58話 僕は仲介役を買ってでたわけですが
僕達は夜明けを待ち、グーダンさんを連れてポーシーの町へと向かいました。
メンバーは僕とエリーシェさんとグーダンさん。
後ろからエルフさんの護衛が付いて来てますが、神獣さんに乗った僕たちに追いすがるのがやっとといった感じ。
森の民でも、森の神には到底叶わないようです。
残ったニルヴィーさんは、ゾモンさん達とお留守番。
武器等は取り上げられたままですが、牢からは出してもらったので人心地ついていることでしょう。
とはいえ彼等の立場は人質のようなもの。
グーダンさんに何かあれば、容易く刃が向けられてしまう状況に変わりはありません。
僕たちの責任は重大ですね。
「はんっ! 随分と寂れちまってんじゃねぇか。ざまぁねぇな」
森を抜け、ポーシーの町を視界に収めると、グーダンさんがそのように仰いました。
「グーダンさんは以前訪れたことがあるんですか?」
「……さぁな」
ぶっきらぼうに言い、そっぽを向かれた様子。
是非とも仲良くして頂きたいのですが、まだ心を開いてはくれないようです。
まぁその辺りは、ポーシーの方との話し合いが終ってからにしましょうか。
「相変わらず黒いですね~空。真っ黒ですよ~」
「ちっ。どんだけ森を焼いてやがるんだ」
黒いお空にはしゃぐエリーシェさんと、悪態をつくグーダンさん。
そんな僕達の周りには、わらわらと住民の方々が集まりだしてきていました。
やはり神獣さんの姿があるので遠巻きではありますが、恐怖というより興味でしょうか。
まぁ怖がらせないために、今の神獣さんは首を花飾りでふんだんに装飾してますからね。
未知の化け物というより、何かの催し物に見えていることでしょう。
人が集まったところでエリーシェさんが神獣さんの背中を撫でると、その合図で神獣さんは伏せの体勢。
低くなった背中から、ゆっくりとエリーシェさんが大地に降り立ちました。
「お久しぶりです聖女で~す! ちょっと町長さんとお話がしたいので~、案内していただけますか~?」
するとどよめきが広がる中、一人の青年が「こちらです」と案内役を買って出てくれました。
どうやら彼は聖選見物でミリアシスに訪れていたらしく、エリーシェさんの大ファンなのだそうです。
顔を真っ赤にしながらチラチラとエリーシェさんを覗き見つつ、僕たちを町長さんのお宅まで連れて行ってくださいました。
辿り着いた町長さんのお宅は、普通の民家と変わらない大きさ。
話し合いは神獣さんにも加わって頂きたいので、ちょっとこちらでは手狭です。
というかデカイですからね。
例えお城であっても、室内飼いは不可能なサイズですし。
ということで、話し合いは曇天の下。
町長さんをお連れして、町の中央広場で行うこととなりました。
当然周りには何事かと人だかりが出来ていますが、むしろ好都合でしょう。
「この度は聖女様自らお越し頂き恐悦至極でございますれば――」
「そういうのはいいんだよっ! さっさと始めろガキっ!」
恭しく頭を下げかけていた町長さんを無視し、グーダンさんが早く話を進めろとせっついてきました。
まぁ言いだしっぺは僕ですからね。
この場を仕切らせて頂くのはやぶさかではありません。
「では単刀直入に言いますね。ポーシーの方々は、森を焼くのを止めて下さい」
ザワリと聴衆が波立ちました。
思っていたよりも反応が強いです。
中には「何を勝手な」とか「ふざけるな」とかいう罵倒も混じっていました。
それを代表するかのように「こほん」と咳払いしてから、町長さんが反対を表明でしょうか。
「それはあんまりなお言葉でございます」
「何故ですか?」
「ご覧のとおり、この町は年々寂れる一方。新たな人の流入もなく、男手は稼ぎを求めて出て行く一方なのです。漁に出られる者も減り、畑仕事もままならなくなった我等が、ようやく授かった天啓にも似た新たな開墾方法。それまで奪われてしまったら、飢えて死ぬしかなくなってしまいます。聖女様は、ポーシーの人々に死ねと仰るので?」
一気に捲くし立てた町長さんの言葉には、批難めいた色よりも疲れが見え隠れしているようでした。
以前お世話になった宿屋さんの有様も酷かったですけど、あれはそういう事情もあったのでしょう。
誇張なしに、この町は滅びかけていたのかもしれません。
「自業自得ってやつだろぅがよぉ! いい気味だっ!」
同情を禁じえない町長さんの語りだったのですが、しかしグーダンさんは違うようです。
むしろ喜んでいるようにも感じられ、エルフさん達が持つ人間に対する嫌悪感。その根深さを思い知らされます。
しかし当然、町長さんは眉を顰めました。
「失礼ですがそちらの方は? 聖女様のお連れに対し失礼とは存じますが、こちらとしては心当たりがなく真に遺憾なのですが?」
「心当たりがねぇだぁ!? このグーダンの顔を忘れるたぁ、てめぇらっ! 恩を知らねぇばかりか脳みそも空っぽなんじゃねぇのかっ!?」
憤りを隠さず立ち上がりかけた山賊に、後ろから護衛のエルフさんがそっと耳打ち。
