2話目
「ぷぅーい……あ゛~……まだまだ温ぃな。」
オッサンがだらんと垂れた一物をぶらぶらと揺らしながら足を進め、薪ストーブの上に置かれた焼け石に柄杓で水を打つ。
湖から汲んだ清涼な水は、焼け石に触れると同時にじゅう、じゅわじゅわと音を上げ、その姿を蒸気へと変えた。多くの熱を石から奪いその形を変えた水が、奪った熱を抱えたまま俺に襲い掛かってくる。
「あっちぃよオッサン!」
「アッハッハッハッ! ガキンチョにやぁまだ辛いよなぁ! おうおう、あちぃと思ったら湖にでも飛び込んでこいや。スッキリすんぞ。」
「ぬかせ。」
オッサンは柄杓にもう一杯水を掬い、そしてニヤニヤと白い歯を見せながら俺を見る。
男は舐められたら終わりだ。
どんな些細なことでも意地を張って見せる必要があるってもんだ。
俺は鼻を鳴らし顎を動かすと、オッサンは声を出して笑いながら焼け石に水をぶっかけた。また熱を蓄えた蒸気が俺の肌を刺し、自分の肌の上を流れる水滴が、汗なのか、それとも蒸気なのか分からなくなる。
オッサンは温度に満足したのか、またブラブラとさせながらダラダラ歩き、俺の隣に腰掛け一息ついた。
水が蒸気へと変わる音だけがサウナに響く。
「……まぁ、なんだ。アレだぞ? そんな気にすんなよ?」
「なんだよ……気ぃ使ってんのか?」
「お前はガキンチョな上に、俺が連れてきたみてぇなもんだからなぁ、一応は気にしとかねぇといけねぇみてぇだしな。」
「はっ、シュティーナの姐さんにでもなんか言われたかよ。」
「おぉ! 言われたぞ。アイツはほんとおっかねぇ。お前の様子みねぇとワケわからん液体を飲ませようとしてくるからな!」
オッサンが一頻り笑い声を上げる。
親を亡くし力も何も無いガキだった俺を拾い上げてくれたこの傭兵団は本当に度量が広い、良い傭兵団だ。
錬金術師のシュティーナの姐さんが知恵者の役割を果たしてくれたり、人当たりの良いマリーの姐さんが町や村をつなぐ顔役として動いているのも大きいだろう。どうしても男共は血生臭い風貌になっちまうから、あの二人がいなかったら、もっと匪賊寄りの傭兵団としてしか活躍できなかったはずだ。
俺は今、頭に浮かびそうなことを避けるように所属する傭兵団を自画自賛する。
「まぁ、なんだ。ある意味あのカリーナとか言う女のことも諦めがついたってもんだろ!」
オッサンから放たれた言葉の矢が俺を貫く。
俺から自然と溜息が漏れでると同時に、自分で確認した光景が脳裏に思い起こされてくる。
「はぁ……せっかく忘れてたのに、わざわざ思い出させんなよ……それとカーリンだ。」
「おぉ? そうか。まぁ大した違いもねぇ。気にすんな!」
カーリン。
カーリンは帝都に点在している数ある教会に属する修道女の一人だが元は違う。
帝都にはヴォステベリ教の教会が何か所も点在していて、大がかりな教会から個人の家レベルまで多種多様。そして数が多い。
カーリンは元々は田舎の治療院で保護された孤児だった。俺が若気の至りのドジを踏み少しのケガをしてしまった時、治療を受けたのが出逢いだった。同年代ということや親無しということもあり気が合ったが、その治療院はヴォステベリ教の傘下だったのだ。
カーリンの元々の見目麗しい容姿もあり、いつの間にか帝都の最も大きい教会にその身を移し、そこに常駐している修道女となった。
俺はオッサンにヴォステベリ教に関わるなと忠告を受けていたからこそ、ヴォステベリ教大っぴらには関わることはなかったが、帝都はこの国の中心だからこそ俺たち傭兵団も足しげく通うし、その帝都に数あるヴォステベリ教関連施設を見ないというのは物理的に無理な話。
それにカーリンは俺の初めての思い人でもあり、その顔を探してしまうのは仕方なかった。
そして、つい斥候として力をつけつつあったが為に、彼女の様子を知ろうと調べてしまったのだ。
その結果、彼女が教会上部やその客人専門の情婦であることを知った。
というよりも実態を目撃してしまった。
「はぁ……」
話題に出されると、どうしても彼女が多くの男達に塗れながら悦んで矯正を上げている姿が鮮明に思い起こされる。
純粋な天使のはずが、とんだ淫魔だ。
