93話 僕達は窮地に陥ったのです
「ディータ様大変ですっ!!」
開園を一時間後に控え、そろそろ僕もお客様をお出迎えに行こうかなと支配人室で寛いでいたところ、突然ラシアさんが扉を開いてやってきました。
ノックもしないなど、彼女にはあるまじき態度です。
それほど慌てているということでしょうから、僕の顔も自ずと引き締まります。
「どうしました?」
「動かないんですっ! 施設内の照明も、アトラクションも、なにもかもっ!!」
なんですって?
一瞬で全身に嫌な汗が噴出しました。
アトラクションが動かなければ、お客様は何も楽しむことが出来ません。
それに意図した暗がりも多く、照明で幻想的な雰囲気を作っている場所も多いですから、照明が付かないとなれば歩くこともままなりません。
楽しむどころか事故が多発し、大惨事になることは容易に想像出来るのです。
「と、とにかく僕も行きます!」
開園一時間前。
最大のピンチがディータランドを襲ったのでした。
……。
「なんで……」
途中でミントさんも合流し、三人であちこちの施設へ走り回った僕達ですが、結果は最悪。
ラシアさんの報告通り、電力で動いていた全てのものが作動しなくなっていたのです。
電車だけは動くようですが、これだけ動いてもどうしようもありません。
いったいなぜこんなことになったのか。
故障するにしても、全て一斉にというのは……。
「お、おい! どうするんだ!?」
「わ、分かりませんよ。とにかく原因が判明しないことには……」
原因。そう、原因です。
故障ではないとしたら、他に考えられることは……。
「電力供給室! あそこに何かあったとしか思えません!」
ディータランド内の電力は、全て電力供給室に設置された神伝えの石から賄われています。
毎晩僕がレシビルで電力を補充するため、一箇所に纏めておいた方が良いという考えからそうしたのですけど
「ない……ないぞっ!? 石がどこにも見当たらんっ!!」
それが裏目に出てしまったのでしょうか。
ミントさんの慌てた声に釣られて僕も周りを見渡しますが、電力供給室に設置されていた筈の神伝えの石は、全てなくなっていたのでした。
「予備は? 予備はないのですか?」
「先月まではあったんですが、ロコロルとミリアシスを繋ぐ鉄道で使うために運び出してしまいました……」
「ど、どうするんだよ! 石がなきゃ何も動かんぞ!」
「ディータ様だって分かってます! 落ち着いてくださいミント様!」
「落ち着いてられるか! このままじゃ――っ!」
このままじゃ。
ミントさんが言いかけた言葉が、頭の中を駆け巡りました。
このままじゃ、開園出来ない。
「と、とにかく、アトラクションなしでお客様にご満足してもらうしか……」
勢いを失ったラシアさんが電力供給室から走り出そうとしましたが、僕はその肩を掴みました。
「ディ、ディータ様?」
無理ですよ。
施設の九割を動かせないままお客様を入れても、どうにもなりません。
それで正規の入場料を払わされた方々は、いったいどう感じるでしょう?
ディータランドの悪評はたちまち広まり、数日内に訪れる人はいなくなるでしょう。
「休園します……。ラシアさんは申し訳ありませんけどスタッフさん達と一緒に正門前へ。集まっているお客様達にご説明をお願いできますでしょうか?」
ラシアさんが息を飲む音が聞こえました。
休園という苦渋の決断に、息が詰まる想いなのでしょう。
僕だってそうです。
まさかこんな事態が起こるなど、想定の範囲外でした。
方々から長い時間を掛けてやって来たお客様達ですから、説明しなければならないラシアさんが一番大変です。
それをお願いするのは心苦しいですが、僕は一刻も早く神伝えの石を探さなければなりませんから。
「お客様の旅費などはこちらで負担してあげて下さい。かなりの額になるかもしれませんけど……」
「畏まりました」
「おい! そんなことをしていいのか!?」
すぐさま走り去ったラシアさんを見送ったところで、ミントさんが吼えます。
いったいどれだけの出費になるか分かりませんが、十万枚が遠退くのは間違いのないことですから。
けれど矢面に立つラシアさんの負担を少しでも軽くするには、それくらいは最低限必要な措置。
今後もディータランドを経営することを考えても、絶対にしなくてはならないことなのです。