「グーダン様。六十年以上も前のことですので当時の人間はほとんどいないかと」
「……。なに勝手に代替わりしてやがんだぁっ!! 六十年くらいで死んでんじゃねぇぞっ!!」
無茶苦茶横暴です。
人間の寿命は大体五十歳~七十歳くらい。
医療や魔法の発達した都市部では百歳くらいまで生きる方もいますが、それは裕福な方に限った話。
特にこの島のような場所では病気の治療もままならないでしょうし、平均寿命はグッと下がる筈なのです。
なので町長さんが困惑したような顔で苦笑いを浮かべるのも無理はありません。
ですが思うところもあったのか、町長さんは何やら考え込み始めていました。
「六十年前……。森のエルフ……。いや、まさか……。祖父から聞いたことはありますが、御伽噺だとばかり……」
ぶつぶつ呟く町長さんが自分の世界に入ってしまったので、パンッと手を叩いて僕は代替案を提案します。
「つまり、楽に開墾出来れば森を焼かなくていいんですよね?」
「え、えぇ……」
「そこでこの方の出番なのです!」
そう言いながら神獣さんを指すと、自慢げに立ち上がった巨体がふしゅーっと鼻息を荒ぶらせました。
「任せるんだっぺ~。土弄りはおらぁの得意技だぁ~!」
実演してみせると言わんばかりに神獣さんがポンッと軽く大地を撫でると、たちまち地面がモコモコっと蠢き、神獣さんの土像が出来上がっていました。
何が起きたのか分からなかった人々も、やがて「おぉ~っ!」と盛り上がり始め、それを受けた神獣さんも鼻高々といったところでしょうか。
「す、素晴らしいお力ですな! この力を我々のために使って下さると?」
「えぇえぇ、むしろ積極的に使わなければならないんです。この神獣さんは、畑、耕さずにいられないので」
観衆の盛り上がりは最高潮。
これで大変だった開墾作業から解放されると、涙まで流している方もいます。
彼等とて町を覆う煙に困っていたのでしょう。
ですが、町長さんはまだ他にもお悩みがあるらしく。
少し困った顔をしていらっしゃいました。
「大変にありがたいお申し出ですし、お受けするのになんの躊躇いもないのですが……」
「ですが?」
「実はこの島の土は痩せ細っていましてね。なかなか作物が育ってくれないという悩みもあるんです。その点森を焼いて拓いた畑は、作物が良く育つと好評だったのですよ」
あぁ、そういえば聞いたことがあります。
焼畑農法の利点の一つとして、灰が土壌を改良してくれるのだとか。
それに熱によって防虫効果などもあるんでしたっけ?
でも、おかしくないですか?
だってエルフさん達の村で見た畑は、とても青々とした立派な野菜が育っていました。
どういうことかグーダンさんに聞こうとすると、その前に町長さんがグーダンさんに向き直っていました。
「祖父から聞いたことがあります。その昔、エルフ種とこの町は懇意だったと。そして畑の肥料となる良質な堆肥を譲り受けていたと」
「……あぁそうだ」
「是非その肥料、今一度お譲り頂くことは出来ませんか? もちろんこの町からは森の中では手に入らない魚貝などを出しますし、お望みであれば他のものも都合いたしますので何卒――」
「ふざけるなぁっ!!」
怒号一閃。
僕は悪くない提案だったと思うのですが、グーダンさんはバッと立ち上がり、烈火のごとく怒りを表していました。
そして金色の髪を逆立て、親の仇を見るような目で町長さんを睨みつけたのです。
「俺達との交流を一方的に断交したのはてめぇら人間どもだろうがっ! それを今更困ったから助けろだとっ!? 話にならんわっ!!」
「し、しかし、それは六十年も昔のことで……」
「たかだか六十年だっ! 俺ははっきりと覚えているからなぁっ!! 今回だって別にてめぇらのために来たわけじゃねぇ。森を焼くなんて馬鹿な真似を止めさせるため、わざわざこうして来てやっただけだっ! ……話は済んだ。てめぇらは森を焼くのを止める。俺等は森の奥で静かに暮らす。それで終いだ」
話を締めくくり、踵を返してしまったグーダンさん。
ここで彼を帰らせてしまったら、何も解決にならないのです。
だから僕も、意を決して向き合うことにしました。
「グーダンさん待って下さい! 六十年前、一体何があったんですか?」
「それを話す気はねぇよ。捕まえてる奴等は解放してやる。てめぇらはさっさと山に行くなり――」
「もしかして、ミントさんが関係しているのでは?」
「な――ッ!?」
ただの推測。
ですけどグーダンさんの反応を見る限り、どうやら当たりのようです。
そもそも僕は、彼をミントさんのお父さんなのじゃないかと疑ってました。
民族衣装も同じデザインですし、何より以前ミントさんが『ままごと』で演じた旦那役。
その姿が、グーダンさんそっくりだったのです。
それにミントさんが一人になった時期も丁度六十年前くらい。
となれば、彼女が何か関係していると思うのは自然の道理ではないでしょうか。
「てめぇ……なんで娘の名を知ってやがる」
食い殺さんばかりの勢いで、グーダンさんが僕の胸倉を掴んだのはその直後のことでした。




