<おまけ>
復讐とまではいかないけれど、十年ぶりに会ったカシマール様を怒鳴りつけたことで、わたしの中のなにかが吹っ切れた。
月が替わり、都へ帰る支度をしているラスヴェートの背中に抱きつく。
「どうした? どうせなら前から抱きついてくれ。この体勢ではキスができない」
「……ラス。私、あなたと一緒に都へ行ってもいい?」
「本気か、ソーンツェ」
「迷惑だったらいいの。これまで通り、ここであなたを待っているわ」
「迷惑なわけないだろう? ああ、このときをどれだけ待ったと思ってる!」
振り向いたラスに抱き上げられて、顔中にキスの雨を降らされた。
「ソーンツェ、君は俺のものだ。もう逃がさないぞ。……この前君の元許婚が来ていたとき、どうして俺が君を置いて魔獣退治に出かけたと思っている」
「手負いの魔獣を野放しにしていたら危険だからでしょ?」
「ハズレだ、俺の可愛いソーンツェ。本当はな、あのまま同じ家にいたらアイツを殺してしまいそうだったからだよ」
「カシマール様と婚約していたのは昔の話よ?」
「そうだ。そしてアイツは君を傷つけた」
ラスの手が、優しく私の肩に触れる。
彼が私を傷つけたことはない。初めて会ったときからずっと、ラスは私を癒し続けてくれている。
私は腕を伸ばし、ラスの背中に回した。
「あなたのおかげで傷は癒えたわ」
「ふうん?」
ラスが隠微な笑みを浮かべる。
「では君の体を確かめさせてもらおう」
──都へ出発する日が三日ほど伸びた。
☆ ☆ ☆ ☆ ☆
「ねえラス、ラスヴェート?」
「なんだ、俺の可愛いソーンツェ」
獣人国ことズヴェズダー帝国の都、帝都ポリャールナヤに到着して、私は知った。
「あなた皇太子殿下だったの?」
「……言ってなかったか?」
「聞いてないわ。というか、私が住んでた小屋の近くの村の人達、あなたのことラス坊やって呼んでたわよね?」
「凶悪な魔獣が出たときや大氾濫で村だけで対応できないときは、昔から俺が加勢に行っていたからな。顔見知りなんだ」
「そういう問題?」
彼の母君である女帝陛下においては、二十年前の大氾濫のときに侯爵領へ非公式で加勢に来てくれていたらしい。
ときどきくれていた手紙には、そんなことひと言も書いてなかった。
「本来の跡取りであるそなたの伯父上達があの大氾濫で亡くならなければ、そもそもそなたと第三王子との婚約自体なかったであろうにな」
確かに私しか正統な跡取りがいなかったから、せめて王族であるカシマール様を婿に迎えて侯爵家を存続させようという話になったのだったわ。
まあ、異母妹グラービッチに誘惑されたカシマール様が、私に冤罪を着せたのがすべて悪いのだけどね。
「わらわの力が足りずすまなんだ。あのときそなたの伯父上達を守れておればのう」
「とんでもありません、陛下」
「陛下ではなくお母様じゃ」
「「義姉上ー」」
「俺のソーンツェに群がるな!」
ラスのお父様はお亡くなりになっていたけれど、ずっと娘が欲しかったとおっしゃるお母様と双子の弟君が私を歓迎してくれた。
伯父様達がご健在だったなら私とラスを婚約させて早々とお嫁にもらっていたのに、なんてことまでおっしゃる。
私との正式な結婚を機に、ラスは皇帝に即位するという。
婚約破棄から始まった日々へのしこりがすべて消えたとは言えない。
吹っ切れたとはいうものの、カシマール様が十年間の記憶を失っていなかったら全力で殴りつけたかったと今でも思っている。
だけど、
「ソーンツェ、都に来てくれてありがとう。……愛している」
「私もよ、ラス。来年の新年祭の花火はふたりで一緒に観ましょうね」
「ああ。ひとりふたり増えているかもしれないがな」
彼の愛に包まれて、憎しみも苦しみも悲しみも、いつか溶けて消えるに違いない。
春の温もりに包まれた白い雪のように──