029 店長、空気を読んで。ね?
眠気というのは人の判断を鈍らせ、思考を低下させ、なによりこれを我慢するのは難しい。
人間の三大欲求はいずれも、耐えるには難しいものばかりで、睡眠欲もその内に入る。
だから、負けてしまっても仕方ない。仕方ないんだけど...タイミングだって大事。
例えば、他に我慢している人がいるのに、寝ちゃったら、寝てない人にとってはとても苦しい。
目の前で気持ち良さそうに寝ているのに、自分は寝れない。そんな苦しい状況に耐えられるはずがない。
「...だから、そんな苦しい状況にさせないで下さい!」
「...すぅ....すー.....」
「うぅ...気持ち良さそうに寝て...。私だって、寝ないで我慢してたのに、なんで店長が寝ちゃうんですかぁ...」
すやすやと気持ち良さそうに、私の胸のなかで寝ているのは、もちろん店長。胸を枕のように使っており、時折顔を動かしたり「...んん...みおりぃ....き...だー..」とか「..気持ち、いい...」やら寝言を呟いたりしている。
数分前の覚悟とかが嘘のように霧散していく。
人って面白いですよね。どんなに色んなこと考えてても、こういうのを目撃しちゃうと、怒りが段々と沸いてくるんですから。
放っておくわけにもいかないから、起こそうと声をかけても動かないし、私が離れようとすると、手とか足とか体とかを掴んできて、離れることもできないし。
八方塞がり、どうしようこれ。
「..あ、碧葉ちゃん。碧葉ちゃん、どこ行ったの?ずっと一人にさせちゃってたから心配....碧葉ちゃーん!!聞こえるー!!どこにいるのー?!」
雨倉さん達は、私と店長が話している間に行っちゃったみたいで、助けも呼べない。碧葉ちゃんもどこにいるのか分からない。むなしく声が店内に響くだけ。
「...これ本当にどうしよう。帰ることもできない...碧葉ちゃんもいない....」
「...んー....」
なんだか呑気に気持ちよく寝ている店長を見ると、怒りがわいてくる。たぶん、眠いせいっていうのが、一番大きい。
眠い、それだけなのに、こんなにイライラするなんて思いもしなかった。いつも、帰ったらすぐ寝るようにしてるから、ここまで眠いのは初めて。
「あ、碧葉ちゃーん!!一人にさせちゃってごめんねー!!だから出てきてー!!お願いー!!」
...シーン。
音沙汰一つない。声どころか、誰かが歩く足音も聞こえない。足音がないってことは、碧葉ちゃんがここにいないことを意味してる。
つまり、私はここから出ることができない...?
..はぁ。うん、もう素直に諦めよう。
私は今日、ここで寝よう。幸い、店長もあるし、大丈夫大丈夫。講義...も、諦めよう。起きれないだろうし。
....ぐぐぐ...。
ほら、疲れも出てきたのかお腹がなる音もした。そういえば、食べたのってチョコレートだけで、まだ晩御飯は食べてないんだった..。
お腹が空いた、眠い、ちょっと寒い、寝づらい。
このままだと店長に怒ってしまいそう。それは避けたい。いくら、怒りそうだからといっても、店長だって心身ともに疲れが貯まっていただろうし。..だからといって、いま許せる状況ではないのも事実だから、寝るが勝ち。
体を店長ごと引っ張って、壁に近くまで持ってくる。お、重かった...。いや、単に私の筋力が無さすぎるだけ...?
瞼を閉じて、考えるのを止め、体をリラックスさせる。
もともと眠かったせいもあるのか、体からどんどん感覚が消えていくあの感じ。ふわぁーっと自分の意識が飛んでいったように感じる。
これはもう数分で寝れるね。いや、数十秒かも。
「...すぅ..すぅ....」
店長の寝息が子守唄へと変わったことで、私の眠気もより一層深まっていく。一定のリズムの音って、なんだか聞いてるだけで眠くなってくるよね。
「...ん...もぅ、寝そ....う...」
「――――!!」
「........んぅ..?」
遠くから何か音が聞こえた気がする。
それに小さな足跡も。
もしかして、碧葉..ちゃん?
「...!!」
ガバッと勢いよく体を起こして、周りを見渡す。眠気なんかは当にどこかへと吹き飛んでいて、ついでに店長も転がり落ちて、地面に落としちゃったけど、いまは気にしない。
「碧葉ちゃーん‼どこかにいるのー⁈いるなら声出してー‼」
後から考えたら、そもそも碧葉ちゃんに日本語が通じないことを完全に忘れてた。なんとなく通じ合っていた気がしたから、分かっていた気でいたけど、まだ私は“おはよう”ぐらいしか教えてない。
「―――!!」
聞こえる..!!しかも近くなってる!!
どこだろう。周りを見渡すけど、どこにも見当たらない。
ぐっすり眠る店長を放っておいて、私は店内を動き始める。
一瞬前まで寝かけていたなんて嘘みたいに、私の目は、頭は、体は覚醒しきっていた。
疲れが吹き飛んだわけじゃないから、体が多少は重いけどそこは仕方ない。
「碧葉ちゃーん?!」
「――!!」
「こ、声は聞こえるのに、姿だけが見えない..!!....なんだろう、この歯がゆい感じ。痒い所に手が届かない...みたいな」
店内を回る、回る、回る。結構隅々まで見て回った気がするけど、碧葉ちゃんの姿は見当たらない。
おかしい。ここってそんなに広かったっけ。割と長い期間働いてるけど、このお店は普通のファミレスよりも1.5倍分だけ大きいだけで、あとはそこまで変わらない筈。
見えない分、脳が勝手に錯覚を起こしているとか?うーん。分からない。
「――!!」
「!!」
なんて考えていると、隣の部屋...キッチンから聞こえた。
もしや、碧葉ちゃん。お腹が空いて...?
で、でも昔と違うから、碧葉ちゃん...お腹壊したり、食中毒を起こしてしまったりなんて...ありえそう。
そうなる前に、なんとしてでも探しだして連れていかないと....!!
それで帰ってきたら、ご飯を一緒に食べて、お風呂に入って、一緒に寝る。うん、見事なまでに昨日と同じ。ん?今日だっけ?あれ?
「...なんか、いまあそこにあったものが動いたような」
暗くてよく見えなかったけど、いま一瞬、なにかがぶれたように見えた...んだけど、やっぱり、いまいち分からない。
「ち、近付くしかないよね。碧葉ちゃんかもしれないし...」
そろり、そろりと歩を進め、着々と動いたかもしれない場所まで近付いていく。
...なにか、やっぱり動いてる。うっすらとキッチンから入ってくる小さな光のおかげで、段々と見えるようになってきた。
「...」
あと、ちょっと。
「あ、碧葉、ちゃん...?」
この時、私はすっごい盆ミスをかましていた。
そもそも、碧葉ちゃんがそこにいるならば、声が聞こえているから、なにかしら応答するだろうし。気配とかそういうものには、敏感だろうから、既にこの距離で気付くはず。
じゃあ、それ以外で私の前にいる可能性が大きいものはなにか。
隠れるメリットはなんなのか。
「あおばーーっひゃあ!!」
「ーーガアアアァァァァ!!!!」
私を襲うために潜んでいた...獣。あの穴から見えた生き物が、私を待ち構えていたかのように飛び出し、目掛けて襲いかかってきた。
そのまま見終わって帰られる方。少し待ってください。
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次回もまた会えることを願っています。
では、また。




