97話 ナティルリアは最後の手段に打って出た
**** ナティルリア視点 ****
なんなのよ宰相の奴っ!
彼がお爺様の代から国を支えてきた忠臣だということは聞いているけど、だからって今回の騒動は許せないわっ!
ディータに無理なことばっかり押し付けてっ!
それでも無理を乗り越えてしまうディータは本当に素敵っ!
しかもそれが私の為だなんて、もう私はどうしたらいいの?
今すぐにでも彼の胸に飛び込んで、心も身体も奪い去って欲しいわっ!
そんなことを夢想してしまう私は、そろそろ自分を抑え切れなくなってきているんだと思う。
だってディータがポードランから姿を消したあの日から、とても辛い日々を過ごしてきたのだから。
ラシアが書いている「ディータ様成長日記」だけが、私の心の拠り所だった。
初めて読んだ時は「え? なんでそんな事まで知ってるの?」と、さすがにちょっと引いてしまったけれど。
けど日記の続きが書かれなくなってしまい、それはもう胸が張り裂ける想いだったのだ。
それが突然お屋敷に戻って来てくれて、しかも「一緒に行きましょう!」よ?
あの瞬間、私がどれだけの幸福感で満たされたか。
心の中が、ふわふわで甘い綿菓子になっちゃったような感覚。
きっと私は世界で一番幸せな女の子なんだろうって、そう感じられるほどの瞬間だった。
なのに再び囚われの身となり、一層辛くなってしまった半年という期間。
執筆が再開され、週に一度送られてくるようになった「ディータ様成長日記改」だけが、寂しい夜を紛らわせる唯一の方法だった。
そうして半年。ディータは再び戻って来てくれた。
それもお父様との約束をきっちり果たし、金貨十万枚を持って。
これで晴れて自由となった私とディータは、誰に咎められるでもなく真紅のカーペットを二人で歩き、神父様の前で永遠の誓いを立てるだけ。
ディータと出会えて良かった。
ディータのことを好きになって良かったって、涙が溢れるほど嬉しかったのに……。
またも邪魔をしたのは宰相だった。
さすがにあの時は、クーデターでも起こしてやろうかと真剣に考えた。
奥さんに逃げられたらしいけど、自業自得というものね。
そして今日。
ディータはあのゴミみたいな男と決闘をしてくれることになった。
私の為にっ!
もう本当に格好良いっ!
これだけ尽くされてしまった私は、どうやってディータに報いればいいの?
貴方が望むなら、爪先から髪の毛の一本まで、全て全て捧げるわよ?
というか、もう捧げているわっ!
だから早く取りに来てっ!
「うおぉぉぉぉっ!!」
突然響いた大歓声に、私の意識が現実に引き戻される。
この半年で妄想力に磨きがかかった私を引き戻すなんて、凄まじい大歓声ね。
けどそれもその筈。
王国闘技会なんかも開催されるポードランで一番大きなこの闘技場には、ディータとダグラスの決闘を見ようと五万人以上の人達が詰め掛けているのだから。
城下町の郊外にある石造りの巨大な闘技場。
そこは決闘を一目見ようと、満員の観客で埋まっていた。
眼下では大勢の観衆の視線を集めながら、ディータが姿を現したところだった。あとゴミも。
彼等は中央付近まで近寄り、それからこちらを見上げてくる。
一瞬私のことを見たのかなとドキリとしたけど、どうやら最初にお父様が何か言うかららしい。
「これよりディータとダグラスによる決闘を開始する。その前に、陛下よりお言葉を頂戴致します!」
宰相の言葉を受けてお父様が頷き、いつもより威厳のある声を張り上げた。
昨日は死んだような目をしていたけど、国民の前ともなれば王に成りきるしかないのだ。
「言わずと知れた、ポードランが誇る英雄ダグラスよ。ナティルリアを救うに始まり、今日まで様々な功績でポードランに尽くしてきたこと、まずは礼を言おう」
「おぉぉっ!」
観衆からは歓声があがるけど、全部でっちあげの功績じゃない。
今すぐにでも暴露してやりたいわ。
「次にディータ。ここに集まってくれた国民は知らぬであろうが、彼は以前、王宮内に潜んでいたイビルデーモンを撃退し、見事ナティルリアを救った少年である」
「おぉぉ!」
同様に観衆から歓声があがったが、さっきよりも幾分控えめ。
それに少しイラッとするけど、仕方のない部分もある。
なにせ初めて聞いた話だろうし、少年がイビルデーモンを倒したなんて信じられる話じゃないから。
