66話 僕達は異界に溶け込みます
ミントさんに案内された場所は、ミリアシス大聖国から北へ少し行った場所。
草原の中にぽつんと広がる、大きな湖でした。
以前は魚が獲れたけれど、乱獲しすぎた為に今はいないのだとか。
そのためあまり人も来なくなり、周りには背の高い雑草が覆い茂っていました。
それを手で掻き分け、なんとか畔まで辿り着きます。
あちらに行っている間に誰かが僕達を訪ねて来ないとも限らないので、宿屋さんには一週間分を前払いしてあります。
もっとも荷物置き程度なので、部屋のランクは三つほど落としましたが。
「石を投げると行けるんだろ? 先に私が試してみてもいいか?」
うずうずを隠し切れないミントさんは、早くも手頃な石を探し始めている模様。
シフォンもそれに続き、前回のリベンジに燃えているようです。
まぁ僕のはスキルなので、普通にやって勝てる筈ないと思いますが。
「……んぅっ!!」
まずはお手本とばかりに、シフォンの石が勢い良く水面を飛び跳ねていきました。
ほう?
今回は平べったい石を使い、しかも僕を真似て横投げですか。
成長の跡が見えて、兄としては嬉しい気分です。
――ピッ、ピッ、ピッ、ピッ、ピッ、ポチャン
おおっ!
何と五回も跳ねましたっ!
前回は確か三回だったので、大幅な記録更新ですっ!
「やりますねシフォン!」
これは褒め称えなければと思った僕ですが、しかしシフォンは納得いっていない様子。
何度も素振りをしてフォームをチェックする様は、まるで石投げの巨匠といった佇まいでしょうか。
ここは褒めずに見守っておきましょう。
もう貴女は、対等なライバルなのですから。
「面白いもんだな。勢いがあると沈まずに水面を跳ねるのか」
シフォンの投石を見ていたミントさんは感心したように水面を見やり、それからニヤリと口を歪めました。
「まぁしかし、シフォンに負けるわけにはいかん。私は弓も得意だが、投石で獲物を仕留めることも多かったからな。踏んだ場数が違うというところを見せてやる」
自信ありげに石を持ち、投石の体勢にはいったミントさん。
振りかぶってから足を高々と上げ……
「そうりゃぁっ!!」
投げましたっ!
凄い勢いで、拳大の石が放たれたのですっ!
それは低い弾道で弧を描き……
――ヒュ~…………ボチャン
無事着水。
一つとして跳ねることなく、大きな水飛沫を上げたのでした。
「……ふっ」
「なっ!? 笑ったなっ!?」
腕を組んで勝ち誇っているシフォンと、涙目でそれを咎めるミントさんは、仲の良い姉妹に見えて微笑ましいです。どっちが姉かは言及しませんけど。
「……ふんだ場数が……なんだっけ?」
「ぐぬぅっ!!」
仲の良い姉妹……ですよね?
ミントさんの地団駄は、かなり本気で悔しがっているみたいですが……。
まぁ良いでしょう。
そろそろ、見せて差し上げます。
本当の石投げというやつを。
「よいしょぉっ!!」
予め選んでおいた手頃な石を、僕は横投げで水面を滑らせました。
もちろん投石の瞬間に回転を掛けることも忘れないので、万が一スキルが発動しなくてもシフォン超えは間違いないでしょう。
もっともそんな心配は不要だったようですが。
「お、おぉぉっ!? なんだこの魔方陣はっ!? 見たことのない術式だぞっ!!」
水面に広がる波紋が複雑に交じり合い、浮かび上がった魔方陣にミントさんが驚愕していらっしゃいます。
そんな彼女の肩を抱き寄せ、反対の手はシフォンとしっかり繋ぎ、僕はスキルが発動するのをジッと待つのです。
すると前回同様に、間もなく魔方陣は光を放ち――
「う、浮いたっ!?」
「ミントさん僕から離れないで下さい! 予期せぬことが起こるかもし――」
「な、なんだっ!? こんな時にプロポーズなのかっ!? 光輝く魔方陣の前でとか、ロマンチック過ぎて最高だなっ!! よし来いっ!!」
なんか以前よりミントさんの病状が悪化してませんか?
