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98話 僕は旅立ちを決意したのですが

 結論から言うと、ナティは僕の子供を宿していませんでした。


 決闘後に再び王城へと呼び出された僕達。

 宰相さんは自室に待機中とのことで、謁見の間には王様とナティの他には僕達だけです。

 だからでしょうか。

 怒声を放つ王様の言葉使いは、いつもの王様然としたものではなく、どこか父親めいていました。


「ナティルリアっ!! メイド達の話では妊娠どころか子供のままだと言うじゃないかっ!! 言って良い嘘と冗談にならん嘘の区別も付かないのかっ!!」


 それを受け止めるナティも、王女ではなく娘目線。

 頬っぺたを膨らませ「子供じゃないもん」と涙目になっています。


「貴様もだっ!! 覚えがないなら覚えがないと言えばよかろうっ!!」


 父娘の会話を微笑ましく見ていたら、その矛先が突然僕の方へ。

 えー、僕も怒られるんですか……。

 納得出来ないんですけど……。


「何故に『あ。あの時かな?』みたいな顔をしおったっ!! 紛らわしいであろうがっ!!」


「そうだぞディータっ! 私なんか、危うく成態に戻るところだったんだからなっ!!」


 後ろから、褐色エルフさんまで僕を責め立ててくるのです。

 普段なら庇ってくれそうなラシアさんも、シフォンと一緒に呆れ顔。

 味方がいません。

 これは自分で弁明しなければ……。


「お、覚えはあったんです。ていうか、ラシアさんもミントさんも見てましたよね?」


「はぁっ!?」


「ちょ、な、何を言い出したのですかディータ様っ!?」


 僕の発言で大パニックに陥ってしまった謁見の間。

 ラシアさんとミントさんは必死に頭を悩ませているみたいですし、リルゼさんは顔を真っ赤にしながら慌てふためいているご様子。

 そんなにおかしなことではないと思うのですけど。


「ほら、ナティを迎えにお屋敷に行った時ですよ」


「な、なな、何もなかっただろっ!? 大体そんなことをする時間すらなかった筈だぞっ!」


「そ、そうですよディータ様?」


「いやあったじゃないですか。久しぶりに会ったナティが泣きながら僕に抱き付いてきたんですけど、覚えてません?」


 まったくお二人は記憶力が悪いのですね。

 ナティはあの時のことを覚えていたようで顔を羞恥に染めているようですが、でも少し困惑顔。

 なぜ伝わらないのか。


「ちょ、ちょっと待て。それは私も覚えているが、あれは感極まった王女がお前を押し倒して泣いていただけだよな? それ以上のことがあったようには思えないんだが?」


「だからしっかり抱き締めてしまったじゃないですか。僕は受け止めるので精一杯でしたけど、ナティは何故か子供が欲しいと望んでしまったということでは?」


 ……おや?

 大パニックから一転、今度は静寂に包まれましたよ?

 そんな「あ、コイツ駄目だ」みたいな目で見ないでもらえます?


 すると何故か一人で鼻息を荒くしていたラシアさんが、最終確認とでも言うように僕に聞いてきました。


「恐れながらディータ様。どうやって赤ちゃんを作るかご説明頂きたいのですが」


「ラシアさんが知らないというのは意外ですけど?」


「え、えぇ。念のための確認です」


「そうですか? なら説明しますが、男の人と女の人で抱き合うんです。その時に「子供が欲しい」と願うと、赤ちゃんが宿るんですよ?」


「メルヘンっ!? も、申し訳ありませんっ! 少し席を外させて下さいっ!!」


 説明した途端、ラシアさんは鼻を押さえて走り出してしまいました。

 床にポタポタと血痕が残っているので、ひょっとしたら鼻血を出してしまったのかも。

 突然出血するなんて大丈夫でしょうか?