私としても、あまりディータが有名になってしまうと困るからこれでいいわ。
ただでさえ彼の周りには、最近やたらと女の子が増えているらしいから。
まぁそれでも、私が一歩も二歩もリードしてるのは間違いないと思う。
結婚させられそうなことについて「嫌だ」と答えたら、ディータは「良かった」と安堵してくれていたし。
それにシフォンも私に懐いてくれている。
私もあの娘といると本当の妹みたいでとても嬉しい。
早く本当の姉妹になりたいな。
そうこうしているうちに、お父様の長ったらしい挨拶が終わったみたい。
闘技場の中心ではいよいよ二人が向かい合い、戦う姿勢になっていた。
ディータが負けるなんてこれっぽっちも思わないけど、怪我だけはしないで欲しい。
ていうか傷のひとつでも付けようものなら、ダグラスのことを焼却処分してやるつもり。
万が一にも事故を装ってディータが殺されてしまったら……私は王家の秘宝を使うのに、なんら躊躇うことはないだろう。
「では始めっ!!」
ディータの身を案じているうちに、ついに決闘が開始された。
「ここまで来て逃げるつもりかよっ!」
試合開始の合図とともにディータが後ろを向いたから、理由を知らないダグラスが何やら喚いているみたい。
ふん。馬鹿ね。
あれはディータが必殺のスキルを放つ態勢なのよ。
そうとも知らず飛び掛ったダグラスは、ディータが振り返った瞬間ピタリと動きを止められていた。
何が起きたのか分からない観衆がどよめく中、ディータは悠然とダグラスに近寄り、その手から剣を回収してしまう。
「降参してくれませんか?」
素敵っ!
相手に怪我をさせないよう、あんな男にも気を使ったんだわっ!
なのにディータの優しさも分からないクズは「ひ、卑怯だぞっ! 正々堂々と戦えっ!」なんて、理解し難いことを叫んでいた。
戦場で自分の知らない魔法を使われたら、全員にそう言って回るつもり?
救いがたいゴミね。指の先から腐り落ちて死ねばいいのに。
でもディータはどこまでも優しい。
「納得頂けないのでしたら、だるまさんは転ばさないようにしますけど」
「あ、当たり前だっ! 決闘をなんだと思ってやがるっ!! 大体こっちは片腕しかないんだぞっ!!」
図々しいにも程があるわっ!
でも怒り心頭な私と違って、ディータは「分かりました」と返答。
取りあげた剣まで返して、仕切り直すみたい。
「へっ! 馬鹿がっ!!」
剣を返した瞬間だった。
仕切り直す為に離れようとしたディータに対し、大上段からダグラスが剣を振り下ろしたのだ!
「ディータっ!!」
思わず私も立ち上がって叫ぶ。
何が正々堂々よっ!
こんなの騙まし討ちじゃないっ!
今まさに剣がディータを切り裂こうと迫った時。
慌てた私と違って冷静だったディータは、その剣を蹴り上げていた。
いえ、違うわ。
蹴り上げたのではなく、剣に向かって靴を飛ばしたみたい。
ガキンという鉄の砕ける音が響き、ディータの飛ばした靴は剣を砕きながら空の彼方へと飛んでいってしまった。
その衝撃は凄まじいらしく、腕ごと身体を吹き飛ばされたゴミが、闘技場の端っこまで吹き飛んでいる。
「まだやりますか?」
あまりの出来事に唖然としていた観衆達。
静寂の中で聞こえたディータの声に観衆も彼の勝利を確信し、闘技場は爆発したような大歓声に包まれた。
「うおぉぉぉぉっ!!」
「すげぇぞぉぉぉ!!」
「な、なんだ今のっ!! 剣を粉々にしちまったぞっ!!」
一方で吹き飛ばされたクズはガックリとうな垂れている。
あ、違うわね。どうやら気絶しているみたい。
ケルベロスに襲われた時と同様に、ダグラスは地面に片手をだらんと投げ出し、白目を剥いて泡を吹いていた。
「勝者、ディータっ!!」
審判もそれを確認し、高らかにディータの勝利を宣言する。
より一層の大歓声に、ディータは少し恥ずかしそうに照れているみたい。
そんな謙虚なところも最高に素敵だけれど。
「ディータっ! ディータっ! ディータっ!」
大歓声はいつの間にかディータコールに変化している。
それが自分のことのように嬉しくて、私も思わず立ち上がりながら一緒にディータコール。
だったんだけど……なにか不自然。
率先してディータコールを起こした人間達に見覚えがある。
あれは……宰相の部下達じゃないかしら?