「どんな組織でも上になればなるほど汚ぇもんが増えるもんだ。規模がでかけりゃその汚さも段違いよ。小娘の一人や二人どんな風にでも育てられちまう。」
ヴォステベリ教は、この国の端から端まで、どんな小さな村にでも存在している。なぜならその教えが献身的に他者に尽くす事を尊ぶ教えであり、そして多くの信者がそれを実践しているからだ。
人々が嫌うような死に繋がるような病気の看護や死後の葬式、墓の手配なんかも率先して取り組んでくれる。しかも無償でだ。だからこそヴォステベリ教という名前があるだけで喜んで受け入れる者が多い。
俺だってカーリンの事がなけりゃあ、良い宗教だと褒めているところだ。
世間はそんなちょっと前の俺みたいに思っているやつだらけだから、ヴォステベリ教は規模だけで考えれば下手すればこの帝国にありながら帝国よりも多くの味方。いや、大きな勢力を有していると言って良いかもしれない。
「俺たちゃよう、傭兵だ。戦うのが仕事だ。帝国が戦争ふっかけりゃあホイホイ出て行って殺し略奪する。それが仕事よ。
でもなぁ、それでもいろんな声を聞くんだよな。攻める前とか情報集めたりするしなぁ。
するとさぁ、聞こえて来るんだよな。苛烈な殲滅戦の場合は特に、どうにもそこがヴォステベリ教に反対していたとかなぁ。」
「なんだそれ? 帝国みたいなでっけぇ国がヴォステベリ教の意見を汲んで戦争してるとでも言うのかよオッサンは。」
「まぁ、お前が前に出るようになってからは、そんな殲滅戦もねぇからなぁ、わからんだろうな。
だが今から考えればアレは見せしめだったんだろうなぁ……」
オッサンが遠い目をする。
殲滅。
言葉を変えれば『一人残らず皆殺し』だ。
オッサンの戦いぶりは一旦戦いが始まれば凄まじいの一言に尽きる。大槌、戦斧、大剣から、トンカチにフォーク。手に持てる物はなんでも武器として使ってしまうし、道に転がってる石でも拾えばそれすらも強力な武器になる。盾だの兜だの防具も全てが武器だ。持つものが無くなった素手でも充分に恐ろしい。嵐みたいなオッサンだ。
だが、普段のオッサンは俺みたいなガキンチョを救うくらいの良識は持ち合わせている。というよりも基本、敵対してない相手には甘いところすらある。そんなオッサンだ。
だからこそ過去参加したんだろう問答無用での殲滅戦に思うところがあったんだろう。
「まぁ、アレだ! どうしても女を抱きてぇなら、ここはひとつ俺がイチコロの口説き文句ってヤツを教えてやるよ!」
「はぁ? オッサンがかぁ?」
「おうよ! 俺がこの言葉ひとつでどれだけの女を抱いてきたと思ってんだ。ったく、教えるつもりも無かったが、まぁ、しゃーねぇ。ここはいっちょ慰めがてらに教えてやろうじゃねぇか! 魔法の言葉をよ!」
どう考えても女にモテる要素が腕力と強引さしかないオッサンが言葉で口説くなどありえない。
だが、確かに町や村の酒場でオッサンが女の腰に手を回して消えていくのを何度と無く見たことはあった。
正直興味はある。
「なんだよもったいぶるなよな……なぁ、どんな口説き文句だよ。」
「ふふんっ、いいだろう。その言葉はな……」
オッサンの真剣な表情。
俺も額の汗が目に入らないように拭い、真剣な目を返す。
「『姉ちゃん。あんた幾ら?』だ。」
――まぁ、なんだ。
こん時はアホかと思ったが、確かにすげぇ使える言葉だったよな。うん。
つーか、まだガキ扱いされてたから、みんな俺からそういう情報外してたのに、そこは流石にオッサンだよなぁ……しかもこの後、湖飛び込んでからオッサンとメシ食いに行って、そこで実践しろって言うの強制されたんだったっけか。面白がられてめっちゃ安く売ってくれたよな……ってか逆に食われたっつーんだよな。アレは。まぁ悪くなかったが。
しかし、この件で俺の中のヴォステベリ教の要注意度ランクが、すげー上がったんだよな……
それでもまだ甘かったけどよ。
あぁ、また夢が飛ぶ――
「どうなってんだよっ!」
「落ち着きな。」
雑然と、そして囂然たる場。
いつもの傭兵団の詰め所だが、どっかりと腰掛けているオッサンの姿が無い。マリーの姉さんに問うが忙しそうに一瞥をくれるのみ。
