第11話 もう一度『全部救ってやる』について語りたい
おれごんがまだ中学生だった頃の話です。
ネットとか無くて。ネタバレなんてなかった。
発売したての寄生獣の新刊を読んで、シンイチの高校のあの廊下で、起きた惨劇に衝撃を受けたのはあの日。四散したたくさんの同級生に心を抉られたのはあのとき。
主人公のシンイチと同じように動悸がして、紙面を直視できなくて。
舞台がよくある画一的な学校の校舎で、年齢が近いこともあり、当事者として受け取ってしまえた。無敵だった中学生が死に恐怖できるくらいには深い学びがあった。
でも同時に、大いに傷ついたのです。少し前までサンタを信じていた子どもが、また一歩大人に近づいた。
だから進撃の巨人と出会ったときには寄生獣ほど大きなショックを受けなくて。
ある程度免疫ができていた。ああ大変だね、シリアスものだもんね、食人描写はしんどいね。
あっと、誤解しないでくださいね。どちらも何度も読みなおすくらいには大ファンで、弱い気持ちになったときに読むと奮い立つくらいには愛読しています。
ヒトとは、コミュニティとは、社会とは。力とは、愛とは、生命とは。
多くのことを学ばせてもらったバイブル。
一方の、今日の掲題『全部救ってやる』。
最近執心のこちらには食人なんて出てきやしません。でもそれと比肩できるくらいすっごく内面を揺さぶる衝撃的な場面があって、胸が苦しくて。なのに今度は救われました。
あまりにも辛辣な問題提起があり、同時に深い感動があった。
寄生獣で深々と斬りつけられて、進撃の巨人では同じ傷を抉られた。物語によって見せつけられた命の生き死に、一生癒えないはずの深傷。
ところが今日、その痕になって久しい古傷が癒やされた。『全部救ってやる』によって文字通り救われました。遠い昔に行方不明になったはずの中学生おれごんが、令和のいま底抜けに明るい顔をして帰ってきた。
「ただいま〜!」
ケガをした事実が霧消したのではありません。ケガは確かに負い、治ったから帰ってこれた。バナージ・リンクスのように、「それでも!」と自らを鼓舞して。
ヒトってどうしようもない一面があって、それはでも、およそ本能に近い部分で。
こんな人類にも救いがあるのは、後天的に手にした倫理観に基づく善性があるから。ヒトがギリギリのところで特別とまだ言い張れる最後の拠り所。その善性に光を当ててくれたのが『全部救ってやる』。
ヒトは学ぶことでヒトとなる。ですからおれごんは性悪説を支持するようです。
おれごん全力でおすすめ!
まだあまり世間から注目されていない『全部救ってやる』に、ぜひみなさんもご注目いただきたいです。




