95話 宰相は夢を見る
**** 宰相視点 ****
危なかった、と私は心胆を寒からしめていた。
金貨十万枚。
途方も無い金額であり、個人でどうこうなる範疇を軽々超えた大金だ。
なのにあの子供達は本気でそれを目指し、事実かなりのところまで迫ったらしい。
回収に向かった兵の話では、慌てっぷりから察するに十万には届かなかったようだが、それでも九万枚以上は確実とのこと。
驚愕に値する大金だ。
それをもって奇跡と呼ぶことも、なんら恥じ入るところのない大偉業だ。
当初は設定を一万枚くらいで良いかとも思ったのだが、土壇場で十万とした自分を褒めてやりたい。
普通は一万枚ですら到底不可能なのだが、トランプなる奇抜な玩具を考え出した男だからの。
少年とはいえ侮れぬと、急遽変更したのが幸いした。
仮に彼等が本当に十万枚を達成してしまっていたら、計画は頓挫していただろう。
彼等は晴れて無罪放免となり、姫様の婚姻も白紙。
面子を潰された格好になるダグラスも求心力を失い、この国の未来は立ち行かなくなる。
当然その責は私にも及び、追放の後に暗殺でもされていたことは想像に難くない。
だが結果は思惑通り。
金貨は集まらず、彼等は青息吐息といった体でこちらへ向かっているとのこと。
これからまさに処刑を宣告されると、絶望に嘆いていることであろう。
そこで私が足りない金貨をそっと渡し、救いの手を差し伸べるのだ。
どれだけの金貨を集められるか不透明だったので、私が準備しておいた金貨は九万五千枚。
自分で吊り上げたハードルが私の首を絞め、土地や家財道具も半分以上売り払ってしまうことになったのは痛手だった。
嫁……出て行ってしまったな……。
なにも子供達や孫まで連れて行くことはないだろうに……。
まぁ良い。
仮にあれだけの大口を叩いておいて五千枚すら集められなければ、その時は切り捨てようと思っていたのだが、彼等が集めたのは期待を大きく上回る九万枚。
全ては想定以上に事が運んでいるのだ。
私に命を救われた少年は、金額以上に返しきれない恩を私に感じ、以降は私からの頼みを断れなくなるだろう。
あれはそういう類の人間だ。
そうして手駒にした後、ディータにはポードランの民を救うために大金を国に献上した者として名声を集めさせる。
偽りの英雄は舞台を去り、本物の英雄が残るというわけだ。
ダグラスは英雄とは名ばかりで、その実たいした男ではない。
本人もある程度自覚があるのか戦場には出たがらず、名声は落ちつつあった。
しかし奴は狡猾だった。
担ぎ上げられた神輿という立場を利用し、ダグラス派の貴族派閥を作り上げ、そやつ等の後押しを受けて姫様との婚約まで辿り着いていた。
次代の王は俺だと。そうなった時、お前達にも甘い汁を吸わせてやると、そう喧伝したのだろう。
ダグラス失脚の後はそれらの排除が少しばかり面倒ではあるが、まぁ仕方ない。
こちらにはディータという有能な駒が出来るのだし、その程度は目を瞑ろうではないか。
彼にはその分も、存分に働いてもらわなければな。
あちこちの戦場を駆けずり回り、ディータランドなる施設からの収入で国庫を潤わせ。
同じものを二つ、三つと作らせても良いかもしれん。
明るい国の未来に頬を緩ませていると、どうやら彼等が到着したようだ。
謁見の間の扉が開かれ、麻袋を担いで子供達が入ってくる。
ディータ、ラシア、ダークエルフ、聖女、もう一人。
人数が増えているが、恐らく金貨の運び役だろう。
最後まで自分達で運ぶという慎重さも、今の私には好ましく映る。
「本日が約束の期限。逃げずに登城したことは、一先ず褒めてつかわそう。大義である」
「もったいなきお言葉です」
跪いて傅く子供達に、陛下が労いのお言葉をかけられた。
今日の陛下はご機嫌だ。
十万には届かずとも大金が手に入り、さらに大罪人達を裁けるのだと、うきうきなのであろう。
それは隣に立つダグラスも同様のようで、勝ち誇った笑みを浮かべて子供達を見下ろしていた。
お主の居場所はもうすぐなくなるというのに、ほんに愚かな男である。
一方で顔面蒼白なのはナティルリア王女。
姫様はどうやらあの少年に恋心を抱いているらしく、心配する眼差しの中にも恋慕の情が見え隠れしておる。
思いの外無茶をなさる姫様のこと。
少年が処刑されると考えている今、思わぬ行動に出かねない。
そこだけは注意が必要だなと心に釘を刺し、私は陛下に続いて言葉を投げかけることにした。
「さて少年よ。陛下の温情で今日まで紡ぐことが出来た命であるが、その価値はあったかの?」
声を掛けられたディータ少年はスッと面を上げ、静かに語った。
「はい。僕だけでは到底不可能だったことですけど、ここにいる皆さん。それにたくさんの方々に支えられ、なんとか無事に今日を迎えることが出来ました」
殊勝なことだ。
ほとんどがこの少年の功績であると、すでに報告は受けておるというのに。
「ふむ。ではさっそくになるが、金貨の枚数を数えてもよろしいかな?」
「はい」
おや?