他に聞けそうな人がいないか見回すと、戸が開き見知った顔がやってくる。
「シュティーナの姐さん! この騒ぎはなんなんだよ!」
「……えぇい、皆聞きな! 今から説明するよ!」
俺もその場の煩さに加わると姐さんが吼えた。姐さんの一声で、あれほどやかましかった場が静まり空気すらも落ち着きを見せはじめる。
「まずは現状の確認からだが……急を要する事態だ。そして情報を共有しておくべき事態だ。
どんなに頭が悪いやつでも理解できるように話すから聞き逃すんじゃないよ。」
ぐるりと傭兵達を見回すシュティーナの姐さん、オッサンと同年代だろう30に近い年のはずだが、それ以上の貫禄を感じる。
そんなことを口に出せば確実に手に持ってる杖っぽい棒で殴られることになるんだがな。
「さて、あたしらがこの帝都を中心に詰めるようになって1年が経つが、あたしらはここで何をしてきた?」
「用心棒!」
「掃除屋。」
「討ち入りぃっ!」
「え~……人探し?」
そこかしこから声が上がる。
声を上げたのは、自分の上げた事を好んでやっている猛者達だ。
俺はどれも手伝ったこともあったが、特にコレと絞ることはできず口を開いていない。
「あぁ、そうだね。要はあたしらは何でも屋。この帝都の荒事担当みたいなもんだ。
契約をした店でバカをヤツやつがいりゃあ駆けつけて叩きのめすし、邪魔なやつらがいれば掃除する。なに、こっちが掃除しなきゃあ逆に掃除されちまうんだから仕方ないのさ。掃除の規模も大きくなりゃあまとめて大掃除。駆除も必要になる。
ただそうやって派手にやりすぎちゃあ、お上に目をつけられちまうかも知れないから、お上のご機嫌とりに探し物を手伝うことだってある。」
そうだ。
帝国の戦争が大分安定したため放浪気味だった傭兵団の役割も転換期に差し掛かった。そこでシュティーナの姐さんの案で帝都に腰を据えて活動することにしたのだ。
俺たちの傭兵団は戦火の最前線に飛び込んでいく傭兵団だ。平和な帝都、温い環境で発生する荒事など恐れる事もない。俺たちは意気揚々と帝都に入ったんだ。
もちろん帝都は歴史があり、各地域・区域を牛耳ってきたファミリーも色々あった。
話し合いができるところとはシュティーナの姐さんがオッサンを連れて話し合いに行き話をつけた。もちろんこじれたらオッサンが暴れるワケで、その暴れるついでに俺たちも暴れに暴れた。
そのせいで2つか3つののファミリーが帝都から消えたが大したことはない。どうせ大したことはない。
まぁ消えたファミリーとやらは金持ちばかりだったらしく戦利品は上々も上々。姐さんはその戦利品を元にして色々と動き、半年も経たない内に俺たちの帝都で動ける範囲を大体定めてしまっていた。
「おいアンデルス。お前最近何をしたか覚えているか?」
「あ、俺ッスか?」
唐突にシュティーナの姐さんが俺の名前を呼び、場にいた全員の衆目が集まる。
姐さんには頭が上がらず、どうにも咄嗟には『ス』とか反射的に丁寧な言葉を選んでしまう。
「あぁ、そうだ。ジークフリートのヤツと一緒にやったことを言ってみなさい。」
ジークフリート。大仰な名だがオッサンの名だ。
なんだかんだで帝都ではオッサンとコンビで動くことが多かった。
ここ最近でオッサンとやってきたことを思い返してみる。
「えっと……そうスね……パっと思い浮かぶのはスラムの方の人攫い集団をシメましたかね……いや、もちろん俺は止めたんですよ? でも飲んでたオッサンが突っ走ったからで、あれは不可抗力です。」
「はんっ、アルが刺したヤツの方が多かったって報告があるけれど?」
「いや、オレはただ逃げようとするやつがいたから、なんか応援とか来たら面倒そうだし処理してただけで……」
嘘をついてると思われたくなくて慌てる。
だが姐さんはさほど興味もなさそうに顎を動かし別を催促する。この話ではないらしい。
「えっと、他には……あぁ、アレですね。娼館とか娼婦達から、なんかひでぇ媚薬が出回ってるって相談があったんで、その媚薬持ってるやつとかシメてまわってました。」
「正しくは生産拠点を突き止めてぶち壊しました。だけれどね。」