この状況で発作を起こすなど、もう時も場所も選ぶ気がないとしか思えません。
光に包まれながら「よし来いっ」節を聞き、僕達は残念な感じで世界を超えたのでした。
……。
「はい、無事に到着したみたいですね」
光が収まった時に目の前に広がっていたのは、以前と同じ景色でした。
アスファルトの道路。
その上を走る自動車達。
素晴らしきかな異界の国です。
ただ前回とは、少し場所が違うみたいですね。
まぁ出発点が違うのだから、到着する場所が違うのも当然といえば当然かもしれません。
少し辺りを観察してみると、ここが新宿区だと分かります。
新宿から秋葉原までの距離は、ポードランとミリアシス大聖国ほど離れていないので、まったくリンクしているというわけでもないのでしょう。
「さてと。まずは金貨を買い取ってもらいに行きましょうか。なにはともあれお金が必要というのは、万国共通のようですから」
今回はそのために、金貨を三十枚ほど用意してあります。
どのくらいで買い取って頂けるのかは分かりませんけど、こちらの世界で金は価値のあるものだと知っていましたからね。
「なんだここは……。これが異界? とんでもないぞ……」
都庁を見上げてフリーズしてしまったミントさんを引き摺るようにして、僕達は金の買取をおこなっているお店を目指すことにしました。
駅の周辺にそういうお店があるのもリサーチ済みでしたし、特に道に迷うことなく到着。
無事に現地のお金をゲットです。
ちなみに金貨。
見たことのない模様だし、あまり精巧とは言えないということで、買取価格は金そのものの値段です。
一枚辺りが八グラムほどなので約四万円。
とりあえず十枚程を換金し、手持ちは四十万円となりました。
「これが通貨なのか? こんな紙切れで大丈夫なんだろうな?」
金貨という絶対的なものが紙幣に変わり、ミントさんは疑心暗鬼のようですが、僕は知識としてこれがいかに優れているものなのか知っていますから。
こう見えて僕達が使っている金貨よりも複製が難しく、複雑な代物なのですよ。
これだけ文化や科学が発達している世界ですからね。
通貨には最先端の技術が使われるので、その信頼性はかなり高いとみて間違いありません。
説明してもいまいち納得いかない顔のミントさんと、手にしたお金でどれだけのお菓子が買えるかお悩み中のシフォンを連れて、次に僕達が向かったのは服屋さんです。
なんにせよ、僕達の服装はこの世界では目立ちますから。
コスプレだと言い続けても通用しそうですが、いらぬ方々を招き寄せるというのは前回経験済みですし。
まずは異界ファッションに変身しなければならないでしょう。
といっても流行なんかまでは把握してません。
比較的安価で庶民的なお店が駅の中にあるのでそちらに向かい、ショーウィンドウに飾られているものをそのまま購入することにしました。
「な、なんというか軽いなこれ」
「そうですね。そのわりには丈夫ですし、素材の違いでしょうか? それとも製法に秘密が?」
さっそく着用してみたものを、三人でファッションチェック。
ミントさんは白いTシャツの上からデニムのジャケットを羽織り、丈の短いスカートもそれに合わせたデニム生地。
黒革のバックルベルトがアクセントになっており、大人の雰囲気を感じさせます。
褐色の肌や銀髪にも良く合っていて、ギャル志望の小学生といったところでしょうか。
もっともミントさんはそんなことよりも、ローブを被らず堂々と歩けることが嬉しいみたいです。
時折鏡を見つけては、楽しそうにクルクル回っていました。
シフォンの方は黒いワンピースを選んだようです。
ただし向こうで買えるような質素なものではなく、ヒラヒラとふんだんにフリルがあしらわれた可愛いタイプ。
ついでに白くて大きなリボンも購入したようで、頭にちょこんと乗っかっています。
シフォンは何を着ても可愛いですけど、こうしてみるとお姫様のようですね。
我が妹ながら、将来が楽しみになります。
「次はどうするんだ? まだまだ時間はたっぷりあるぞ」
「まずは……」
目的は向こうで売れる遊具の選定ですから。
となれば、玩具屋さんか知識を仕入れる為に本屋さんでしょうか。
そう考えていると、シフォンが袖を引っ張ってきました。
「……ごはん」
はて?
現在時刻はお昼を少し過ぎたあたり。
こちらに来る前に昼食は食べたので、まだお腹は空いていない筈なのですが……あ、なるほど。
ご飯と言いつつシフォンが見ているファミリーレストランには、でかでかと「デザートフェア」なる看板が掲げられてます。
間違いなくそれが目的でしょう。
「あれが食べたいんですか?」
「……ちが……わない」
ふむ。
ギリギリで正直者のシフォンには、ご褒美をあげなきゃいけません。
僕は小さな頭を撫でてから、三人で手を繋いでファミリーレストランへ足を踏み入れることにしたのでした。