 あとで回復魔法でも掛けてあげるとしましょう。


 そんな風に彼女の後姿を見送っていると


「は……はは……わはははははっ!!」


 静まり返ってしまった謁見の間で、今度は王様が突然笑い出していました。

 お腹を抱え、涙まで流し、まるで子供に還ったかのような、そりゃもう無邪気な大笑いです。


「お、お父様?」


 気が触れてしまったのかとナティが心配そうに伺っていますが、王様は気にするなと手を振りながら、なおも笑い続けました。


「あっははは……は……はぁ~……。まったく……。いったい私はこの純粋な少年を相手に、何を怯えていたのだろうな……」


 一頻り笑い終えた王様が息を吐き出す様は、まるで憑き物が落ちたかのよう。

 再び顔を上げた時、とても爽やかな笑顔を見せていたのでした。


「すまなかったなディータ。そしてナティルリアよ。私はどうにも焦っていたようだ。何も見えなくなっていたのだろうな。そればかりか風の音すら魔物の声に聞こえ、鳥の影すら恐ろしい化物に見えていたのかもしれん」


 錯乱、とまではいかないけど、王様はとにかく恐れていたのだそうです。

 周りから裏切られること、クーデター、国民の暴動、そして国家の滅亡を。

 たぶんですけどそこまで王様を追い詰めた要因の一つに、あのイビルデーモン事件が関係しているのではないでしょうか。

 そりゃ自分のすぐ隣に凶悪な魔物が居たなんて知ったら、気が気じゃなくなるのも分からなくはないです。

 それに聖選の時を思い起こせば、きっとあのイビルデーモンにも何らかの目的があった筈。


 魔神の動向――。


 少し気にした方が良いのかもしれませんね。


「宰相のことも悪く思わんでやってくれぬか? 強引ではあったが、あれも国を思えばこそなのだ」


「はい、分かってます。最初から僕達を死刑にするつもりはなかったようですし」


「おいディータっ! それでいいのか!? 散々迷惑を掛けられたし、その気がなくても一歩間違えれば本当に死刑だったのかもしれないんだぞっ!?」


「でも今はこうしてみんな無事じゃないですか。なら構いません」


 憤るミントさんですが僕がそう言うと納得……はしてないけれど、諦めたのか。

「甘すぎる」とかなんとか言いながらも、矛を収めてくれたようでした。


「ナティルリアも本当にすまなかったな。国の為という大義に溺れ、危うくあんな愚かな男と娘を結ばせるところだった。駄目な父と罵ってくれ」


「本当に駄目なお父様ねっ!」


「あ、うん……。すまなかったな」


 ど直球ですね。

 王様も自分で言ったことだから反論出来ず、ちょっとタジタジになってます。


「け、けれどもだなナティルリア。国民の前で懐妊宣言は、お父さん困ってしまってるんだが?」


 あぁ、それがありました。

 あれだけ大々的に発表してしまったのだから、今頃ポードラン城下ではその話で持ちきりでしょう。

 それを無かったことにするというのも、なかなか大変なのかもしれません。

 しかしナティは胸を張り、これっぽっちも悪びれていなかったのです。


「別に構わないわっ! 本当のことにしてしまえば良いだけなのだしっ! そうよねディータっ!!」


「い、いかんぞナティルリアっ! 妊娠などまだ早すぎるっ!!」


「駄目だぞディータっ! こんな城からはさっさと帰るべきだっ!!」


 何故だか妙に息の合う王様とミントさんでしょうか。

 ですがナティは二人を相手にしても怯まないのです。


「でも嘘でしたなんて言えないわよね? なら流れてしまったことにするの? そうだとしてもせめてディータとの婚約を発表しなければ、男に捨てられた王女として王家の威信が失墜してしまうわよ?」


「ぬぅ……っ!? 我が娘ながら恐ろしい娘っ!! あの時にそんなことまで考えておったとはっ!」


「宰相のやり口を真似させてもらったわ。ピンチをチャンスに変えるくらいのことは王女の嗜みだもの」


 良く分かりませんが、どうやらナティが王様を圧倒しているご様子。

 となるとどうなるのでしょうか。

 僕はナティと婚約? つまり結婚するということに?


