴殿は何者だ?」
喉をさすりながら問うと、錬清は少し距離を置いて、未だに警戒心を緩めない駕刻たちを見回してから、
「俺は鮮華を導くために使わされた。故在って遣わした馬鹿の名は言えないがな」
遣わした、と言いつつも、その者に対して平然と馬鹿と言えるのは何事だろうか。
「導く? 我々をか?」
「そうだと言ってるだろ。白扇は耳が悪いのか?」
口の悪さに反応しそうになったが、あくまでも平静を保つ。聞かなくてはならないことは山ほどありそうだ。
「では、まず問おう。貴殿が最初に言った、李庵の安全と李州の行く末とは何の意味だったんだ?」
問いかけに、彼は付いてくるように手で示し、そのまま無造作に歩き出す。一瞬、付いて行くのをためらったが、罠の様子はないし、彼自身、殺気がない。
付いて行った先は大岩の反対側。先ほど白扇たちがいた位置からは死角となっていた位置に、無数のものが転がっていた。いや、ものと形容してはいけない。それらはまだ息のある人間で、だが、体のあちこちから血を流していた。
血の臭いの正体をようやく理解し、そして、視線を錬清に転ずる。
「この者らは?」
「紅紗の奴らだ。俺が待ち伏せて、殲滅した。ほら、そこに炉火が転がってるだろ?」
言われた方を向くと、多数の体に半ば覆い隠されながらも、確かに噂で聞き、人相書きにも描かれていた炉火の風体によく似た男が横たわっていた。
つまり、これは紅紗の本体。しかし、圧倒的に人数が少ない。
「紅紗がこれだけの人員の訳がない。別働隊がいるはずだ」
しかし、錬清は喉の奥でくつくつと笑うと、
「李篭で狼藉を働いていた紅紗は、略奪した食べ物を食べて腹を下し、その隙をとある馬鹿が強襲。命からがら逃げてきた残る人員は、この俺がここで待ち伏せて切り捨てた。はは、ざまねぇな」
さも愉快そうに笑うが、その内容は決して笑えるものではない。数年に渡り清香を苦しめてきた悪賊がたった数日で壊滅しなければならない程の打撃を与えうる存在とはなにか。今目の前にいるこの男もそうであるのだろうし、彼に馬鹿と言われつつも、李篭にて紅紗を強襲し、ほとんどを壊滅に追い込んだ人物もそうなのだろう。無論、一人でやったとは言わないだろうが、それでも紅紗がそこにいるのを知り、見事敗走に追い込んだのは確かなことだ。
「もしや、その食あたりも貴殿らが仕組んだことなのか?」
「それは想像に任せるぜ。なにせ、俺も実際を見た訳じゃなく、文鳥で知らされただけだからな」
白扇はそっと溜息をつき、炉火を見遣った。
「駕刻、全員を縄で縛れ。刑務官に引き渡す」
「わかった」
駕刻は錬清を横目で見ながらも、馬に括りつけてあった縄を取りに向かう。その代わり、蒼刑が近くによって来て警戒をする。
「蒼刑、いい。こやつは戦う気がない」
「だけど……」
「私がよいと言っているんだ。顔を立てると思って引いてくれ」
「……わかったよ。だけど、後悔しても知らないぞ」
重ねて頼むと蒼刑は小刀を仕舞って少し距離を取る。しかし、警戒心だけは隠していない。
「はは、嫌われたものだな。まあ、そのくらいの方が張り合いがあっていい」
こやつもこやつだ。すべてを悦楽にしてしまおうかというような心の持ちよう。先ほどの戦いも殺し合いではなかったが、明らかに楽しんでいた節がある。
再度の溜息をついていると、駕刻はその膂力を利用して紅紗の連中をひとまとめに縛り上げてしまった。
「しかし、ここから李川に戻るには時間も遅いな。かといって、この人数が李庵に滞在するのも気が引ける」
見たところ、李庵は裕福な邑とはいえそうもない。百人が滞在すれば、金を落とすことが出来ても確実に作物を消費するのは目に見えている。そうなれば、彼らの生活を圧迫するのは必至だ。
「並足でもいい。少しずつ戻ればいいだろう。なんなら途中で野営してもいいな」
「だから、時間が遅いし、第一食糧もない。いくら並足とは言え、消耗はするのだぞ」
「おいおい、白扇は目も悪いのか?」
口の悪さにむっとして彼の方を見ると、とある一方を指差している。その先を追うと、そこには革製の袋がいくつも転がっていた。
「食料だ。こいつらがもともと貯蓄していた分だから、食あたりはしないだろ」
「…………」
半目になって彼を見たが、そんな視線を意にも介さず、にやりと笑って見せた。
「敵ではないと信じよう。しかし、貴殿の目的が不透明なままでは、協力は保証しない」
「勘違いするなよ。協力するのは俺だぜ?」
一足で十尺以上を跳んで見せた錬清は軽々と革袋をいくつも担ぎ上げ、白扇に手を振った。白扇も今は彼に対する詮索を諦め、馬にまたがる。
「では、一度李川に戻る。野営もあるだろうが、幸い食料は手に入った。では、行こうか」
百人が応答を返し、砂の大地を賑わせる。
行きは駆け足だったが、帰りは馬に無理させるのを嫌い、並足でゆっくり行く。なにより、思わぬ同行人が増えた。
白扇は荷物を背負い、しかし、笑みを隠さぬその横顔を見て、そっと三度目の溜息をついた。




