90話 ミントは物思いに耽る
***** ミント視点 *****
とぼとぼと、ディータランドのスタッフ用通路を歩く。
メイドに言われた言葉が、存外私の心に刺さっているようだった。
接客は任せられない、か。
最初こそ「ディータの点数を稼ごうとしやがって」と怒りはしたものの、あぁも真剣な眼差しで諭されれば、それがメイドの矜持を傷つけたのだと分からざるを得ない。
そして同時に、自分の矮小さを思い知らされた気分だ。
点数稼ぎしたかったのは私。
ディータに褒めて欲しくて、喜んで欲しくて……私のことを必要だと思って欲しかったのは、私の方なんだ。
無様だな。
もともと私とディータは、遊び人のスキルを研究し、私がダークエルフから普通のエルフに戻るための方法を共に探すというだけの間柄。
けれどディータは私なんかいなくても順調にスキルを獲得し、今やこんな馬鹿げた施設を作り上げるまでの人間に成長している。
あの頃から何も変わっていないのは、私だけなんだ。
そりゃあ六十年ぶりに故郷へ戻ることも出来たし、お父様も村のみんなも快く受け入れてくれた。
でもそれは、事前にディータがポーシーの町との交流を復活させてくれていたからでもある。
わだかまりがなくなり、皆平穏を取り戻していたからこそ、私の帰郷を喜ぶだけの余裕があったのだろう。
私は何もしていない。
私は何も出来ていない。
玩具の販売だって、そもそも異界の玩具を手に入れるという常識外の方法がなければ、とても不可能なことだ。
私はこちらの人間達にも馴染み易いように少しだけ手直しし、あの商人に売り込みをかけるだけ。
異界で売れている玩具なのだから、売れないわけがない。
私以外の者がやっても、結果は変わらないだろう。
それこそあのメイドであってもだ。
しかしメイドの仕事を私がやることは出来ない。
自分でも分かっている。
接客なんて、きっと私には到底不可能なのだ。
エルフの村は解放的で自由だったから礼儀作法に詳しくはないし、その後は六十年に及ぶ引き篭もり。
マルグリッタと交流を持つことがあったり、最低限の収入を得るためにギルドに登録したりというくらいの関わりはあったが、まともな会話なんてほとんどなかった。
そんなコミュニケーション未熟児の私が接客業など、メイドに言われるまでもなく無理だろう。
それでも私は、何かディータの役に立ちたかったんだ。
シフォンとは違う。
あの娘はディータの妹なのだから、ただそこにいるだけで良い。
メイドには叶わない。
渾身的にディータの身の回りを世話し、接客面においてディータランドに欠かせない人材となっている。
商人ですらディータの役にたっている。
買い物ゾーンの商人達を一手に束ね、売上なんかを管理しているのはアイツだ。
商人がいなくなれば、たちまち経理が成り立たなくなるだろう。
私は?
私がいなくなったとして、ディータは困るだろうか?
……ないな。
困るどころか「変なことばっかり言って迫ってくるダークエルフがいなくなって良かった」なんて思われるかもしれない。
いやディータは優しい。
だからきっと「困ります」と言ってはくれるだろうけど……それじゃあ駄目なんだ。
無駄に歳ばかり重ねた、使えないエルフ。
いつかディータにそう思われるんじゃないかと考えると、気が狂いそうになる。
「さすが年長者ですね」なんてディータに言われるたび、私の心は張り裂けそうになっているのだ。
私に残された立場は嫁ポジション。
そこに収まることが出来れば、私は心も身体も全てディータに捧げたいと思っているし、そう成りたいとも思っている。
エルフ村の皆もそれを期待しているだろうし、お父様なんかは当然そうなると考えているようだ。
だから私もエルフ達の前ではそのように振舞っているけど……望みは薄いのかもしれない。
「なんだこのチンチクリンな身体は……」
こんなロリロリ体型ではディータの男を刺激することすらままならない。
幾度迫ってみても、彼には動じる様子すら見当たらないのだ。
せめて成態に戻れば。
そうすれば大人の女として魅力的にも映るだろうし、自分で言うのもなんだがそこらの人間に負けないだけの美貌は持ち合わせている筈だ。
なにせエルフだからな。
幼態から成態に戻ること自体は今すぐにでも可能。
自分でかけた呪いなのだから、当然解呪方法も準備している。
肌身離さず持っている髑髏型の小さな水晶。
これを砕くだけで、たちまち私の身体はボンキュッボンだ。
けれどダークエルフ化したままでは、それをすることが出来ない。
伝承によればダークエルフは欲求のままに男達を貪り、一晩で町中の男達を干乾びさせるほどだという。
実際私もダークエルフ化した直後は、凄まじい欲求に気がおかしくなりそうだった。
幼態ならば各種の器官が未発達な為、なんとかそれも我慢出来る程度に抑えられているが、成態に戻った瞬間箍は外れるだろう。
そうなれば間違いなく、私はディータを搾り殺してしまう。
それだけは、なんとしても避けなければならないことなんだ。
「どうしたんですかミント様! 視察ですか?」
「今日は婿殿と一緒じゃないのですか?」
「まさか喧嘩でもしました? 夫婦喧嘩は良くあることですが、早く仲直りしないと駄目ですよ?」
雑音のように飛び込んで来た声音に顔を上げると、心配そうに覗き込んできている同胞達と目が合った。
どうやら考え事をしながら、いつのまにかフラワーゾーンまで来てしまっていたらしい。
「そんなんじゃないさ。心配しなくていい」
視界一杯に広がる美しい花畑と、同胞達の楽しげな仕事ぶり。
こんな微笑ましい光景もディータが作ってくれたんだなと思うと、胸の奥が熱くなる。
「でも顔色がよろしくないですよ?」
言われて気付いた。
マズイっ!