「いや、あれも俺は姐さんに報告を優先しようとしたんスよ! でもオッサンが……まぁ、あのクスリはマジで体おかしくしますし早く無くなる方が良かったですけど……それにうちのシマも関わることでしたし。」
なんとなく汗が流れてくる。
俺はオッサンが暴走するのを止めていたはずだ。
俺は無実だ。
「と、まぁ、各自も似たような事をしている覚えがあるんじゃないか?」
姐さんが聞きたいことは聞いたといわんばかりに見回すと、全員がサっと目を逸らした。
そうだ。俺とオッサンだけじゃない。
ここにいるヤツラはみんな同じようなことをしてきては酒飲みながら自慢してたんだ。
俺は止めようとしている方だから無実だ。
「さて、このようにウチの傭兵団。いや、ホジポッジファミリは、目に付くヤツはとことん壊してきたわけだ。」
姐さんが溜息をつき、全員が下を向く。
だがすぐに姉さんが顔を上げ、声遣いが変わった。
「まだ推論ではあるが結論から言う。私らは新種の麻薬産業を潰した可能性が高い。
どこぞのバカ共が好き勝手動いたせいで、必要な物資が手に入らなくなり、資金が掠め取られ、人体実験材料を回らなくなり、研究員は治療院で寝込み、生産拠点は完全に破壊され、産声を上げたばかりの麻薬は立ち行かなくなった……っぽい。」
「「「「「「 はー。 」」」」」」
姐さんの言葉を聞いた全員がただ『そうなのか』と口を開くだけ。
もちろん俺もそうだ。
「問題は、その大規模な仕組みを考え実行しようとしていた者がなんなのかということだ。
今は私らのシマになった元々あったファミリー達とつながっていて、そして大規模な資金力や人員を持つ者が一体何者か……な。」
「「「「「「 うむ。 」」」」」」
姐さんの言葉を聞いた全員が頷く。さっきのようなアホ面はいない。
敵がいるということ。この事実は俺達全員が真剣になる事実だ。
「私らがホジポッジファミリとして動き始めて、よく『会いたい』と打診があったよ。
でも私やジークが関わりたくなかったから無視した。色んな手で来たが会わなかった。
だが、とうとうこの事態になって本気を出してきたらしい。」
俺は姐さんやオッサンが関わらないようにしていた。という言葉で察するものがあった。
「誰なんだよ。相手は。」
誰かが口を開き、姐さんが止めていた口を開く。
「ヴォステベリ教だよ。麻薬の総まとめも、そしてジークを攫ったのもね。」
ザワっ と一声だけが起きた。
そしてその後は『オッサンを誘拐した』という言葉に仲間達の殺気立った空気が漂い始めるのだった。
――あぁ、もう大分、今に近い夢だな。
夢を見るって事は、眠りが浅いって事か……まぁ、ヴォステベリ教に襲撃をかけようって一大事なんだ。せっかく居場所になった帝都にいられなくなる可能性もある。
皆この一年で帝都の居心地は最高に良い場所になっているからな……もしそんな帝都で、帝国に根をはるヴォステベリ教を襲うなんて最大の禁忌を犯せば、追われる立場になるだろう。いや、確実に追い出されることになるはずだ。
その立場に突き進んで行こうってんだから緊張もする。
だが、俺達にとって仲間は居場所よりも大事な存在だ。
住む場所よりも、共にある仲間。それこそが帰るべき場所。守るべきものなのだ。
だから俺達は、オッサンを取り戻すために戦うんだ――
「起きたか? アル。」
「……あぁ。」
寝起きに肩を動かし、首を動かすとゴキリと小気味よい音が響いた。
「本当にいいのか?」
「くどいよ姐さん……俺ぁ斥候だぜ? 調べるのが仕事だ。
全員でやるにしろ。情報がなけりゃあ無駄になる。まずは俺が動いてやらないとな。」
姐さんの心配そうな表情が、少し心に刺さる。
「それに俺はオッサンに助けてもらったんだ。俺が生きて、今、ここで動いているのはオッサンのおかげだ……だからこそ今度は俺が助けねぇとな。じゃねぇと、いつまでもオッサンに頭が上がらないままだろう?」
ただ笑ってみせる。
偽りのない本心だからだ。
オッサンは俺を助けてくれた。
これだけは忘れたことがない。
返しきれない恩も受けた。
これも忘れたことはない。
それを返すチャンスがようやく巡ってきたんだ。
今こそ俺の命を掛ける価値はある。
「それじゃあ、ちょっとオッサン助けてくる。」