 う~ん……。

 いまいちピンときませんけど、別に嫌だというわけではないのです。

 ただ僕にはその前にやるべきことがあり、それをしないうちは身を落ち着かせるなど考えられません。


「あ、あのですね……?」


「もう少し待っててねディータっ! 今お父様を説き伏せるからっ!」


「いやそうではなく……。ナティ、今の僕は誰とも結婚するつもりはありませんよ?」


「良く言ったディータっ! それでこそエルフ族の長になる者だっ!」


 途端にナティは泣きそうな顔で呆然としてしまいましたが、対照的にミントさんは何故だか盛り上がり始めました。

 ちょっと皆さん落ち着いてくれませんか?


「ど、どういうことなのディータ……。やっぱり私なんかじゃ貴方のお嫁さんに相応しくない……? ダークエルフの方が良いっていうこと……?」


「そりゃエルフの方がいいに決まってるよなっ! ずっと若い姿のままなんだっ!」


「わ、若いって、ミントは幼いだけじゃないっ! む、胸だって私の方がずっとあるわっ!」


「そんなの今だけだっ! 私が元の姿に戻ったらアレだぞっ!? 誰もが羨むボンキュッボンだからなっ!」


「聞いてくださいっ!」


 二人が言い合いを始めてしまったので、仕方なく大声で制することにしました。

 僕が大声を出すとは思ってなかったのかビックリさせてしまったようで申し訳ないですが、でも聞いて欲しいのです。


「僕にはヘーゼルカお姉ちゃんという義姉がいます。小さい頃に両親を魔物に殺された僕はお姉ちゃんと一緒に育てられ、いつか約束したのです。一緒に強くなって勇者様のパーティーに入れてもらい、一緒に魔王を倒そうって」


 多少は事情を話したこともあるので、それほど驚きを見せないお二人。

 静かに聞いてくれているので、僕は続けました。


「そのヘーゼルカお姉ちゃんは、ディアトリさんと共に魔王討伐の旅をしています。賢者資格を失った僕ですが遊び人として戦う力を得ましたし、シフォンが生活していけるだけのお金も手に入るようになりました。だから今こそ――」


 そうです。

 ディータランドの経営はラムストンさんかマルグリッタさんに引き継ぎ、今こそ僕はディアトリさん達に追いつかなければならないのです。

 依然として消息は不明のようですけど、その足取りを自分で追おうと、今決めました。

 だから今こそ――


「魔王討伐の旅に出ます。なので結婚とかはまだ考えられません。ごめんなさい」


 まずはゴドルド大陸へ向かい、ディアトリさん達の情報を集めましょう。

 そして合流し、共に魔王を倒すのです。

 それが叶い平和が訪れたのなら、その時こそ考えようじゃありませんか。

 結婚。そして自分の幸せを。


 だから今は――


「た、大変ですっ!!」


 とその時。

 勢い良く扉を開き、兵士さんが急報を告げる為に謁見の間へ転がり込んできました。


「何事だ騒々しいっ!」


「も、申し訳ございませんっ! しかし火急の報せにて――」


「あぁ分かった! なら早よう話せっ!」


 王様がそう告げると兵士さんは懐から紙を取り出します。

 一体何事なのかと僕達も注目する中、兵士さんは驚くべき内容を読み上げました。


「勇者ディアトリ様からの報告ですっ! 『我、ゴドルド大陸にて魔王と遭遇。これを討伐せり』以上ですっ!」


 ほ、本当ですか?

 魔王が死んだ?

 ディアトリさん達が魔王を倒したっ!?


 あまりに衝撃的な内容に言葉を失い、思わずみなさんの顔を見ると


「ディータっ! 魔王死んだってよっ!」


 軽っ!

 ミントさん違いますっ!

 魔王が倒されたんですよ!? 世界のビッグニュースですよ!?

 他に言うことがありますよね!?


「これで問題なく結婚出来るわねっ!!」


 そういうことではなくっ!!


 魔王の死という衝撃は、湯船に浮いた髪の毛のごとく軽く流されてしまったのでした。



 *****  お金稼ぎ編 完  *****


ディータの遊び人ランクが「遊びの伝道師」から「英遊王」にあがった!

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