チャワン妖怪の誕生
満月の夜。
お稲荷様のホコラで、チャワンがとつぜん震え、カタカタと鳴り始めた。古いチャワンが百年たって妖怪になったのだ。
音がおさまったところで……。
生まれたばかりのチャワン妖怪に、このホコラの主である白いキツネが話しかけた。
「百年もの長い間、よくわれずにいたなあ。たいしたもんだよ、おまえは」
この白キツネ、このホコラの主のほかに、稲荷神の使いの者でもあった。
――うん?
チャワン妖怪が首をかしげる。妖怪になったことにまだ気づいてないのだ。
「おまえはたった今、妖怪となって命を宿したのだ。よってこれからは、しゃべることも動くこともできるんだぞ」
白キツネは教えてやった。
これまでの百年間。
このチャワン妖怪、自分の力ではまったく動くことができなかった。ただのチャワンとして、ひたすらホコラの中でじっとしていたのだ。
――やったあー。
チャワン妖怪はコロコロところがった。
ただ妖怪としてはまだ半人前、今は顔もなければ手も足もない。
「なんともめでたいことだ。さっそく儀式のお願いをせねばな」
すぐさま白キツネは、本殿にいる稲荷神のもとへと走ったのだった。
夜明け前。
稲荷神がようやくホコラにやってきた。
「すまん、すまん。つい飲みすぎちまってのう」
足がフラフラしている。大好きなお酒を飲み、ずいぶん酔っぱらっているようだ。
「稲荷神様、先ほどお話したのはこのチャワンです」
白キツネが、チャワン妖怪を指さす。
「おう、おまえがそうか。もろいチャワンが、百年もわれずにいられたとはのう」
稲荷神は、生まれたての妖怪にうれしそうだ。
「もうじき朝になります。そろそろ儀式を……」
儀式は、名づけの儀式、形づくりの儀式、術入れの儀式の三つからなる。これらの儀式を受けてこそ、いかなる妖怪も一人前になれるのだ。
「そうじゃな」
稲荷神がかしこまった顔でうなずく。
「名前はドロンにしよう。どうだ、なかなかいい名前だろう」
「はい」
チャワン妖怪は大きな声で返事をした。
「次は形づくりの儀式じゃな」
「稲荷神様、だいじょうぶですか? たいそうお酒に酔っておられるようですが」
白キツネはそばで心配そうだ。
「なに、これしきのこと」
稲荷神はフラフラしながら、チャワン妖怪の上に手をかざした。
チャワン妖怪がおモチのようにふくらんで、それに丸い頭と体ができた。次に顔に目と口があらわれ、体からは短い手と足も出て、チャワンは帽子みたいに頭のてっぺんに残った。
「まあまあのできばえじゃな」
稲荷神はふむふむとうなずいた。
……が、チャワン妖怪はまるで妖怪らしくない。頭にチャワンをかぶった、白いダルマのようだった。
「残るは術入れの儀式じゃが……。白キツネや、いかような術がよかろうかのう?」
「わたしのお供になるものです。できましたら、わたしと同じ、千変万化の術を」
千変万化とは、なんにでも化けられる術である。
「ふむ」
稲荷神はうなずいてから、ドロンの頭の上に手をかざした。
チャワンがピカリと光る。
これで術入れの儀式が終わった。
「ドロンや。なりたいものを思い浮かべ、ドロドロドロンととなえてみよ」
「では白キツネ様に」
ドロンが呪文をとなえる。
「ドロドロドロン」
頭のチャワンがピカリと光った。
いっしゅんにしてドロンが消え、そこに白いキツネがあらわれる。
「儀式はうまくいったようだな。では、もう一度となえてみよ」
「ドロドロドロン」
白キツネとなったドロンが呪文をとなえると、たちまちもとのチャワン妖怪にもどったのだった。
こうして――。
お稲荷様のホコラで、チャワン妖怪のドロンは誕生した。
ただ儀式のとき。
稲荷神がひどくお酒に酔っていたため、へんてこりんな姿になったドロンであった。