「静粛にっ!」
ディータコールが最高潮に達したのを見計らったかのように、闘技場の中心に現れた宰相が観衆を静め、ディータの手を取っていた。
「今ご覧頂いたとおり、この少年は英雄ダグラスを軽々と退けるほどの力を持っておるっ!」
「うおぉぉぉっ!!」
「静かにっ! ……ごほん。それに加えて先日彼は、なんと金貨十万枚という大金を陛下に献上したのだっ!」
……え?
「皆も知っての通り、度重なる魔物の襲撃や北方からの侵略者に対抗するため、国民には苦しい生活を強いてしまっておる。だが彼のおかげで我々は救われるのだっ!」
更なる盛り上がりを見せた観衆の中、ディータの友人であるミントが「しまった! 最初からこれが狙いかっ!」と叫んだのが見えた。
それで私も遅ればせながら気付いた。
宰相はこの決闘を、ディータを次の英雄に祀り上げる為の舞台として用意したんだ。
実際それは上手くいき、ディータを見る観衆の目は、助けを求めて縋るような眼差しに変わっている。
「彼こそ真の救国の英雄であるっ! 彼がポードランを救ってくれるのだっ!」
まずいわっ!
国の困窮を知り、国民達に助けを求められてしまえば、優しいディータはきっとそれを拒むことが出来ないっ!
宰相は彼から退路を奪うつもりなんだっ!
それにこれだけ派手な宣伝をすれば、ダグラスを担ぎ上げていた貴族連中も鞍替えせざるを得ない。
そうして王宮内の混乱までも、一気に片を付けるつもりなのね?
ど、どうしたらいいの!?
このままだとディータは英雄として、魔物退治や戦争の前線に送られてしまうっ!
休む暇もなく戦わされ続け、その間に私は誰とも分からない貴族の息子と結婚させられるんだわっ!
そんなのゴメンよっ!!
考えてっ!!
考えなさいナティルリアっ!!
彼が欲しければ。
彼を守りたければ。
今この時にしか覆すことは出来ないのよっ!!
「私っ!!」
声を張り上げて立ち上がると、観衆が一斉にこちらを向いた。
ダグラスと私が婚約したという話は市井にも広まっていたから、それに対して何か言うのだろうと皆思っている筈。
まずはそこから崩さなきゃ。
「私とダグラスさんの婚約は、王宮内の権力争いによるものでした。幸せな結婚を期待し、祝福してくれようとした国民の皆様を騙すようなことになってしまい、本当にごめんなさい。この場を借りて謝罪させて下さい」
観衆が波打つように、ざわりと蠢いたのが分かる。
宰相も「何を言うつもりなのか」と警戒しつつ、けれど止めるべきか否か悩んでいるみたい。
今のうちに走り抜ける!
「私には初めから、ダグラスさんと結婚するつもりはありませんでした。だって――」
嫌な予感でもしたのか、クワッと目を見開いた宰相が「お止めしろ!」と叫んだ。
けど遅いっ!
「だって私の中には、もうディータとの子供がいるんですものっ!!」
ざわめきが津波のように押し寄せてくる。
観衆達は驚き、呆然とし、その眼が私とディータの間を行ったり来たり。
それに耐えられなくなったのか、ディータが恐る恐ると声をあげた。
「そ、そうなんですかナティ?」
「えぇそうよっ! デキちゃったわっ!」
「そ、そうですか……? えぇと……あ、あの時ですねっ! 分かりましたっ! なら責任を取らせて下さいっ!」
その瞬間、今日一番の大歓声が巻き起こったのだ。
祝福する声に混じって「な、ななな、なんだとーっ!!」というダークエルフの声が聞こえたけれど、すぐに大歓声に掻き消されていく。
これでディータは英雄から王女の夫にジョブチェンジねっ!
良かったわっ!
思ったとおり、ディータに子作りの知識がなくてっ!!