意外とあっさり承諾するのだな。
もう少し言い訳をするものだとばかり思っておった。
例えば「ディータランドから動力となる石が盗まれたため、ギリギリ足りませんでした。そんなことがなければ足りていた筈です」とかなんとか。
潔いのは美徳だが、その態度は少しだけひっかかる。
もしかしたら……。
「仮に十万枚に届かなかった場合の処遇についてだが」
兵士達が金貨を数え始めた横で、私は静かに処遇の話を進める。
ディータ少年は、処刑にはならないと高を括っているのだと、そう思ったからだ。
なにしろ向こうには聖女。調べたところ副々聖女というよく分からない役職だったが、とにかく聖女が付いているからの。
処刑には踏み切らないと考えている可能性があるのだ。
まずはその望み。断ち切ってやらねばなるまい。
「聖女様についてはポードラン国で身柄を預からせて頂く。その後でミリアシスへお返しすることになるだろう。当然ながら幾ばくかの金銭や、国家間の取り決めをいくつか追加した上での」
聖女を簡単に殺すわけにはいかぬが、外交的に利用させてもらうということだ。
もちろんミリアシス側が条件を飲まねば、大義を持って処刑を断行せざるを得ないことくらい、賢い少年には伝わった筈。
同時に、聖女が自分の命を守る盾に成り得ないことも。
「なるほど」
しかしそれでも少年の顔色は変わらない。
となればアレか?
前回同様、ダークエルフの脅威をちらつかせて乗り切ろうとでも言うのだろうか?
もとより不可能に近い、金貨十万枚という条件。
ギリギリで足りはしなかったが、これだけの成果を見せたのだから解放しろ。
さもなくば今度こそダークエルフが暴れるぞと、そういう交渉をしてくるつもりなのかもしれん。
ふむ。
悪くない手だ。
圧倒的な脅威を見せるだけでは、こちらとしても面子が立たぬので多くの血が流れることになる。
しかしある程度以上の成果を見せられたとならば、落としどころとしては上々。
双方痛み分けとして、この場を乗り切るだけの説得力がある。
――ダークエルフが本当に脅威であるならば、の話だがの。
私はサッと手を上げて合図をする。
すると居並ぶ兵に混ざっていた魔道師部隊が、杖を掲げて前へ進み出た。
「な、なんですか?」
「慌てるでない。何も今すぐどうこうしようと言うわけではないのだからの」
「では、どういうおつもりで?」
「この者達は結界魔法に秀でた魔道師部隊だ。ダークエルフの魔性は特殊な結界で封じ込められるからの。万が一の予防策だと思ってくだされ」
その言葉を聞き、ついに少年の顔に焦りが見えた。
バッと後ろを振り返り、ダークエルフの少女に問い質し始めたのだ。
「知ってましたかミントさん!?」
「い、いや。私も初耳だ。そんな方法があったとは……」
それはそうだろうの。
だって嘘なのだから。
もっとも、そういう魔法を研究している者達がいるのは本当だ。
なにせダークエルフの実物を見たのは前回が初めてだったからの。
どれほど危険なものなのか。それを抑える方法はないのかと、調べておくのは当然のことである。
その結果判明したのは、ダークエルフの幼態には男達を干乾びさせるほどの魔性はないということ。
魔法馬鹿とも呼べる国から得た情報なので、確度は高いだろう。
周りの兵士達にそのようなことは伝えていないが、このデモンストレーションで身の安全を信じきった様子。
幾分怯えていた兵も、今は落ち着きを取り戻していた。
これで万策尽きた少年は、今こそ自分の命運が尽きたのを悟ったであろう。
金貨の計測が終わり、兵士達が「足りません」と言ったが最後。
陛下は怒りと共に立ち上がり「処刑だ!」と叫ぶのだ。
ここまでは事前に打ち合わせた段取り通り。
しかしそこで、扉を開けて兵士が駆け込んでくる。
「追加で金貨五千枚が到着しました!」とな。
彼等は何が起きたか分からぬうちに命を拾い、後に種明かし。
命の恩人である私に頭が上がらなくなるという寸法よ。
「計測が終りました!」
いよいよその時か。
固唾を呑んで見守る少年達。
それを私は、実に愉快な気分で眺めていた。
これでこの国の未来は明るい。
嫁や子供達を失った悲しみも、ようやく報われるのだ、とな。
「金貨の総数は十万七百十四枚! 条件達成です!」
……はあぁぁぁぁぁぁ!?