フードを被り忘れていたっ!
同胞達には知られているが、当然ながら客として来る人間達には知らされていない。
もしダークエルフがこんなところにいると知られたら、園内中はパニック。
一気に客足は遠退き、ディータランドは潰れてしまうかもしれない。
何をやってるんだ私はっ!
これじゃあディータを助けるどころか、迷惑にしかなってないじゃないかっ!
最悪の未来を想像し、急いでスタッフ用通路に戻ろうとしたところ
「ダ、ダークエルフ……っ!?」
声が聞こえた。
驚愕を隠しもしない、人間の男の声だった。
今すぐ逃げれば、なんとか誤魔化せるかもしれない。
そう思うのに、足が動いてくれない。
恐怖だ。
恐怖から、私の足は竦んで動けなくなってしまったんだ。
次の瞬間には「ダークエルフがいるぞっ!」と叫ばれ、園内中が大パニック。
そんな恐ろしい想像が、私の動きを阻害していた。
すると硬直していた私は、バシッと肩を後ろから掴まれて、無理矢理振り返させられる。
そこにはやはり、見覚えのない人間の男達が立っていた。
「ち……違うんだ……。私はダークエルフなんかじゃ――」
「素晴らしいっ!!」
……ん?
「おい見ろっ! ダークエルフだっ! しかも本当に幼態だぞっ!」
「そのようでございますな」
「最高かっ!? 最高だなっ!! 銀髪褐色ロッリロリなのに、心の奥ではエッロエロなんだぞっ!!」
……は?
「しかも襲い掛かってくるようなこともないっ! 我々の研究は正しかったということだなっ! それはそれで残念な結果だがっ! 我としては今すぐウェルカムなのだがなっ!」
「品位が疑われます。ご自重を」
「それどころじゃないだろっ! お前はアレか? ホモか? 銀髪褐色ロッリロリのエッロエロが目の前にいて、何も感じないとか不能なのか?」
「ホモではありませんし不能でもありません。ギンギンです。ですが場所を弁えて下さい」
なんだコイツ等。
私がダークエルフと知っても、恐れるどころか興味津々なのか?
いや人間の中にはそういう奇特な奴等がいることも知っているが、それにしても少しおかしいぞ。
「お、おい?」
「喋ったぞっ!」
「それは喋るでしょう。生きているのですから」
態度から見るに、この五月蝿いのと後ろの奴は主従関係にあるようだな。
どちらも身なりが良いし、どこぞの貴族なのかもしれない。
いやそれよりもだ。
コイツ等は良いとして、他の人間に見られる前に身を隠さなければ。
「すまないが私は仕事があるんでな。失礼させてもらうぞ」
「仕事っ!? ダークエルフはここの従業員かっ!」
「ちょ、ちょっと静かにしろ! あまりダークエルフと連呼されるのは困る!」
「おい聞いたかっ! 社交的だぞっ! 周りに気を配っておられらるっ!」
「それはそうでしょう。従業員のようですから。あと噛んでます」
なんなんだコイツ等は!
周りの同胞達もポカンとしてないで助けろ!
「職を求めているのであれば、ここを辞めて我の下に来ぬかっ!? 今の給金の十倍。いや、百倍出すぞっ!」
「……は?」
いや本当になんなんだよ。
「悪いが給料の問題じゃあないんだ。ここの支配人にはとても良くしてもらっていてな。彼が困っているのだから、私は全力でそれに応えなければならない。だからお前の下とやらには――」
「困っているのかっ!? どのようにだ?」
すぐに逃げれば良いのだが、やけに押しの強い男に押しきられ、私は現状をツラツラと喋ってしまっていた。
ひょっとしたら、ダークエルフと知っても恐れられないことが、少し嬉しかったのかもしれない。
もちろん私の心がこの男に向くなどということはないがな。
見た目は二十代半ばくらいか。
顔も悪くはないが、すでに私の心は決まっているのだから。
「なるほどっ! 金が必要だが客足が伸び悩んでいるとそういうことだなっ!」
「平たく言うとそうなる」
「ふむっ! 理由は簡単だっ!」
「な、なんだと? 分かるのか!?」
「むしろなぜ分からぬ? 確かに入場料は安いが、他大陸から来るとなれば相応に金がかかるだろう? 第一何日も船に揺られ、馬車に揺られて客はやってくるのだ。その間仕事はどうする? 何週間も休んで大丈夫な者など限られるのではないか?」
そ、そう言われてみればそうだ。自明の理だ。
私達は原因を内側に探していたが、客としては当然のことじゃないか。
数日から、長ければ一ヶ月近く。
交通の便が悪いこの世界でディータランドを訪れようとすれば、それだけの期間が必要になるんだ。
となれば当然来られるのは仕事を長期間休める立場にあり、なおかつ裕福な人間に限られる。
その後も何やら話していたが、私の耳には届いていなかった。
やがて事情を察して諦めたのか「また来るっ!」と言い残し、男達は去って行った。
このことを早くディータに伝えなければ!
私は足取りも軽く、スタッフ用通路を走り抜けるのであった。