「それよりもミントさん。早く石を探しましょう。明日からまた開園出来れば、なんとか十万枚に届く筈ですし」
「わ、分かった。じゃあ手分けするか。園内のスタッフも総動員で――」
今後の指針を確認していたところ、突然目の前に現れた少女の影。
リヒジャさんでした。
彼女は自ら姿を現し、悲しそうに首を振ったのです。
「無駄……だよ……。石は……アイツ等……が……持って……帰った……」
「アイツ等? ガレジドスの奴等かっ! 散々楽しく遊んでたクセにっ!!」
壁を蹴っ飛ばしながら怒りを露にするミントさんですが、それはたぶん違います。
だって彼等が帰った後も施設は問題なく動いていましたし、昨晩僕がレシビルを打ち込みにきた時もまだ石はあったのですから。
リヒジャさんも僕の考えを肯定するように、アイツ等が誰を指すのか教えて下さいました。
「違……う……。本国……の……兵……」
やはりそうでしたかと納得する僕と違い、ミントさんはツカツカと。
一気にリヒジャさんとの距離を詰め、その胸倉を掴み上げたのでした。
「なんで知ってる。お前が手引きしたのか?」
「違……こほっ……う……」
「ミ、ミントさん止めてあげて下さい! 苦しそうにしてるじゃ――」
止めようと伸ばした手はミントさんに払われ、彼女はなおもグイグイとリヒジャさんを締め上げるのです。
「じゃあ見てたんだな? お前は石を盗まれる現場を、ただ見てたんだなっ!」
それには何も答えないリヒジャさん。
その態度が何よりも「そうです」と雄弁に語っているようで、ついにミントさんが腕を振り上げました。
「駄目です! それは駄目ですよ!」
「離せディータっ! コイツはっ! コイツはっ!!」
なんとしてでもリヒジャさんに一撃加えようとミントさんが暴れますが、その身体を羽交い絞めしながら僕は無理矢理引き離します。
「リヒジャさん! 今のうちに隠密術を! 早く隠れてください!」
ミントさんの力はリミッターを失ったように凄まじいのです。
このままでは振り切られてしまうと、僕はリヒジャさんに隠れるようお願いするのですが、一向に彼女は隠れてくれません。
その場にペタンとお尻を付き、両手を握り締めてぷるぷる震えていたのです。
「ごめ……ん……っ! ごめん……なさ……い……っ! ボク……止め……たかった……のに……っ!」
「泣けば許されると思うなよっ! 今までどれだけディータに優しくされたと思ってるんだっ! それをお前はっ! 恩を仇で返しやがってっ!!」
尚も暴れるミントさんですが、それを強引に振り向かせ
「ミントさん、ありがとうございます」
ぎゅっと抱き締めてからお礼を伝え、僕は彼女を落ち着かせるのです。
ミントさんの気持ちは、痛いほど僕にも伝わりましたから。
けれど、リヒジャさんを責めるのは違うのです。
「ディ、ディータ……?」
ちょっと困惑気味なミントさんに苦笑しつつ、僕はリヒジャさんの前でしゃがみ込みました。
俯きながらしゃくりあげている彼女は、泣いてしまっているようです。
ミントさんに迫られて怖かった……とかいう理由ではないでしょう。
後悔。
先ほどの言葉の意味を考えれば、リヒジャさんも後悔しているのです。
ポードランに逆らうことは出来ず、何も出来なかったと。
それはつまり、リヒジャさんも僕達のことを想ってくれているから。
だからこそ、思うままに動けなかった自分を悔いているのでしょう。
「大丈夫ですよ。リヒジャさんが悔やむことじゃありません」
「で……も……っ!」
「お気持ちは嬉しいですが、貴女は自分の仕事をしただけです。それを僕達が責めるのは違いますし、責められる理由もないんです」
「ボク……ここ……が……好きで……っ! みん……な……と……友達……に……なり……たいの……に……っ!」
「なりたい? 何を言ってるんですか。もうとっくにお友達でしょう?」
実は知っているんです。
リヒジャさんが、影で折紙を折ってくれていたことを。
手先が器用なようで、最後の一折こそ僕の仕事ですが、今フラワーゾーンに咲いている花の半分以上はリヒジャさんの作品なのです。
そんな彼女は、もう立派なディータランドの一員ですから。
「後は僕に任せて下さい。ディータランド。こんなところで終らせません」
とは言ったものの、約束の期限まではあと十二日。
残された時間の少なさに、僕は拳を握り締めて立ち上がったのでした。




