64話 僕はようやく言えました
「で、ミントさん。トランプをたくさん売ったとのことですが、詳しい説明を聞かせていただいても?」
あのトランプは僕の自作なのであれしかありません。
それに売れたところで精々銀貨1枚になるかどうかというところ。
なのにミントさんはたくさん売ったと仰っていましたし、手にしているお金も金貨二百枚はあるのですから。
これはどう考えてもおかしいのです。
そう問い質すと、ミントさんはおずおずと話始めました。
「ま、まずだな……トランプの遊び方を知った私は、これは売れると判断したんだ」
「ほう?」
まぁそうかもしれませんね。
あれは異界の遊び道具ですし、あちらではかなりポピュラーな代物。
誰でも一度くらいは触ったことのあるものなのですから。
「なら、あれ一つだけ売るっていうのはもったいないじゃないか。どうせならたくさん作ってたくさん売ろうと思ったんだ」
そういえば以前もそのようなことを言っていました。
専売権利がどうとか。
あの時の僕は体調を崩して朦朧としてましたし、その後グロウシェル騒動だったのですっかり忘れていましたが。
「でもたくさん作るってどうやってですか? 人力になるでしょうから人手も材料費もないと思うのですけど?」
「そ、それはだな……。グロウシェルの時や聖選の時に、お前は色々と活躍しただろ? そのお礼を断ってたのを覚えてるか?」
「はい。ゾモンさんからお礼を受け取らなかったので、きっとエリーシェさんに感化されたんだなぁと思ってましたけど」
するとミントさんの視線がスッと横に逸れます。
んん?
何かお礼を受け取らない理由が他にあったんですか?
「売った恩を溜めて、こっちからの頼みを断れないようにしたんだ……」
途端に不信感マックスです。
なんですかその詐欺師的な発想は。
「で、結局なにを頼んだんです?」
「トランプの大量生産、専売許可、それと……」
なるほどなるほど。
とりあえず、たくさん作る方法はわかりました。
けど、他にもあるみたいですね。
ミントさんの視線が、お菓子を頬張っているシフォンに向けられています。
釣られて僕もそちらを見ると、シフォンは親指をグッと立て
「……がんばった」
自信満々に胸を張ったのでした。
「つまり?」
「シフォンは代理の代理とはいえ聖女だろ? 布教活動の一環として町を回ってもらい、ついでにトランプをだな……」
「信者に売りつけたんですかっ!?」
はいアウト。
怪しげな壺を売る人と同じじゃないですか。
信頼していたミントさんは、詐欺師的な発想どころか詐欺師そのものでした。
これはトランプを全部回収して返金しなければ。
頭を抱えながらミントさんにジトッとした視線を送り、すぐにでも行動しようと立ち上がると、彼女も僕を追いかけるように立ち上がりました。
「ち、違うぞっ! 決して無理矢理買わせたとかじゃないんだっ!」
「どう違うんですか。僕は悲しいです……」
「い、いや、本当に違うんだ……。トランプで占いも出来るって言っていただろ? だからそれを前面に押し出して宣伝したんだ。ミリアシスの神託占いが出来るって」
あんまり違いませんでした。
しかしミントさん的には決定的な違いがあるようで、それを強く主張なさいます。
「買いたい奴にだけ売ったんだっ! 決して無理矢理なんかじゃ……はっ!? まさかお仕置きと称して無理矢理私に色々する気だなっ!? なんて悪辣な……っ! よし来いっ!!」
あ、帰ってきたんだなぁ。
なんとなく、そんな安心感がある台詞です。
もっとも追求は緩めませんけど。
「本当ですか? 聖女の威光を借りて、売りつけたわけじゃないんですね?」
「あ、うん……。聖女の名はちょっとだけ借りたけど……。だが本当に無理矢理じゃない。総主教にも許可を取ってるし、奴に聞けば分かる筈だ!」
総主教様?
あぁ、僕がエリーシェさん達に同行することになった時、彼女は総主教様と報酬の相談をしてましたね。
あれもトランプの為だったのでしょう。
「それに売ってるトランプはちゃんとした製品だぞ。見てみるか?」
「えぇ是非」
そうして渡されたものは、僕が手作りしたものとは一線を画す立派なものでした。
材質も手触りもよく、高級感溢れる遊び道具。
ジョーカーの代わりにシフォンの似顔絵が印字されてるのが気になりますけど。
「聖女印の占い道具だからな。聖女の似顔絵は必須だろう? そして、それがまた信者達に大好評だったってわけだ」
「……んっ!」
そんなこんなでトランプは飛ぶように売れ、ミントさんは一財産を築き上げたそうです。
今ではミリアシス大聖国だけでなく、船に乗って他国にまで販路を広げているのだとか。
シフォンの顔が世界中にばら撒かれていると思うと、複雑な気持ちです。
「同時にシフォンの人気も急上昇してな。信者達からは、毎日のように貢物が届くようになったんだよ」
それがあのお菓子の山。
どうやらマスコット的な可愛さで、信者のみならずファンが激増しているみたいです。
「ど、どうだ? なにもやましい事はないだろ?」
「……にぃ?」
沙汰を待ち、不安そうに覗き込んで来る二人。
確かにミントさんの言葉が本当なら、悪事に手を染めたというわけではなさそう。
後ほど総主教様にも確認はしますけど、たぶん大丈夫なのでしょう。
ならば怒るよりも、しなければならないことがありますね。
僕は二人の頭に手を置き、交互に視線を交わしながら
「ただいま」
まだだった言葉をやっと言えたのでした。
……。
その後は久しぶりに三人で食事をし、風呂あがりのシフォンの髪を拭いてやり。
ようやく日常が戻ってきました。
しかしまだやるべきことがあるので、寝る前にミントさんをお呼びします。
すると彼女は銀色のサイドテールをもじもじと指で弄びながら、ちょこんと僕の隣に座りました。
「い、いつもでいいぞ?」
「何がですか?」
「そ、それはアレだろ? 長旅で色々あったから、久しぶりに見た私にグッと来たとかそういうことだろ? じゃなきゃ寝る前に女を呼び出したりしないもんな。分かってる。全て分かってるから遠慮するなっ! よし来いっ!!」
「分かりました。では」
言いながら僕は懐から手紙を取り出し、ミントさんにお渡しします。
なぜか顎を上げて目を瞑っていた彼女の顔に、手紙がポンッとクリーンヒットでしょうか。
「お、おい? なんだよこれは」
「ある方から託されまして。読めば分かると思いますよ」
一瞬怪訝な顔をしたミントさんですが、封を切る前に何かに気付き、バッと顔をあげました。
その瞳は不安に揺れ、泳ぎ、やがて力強い決意を宿したのです。
ラギュット山へ向かうメンバーを決める時、ミントさんは一度も「着いて行く」と言いませんでした。
僕は船が苦手だからだと思ってたのですが、そうじゃなかったのでしょう。
故郷があるから。
まだダークエルフのままだから、また迷惑をかけないように。
そう考えていたのだと今なら分かります。
ついに封を切り、恐る恐る手紙を開いたミントさん。
その視線が一文字一文字確かめるように、ゆっくりと手紙の上を動いていきます。
しかしほんの数文字で、見えなくなったのではないでしょうか。
「お父様……っ!」
だって真っ赤に充血してしまった瞳からは、止め処なく涙が流れ落ちているのですから。
今は一人にしてあげましょう。
僕はそっとシフォンの手をとり、部屋を抜け出すことにしました。
静かに閉じた扉の向こう。
押し殺すことも出来なくなったミントさんの嗚咽が、優しく夜を満たしたのでした。




