76話 僕は国王様に啖呵を切ったようです
懐かしいポードラン王城。
そして懐かしい謁見の間。
ですがあの時とは立場が全然違います。
以前は王女を救い魔物を打ち払った英雄扱いでしたが、今回は罪人。
しかも王女の亡命を手助けしようとしたという、とびっきりの大罪人です。
どれだけの罪かと言うと、あの世と断頭台を十往復くらいしなきゃいけない程の罪ですから、当然玉座から僕達を見下ろす王様の目も冷ややか。
そして王様の右隣にはお爺さんと片腕の剣士。
左隣には、憔悴しきった顔のナティ。
周囲の壁にはグルッとたくさんの兵隊さん達ですね。
全方位にだるまさんを転ばせでもしなければ、脱出は困難でしょう。
「あわや国外に出る寸前だったとはな。事前に港へと兵を置いたダグラスの慧眼。見事である」
厳しい顔を崩さぬまま王様が片腕の剣士を称賛すると、剣士は恭しく頭を下げてそれに応えます。
「勿体無きお言葉。しかしナティルリア様を唆したのがこんな子供ばかりだとは、さすがに予想外でした」
その顔には見覚えがありますし、片腕がありませんし、この人がダグラスさんなのでしょう。
彼は興味なさそうに僕達を見渡していたのですが、その視線がピタリと僕の後ろで止まりました。
なにごとかと思って見ていると、ダグラスさんはツカツカとミントさんの下へ。
「陛下の御前でフードを被ったままとは、礼儀も知らんのか?」
そう言った彼は払うような乱暴な手付きで、ミントさんのフードを捲り上げてしまったのです。
するとミントさん。
ギロリと鋭い眼力をダグラスさんにお見舞いでしょうか。
「貴様こそ目上の者に対する礼儀を弁えていないんじゃないのか?」
「あ? ガキが何を言って……お前、もしかしてエルフか? い、いや、その肌の色……っ! ダークエルフなのかっ!?」
瞬間辺りがザワリとどよめきました。
ダークエルフの悪名は、誰しもが知るところなのです。
「お、おい衛兵っ! すぐにこの女を殺せっ!!」
わたわたと後ずさりながらダグラスさんが命じますが、周りの兵士達も及び腰。
槍を構えはしましたが、近付くことすら躊躇われているようです。
「はんっ! これが英雄だと? 飛んだ腰抜けじゃないか」
「な、なんだとっ!?」
ミントさんの挑発に激高するダグラスさんですが、それでも近付いてくることはなく、剣の柄に手を伸ばしながらもプルプル震えるばかりでした。
その態度を哀れに思ったのか、フッと肩の力を抜いたミントさん。
ダグラスさんから視線を外し、大人しくしているという意志を態度で示したご様子。
そんな一連の動きを見て当面の危険はないと判断したのか、王様は「ゴホン」と咳払で場を静めてから、ゆっくりとした調子で語りだしました。
「恩を仇で返すとは貴様の事だな。子供とて、事の重大さは承知しておるのであろう?」
それは僕に向けられた言葉でしょう。
目を掛けてやったのに的なニュアンスが感じられます。
どちらかというと殺されかけたのですが?
しかしそう反論する前に、ナティが王様に食ってかかりました。
「待ってお父様っ! 彼等は悪くないわっ!」
「黙りなさい」
立派な髭を生やした王様に恫喝されると、ビクッと肩を震わせて、ナティの気勢がたちまち弱まってしまいました。
それを見届けてから、王様は僕達に沙汰を言い渡します。
「我が娘ナティルリアを誑かし、亡命を唆すなどもってのほか。ラシアよ。いかに内務大臣の娘とはいえ、貴様も逃れ得ぬものと知れ」
「父は……どうなりますか?」
「先ほど自宅蟄居を命じた。後に役を解き、国外への追放となるだろう。馬鹿なことをしたな」
父は関係ないと言っていたラシアさんですが、こうなってはやはり気になるのか、俯きながら拳を握り締めていました。
一族郎党死罪などということにはならないみたいですけど、やはり甘くはないようです。
となれば、首謀者の僕達は当然死罪なのでしょう。
ですが、それを甘んじて受け入れるほど僕は大人じゃありません。
それにシフォンとミントさんを守らなければなりませんし、ナティが泣きながら結婚するなんてことも許せません。
ラシアさんだって、こんなことで死んでいい人じゃないのです。
だから僕の口からは
「……他に方法はないんですか?」
そんな言葉が自然と漏れていたのです。
思わぬ反論だったのか、王様の眉がピクッと跳ね上がりました。
「なんだと?」
今すぐにでも「死刑!」と言い出しそうな顔で睨みつけてくる王様ですが、そんなの関係ありません。
僕は思いのたけを叫ぶのです。
「娘の……ナティの涙を見なくても、国を元気にする方法は他にあるんじゃないんですかと言ったんですっ!」
僕の言葉が相当に不敬だったのか、ガシャリと鎧を鳴らす音があちこちから聞こえました。
きっと周りの兵士達が槍を構えたのでしょう。
ですがその動きを、王様が腕で制止させます。
「ほう? 子供が生意気な口を聞くではないか。貴様のような子供には考えもつかぬだろうが、政とはそれほど簡単なものではない。王女たるナティルリアも当然それは覚悟の上であるし、自分の婚姻が国の為となるならば、喜びこそすれ泣くなど――」
「泣いているでしょっ! 娘の顔も真っ直ぐ見れないほど、王の目は節穴なのですかっ!」
実際ナティは今も泣いています。
口元に手を当てて、ボロボロ泣きながら僕を見ているのです。
娘がそれほど結婚を嫌がっているのだから、王である前に父として考えるべきです!
「だ、誰に向かって言っておるかっ! もうよいっ! この者達を――」
「まぁお待ち下さい陛下。子供の戯言ではありますが、面白いではないですか」
顔を真っ赤にして立ち上がった王様を、隣に控えていたお爺さんが窘めました。
どなたかは存じませんが、心の中で全力応援。
頑張れお爺さん。
「宰相! 貴様はこの罪人達の肩を持つのか!?」
「いえいえ滅相も御座いません。ですが彼等を処刑しますと、非常に面倒なことになるのもまた事実」
「たかだか子供の冒険者であろう。なにが面倒なのだ」
「そこな幼女。聞けば、最近噂の聖女様らしいのです」
「……なんだと?」
王様が目を見開いてシフォンを見ました。
見られたシフォンは……つまらなそうにしてますねぇ。
まったく緊張感が見られないのですけど、どれだけ肝が太いのでしょうか。
その心臓、お兄ちゃんに少し分けてくれません?
「それに何故大人しくしているのかは分かりませんが、そこのダークエルフが暴れ出してしまえば、この国の男達は全て干乾びることになるやも」
「ならばなおさらすぐに処刑せねばなるまいっ!」
「そうでは御座いません。もし処刑が決まれば、その瞬間に暴れださぬとも限らぬのです。そして聖女を殺したとなれば、ミリアシスとは即時戦争となるでしょう」
「ではどうするというのだっ! 大罪人達をこのまま放免しろとっ!?」
激高する王様をよそに、宰相と呼ばれたお爺さんは僕を見ました。
優しいようで、どこか試すような視線。
なんでしょうか?
「ディータと言ったかな? 少年は、ナティルリア王女のご結婚に反対なのですな?」
「はい。ナティが泣きながら結婚するなんて、僕には我慢出来ません」
「なんだとガキっ!!」
これに噛み付いてきたのはダグラスさんですが、宰相さんは「まぁまぁ」と彼を宥め、そして続けました。
「よろしい。ですがこの国は、今非常に厳しい情勢なのです。それを他の方法で救えるというならば、その道を示してごらんなされ。さすればナティルリア王女の結婚を急ぐ必要はなくなるのですから」
他の道。
ナティが結婚しなくても、他の方法で国を元気付ける。
それは僕が王様に言った言葉ですが、それを宰相さんは僕にやってみせろと言ってきたのです。
「宰相よ。こんな子供に何が出来ると言うのだ。貴様は何を考えておる」
「なに、そう難しいことでは御座いませんよ。大口を叩いたのだからその責を取らせる。取れれば良し。取れぬとならば、その時こそ本人も納得して絞首台に上るでしょう。そうですな?」
求められているのは覚悟。
ナティを助けたいならば。自分達が助かりたいならば、命を賭けて結果を示せということ。
それにここで僕達を無理矢理処刑すると、色々面倒なことになるかもという打算もあるのでしょう。
優しいようで、実のところ狡猾なのかもしれませんが……どちらにせよ乗る以外の道もありません。
「分かりました。それで、具体的には何かありますか?」
「良きかな。ではそうですな。少しだけ今の情勢についてお話しましょう」
宰相さんの話によれば、今この国が困窮している理由は主に二つ。
以前に比べて魔物が活発化し、その為に村々が襲われていること。
そしてもう一つは、北にある国々がポードランに侵攻してきていること。
どちらも大勢の兵を動かす必要があるけれど、軍を動かすにはお金も食糧も必要で、国民には重い税を掛けなければならなくなっているのだとか。
つまり、それらを解決するには
「金策ですな。差し当たっては大金貨二千枚。これを半年で用意していただきましょう」
「む、無理よっ! 大金貨二千枚って、金貨十万枚じゃないっ! 大都市の税収に匹敵するのよっ!? それを個人で稼ぐなんて到底不可能だわっ!」
「左様。しかし大罪を雪ぎ、ナティルリア王女のご結婚という国策を引っ繰り返すのであれば、それくらいの奇跡は起こして頂かなければ国民に示しがつきません」
金貨十万枚ですか。
ちょっと額が大きすぎて想像出来ません。
何トランプ分?
「十万でいいんだな?」
しかし自信満々の声は、僕の斜め後ろから。
褐色エルフさんが、ニヤリと笑って立ち上がっていたのです。
「ディータならそれくらい簡単だ。やり方は問わんな?」
「借金以外であれば構いませんよ。半年以内に納めて頂ければ、このたびの罪は不問。ナティルリア王女の結婚も見送るとしましょう」
「さ、宰相っ! なにを勝手なこ――」
「いいだろう! 命拾いしたな国王よ。その提案がなければ、この国は今日にでも滅んでいたぞ?」
顔を赤くして反論しかけたダグラスさんと王様ですが、ミントさんの言葉で今度は顔を青くしています。
ダークエルフとばれた勢いで、国を滅ぼすなんて恫喝までするんですから、こちらも随分肝の太いことで。
とても失禁経験豊富な方とは思えません。
「……分かった。それで構わぬ」
「へ、陛下!?」
思わぬ展開にダグラスさんが狼狽しているようですが、それに構わず王様は続けました。
「だが監視は付けさせてもらうぞ? 土壇場になって貴様等が逃げぬとも限らぬからな」
「好きにしろ。ディータ行くぞ」
「え、あ、はい」
立ち上がっていたミントさんに手を引かれ、僕も立ち上がりました。
するとナティと目が合います。
僕達はこれから金策の為に走り回るのでしょうけど、彼女は王女ですし人質のようなもの。
あの場から動くことは出来ないと自覚しているのでしょう。
伸ばしかけた手を引っ込め、わなわなと唇を噛んでいるのですから。
「大丈夫ですよナティ。必ず僕は戻ってきます。金貨十万枚を持ってね」
「ディータ……っ!! 待ってるっ! 待ってるからっ!!」
そうして謁見の間をあとにする僕とシフォン。
それにミントさんとラシアさんですね。
ラシアさんは残ることも出来るでしょうけど、残ったところで良い待遇など期待出来ませんし。
ならば少しでも役に立とうと、付いて来てくれるようです。
しかし金貨十万枚ですか。
こうなった以上は何としても集めなければなりませんが、今のところ何も妙案は浮かびません。
ミントさんは自信満々でしたけど……何か策はあるのでしょうか?
***** 宰相視点 *****
これで良い。
もちろん陛下のお考えも分からなくはない。
民や軍を牽引する「勇者候補ディアトリ」というカリスマを失い、乱れつつある国の現状に焦っておられるのだ。
だから次なるカリスマを造り出し、国を安定させようとしているのだろう。
だがそれでは駄目。
もはや国庫は底を突きかけ、増税による民の不満は遠からず爆発する。
それを収めるには、名ばかりの英雄ではもう足りぬのだ。
今求められているのは本物。
見たこともない技で近衛兵すら退ける強さ。
王女の為と、命を顧みずに行動する純真。
それに街の商人から聞いた話では、トランプなる玩具を最初に発明したのはディータという名の少年だとか。
聖女を連れているようだし、ここまで条件が揃えば同名の別人ということもあるまい。
あの少年こそ、手駒にするべき人材なのだ。
陛下は極端に裏切りを恐れるゆえ、金や地位になびかないあの少年を嫌っているようだが、操る術は欲望だけではない。
特にああいう真っ直ぐな少年には、もっと効果的な方法がある。
そして、そのための無理難題。
「さて。どちらに転んでも良いように準備せねばな」
ひょっとしたら、ここがこの国の分水嶺。
その覚悟を持って、半年後に備えようではないか。
少年よ。失望させてくれるなよ?




