57話 僕はエルフさんを説得です
「なるほどなるほど~? つまり、神獣さんはムラムラが治まらなくなって困っていると、そういうことなんですね~?」
「そうだっぺ~」
何故こうなったのでしょう?
どうすればこうなるのでしょう?
目の前ではエリーシェさんと神獣さんが向き合い、真剣に話を始めてしまっていたのです。
雰囲気的には進路相談中の教師と生徒でしょうか。両手を組んで、エリーシェさんがうんうん唸って相槌を打っています。
僕とニルヴィーさんは、それを唖然と見ていることしかできませんでした。
『だから話せば分かるって言ったじゃないですか~』と満面の笑顔で言ってきたエリーシェさんに、内心イラッとしてしまったのは内緒。
常識やら既成概念をクシャっと丸めて投げ捨てる彼女に、僕は着いていけそうにありません。
「まぁあまり深く考えないほうがいいですわよ? 私もエリーシェの奇行には散々悩まされてきましたから」
「奇行で済むような話じゃないと思うんですけどね……。ある意味聖女らしいといえばそうなのかもしれませんが」
常識の価値について真面目に悩み始めてしまった僕をよそに、話を終えてなんだかスッキリした顔のエリーシェさんがこっちを振り返りました。
「ということで~、神獣さんが暴れていたのは森を焼かれたからというわけではありませんでした~!」
あ、はい。そうなんですね。
凄いなーエリーシェさんはー。
「なんだかムラムラしてしまって~、それを発散するために力を使っていたと、そういうことらしいですよ~」
「ム、ムラムラ……ですの?」
エリーシェさんの説明を聞き、ニルヴィーさんがちょっと引き気味の視線を神獣さんに送ると、神獣さんは照れ臭そうにはにかんだのです。
「ムラムラっていうのは、その……アレですわよね? なんというか……殿方と……女性の……ねぇ?」
助けを求めるような視線でこっちを見ないで下さい。
僕は絶賛ヘコミ中なのですから。
それに「ねぇ?」と言われても僕には良く分かりません。
ムラムラ? 胃がムカムカなら分かるのですけど……。
「つまり、どうすればいいんですか?」
神獣さんにそう御伺いしたところ、それが自分でも分からないとのことでした。
「たぶん発情期に近いなんかだとは思うんだっぺが、おらぁも神々の末席に名を連ねるものだで、そっだらもんない筈なんだぁ。だがらどうしたらええが分からんっぺよ~」
なので力を使いながら暴れることで、その場凌ぎにはなるけれどムラムラを解消していたと。
そのように話してくれたのです。
しかし根本的な解決方法がない以上、今後もこの神獣さんは暴れ続けるでしょう。
エルフさん達に理由を話したところで、人間不信とも思える彼等の態度は頑なですから、それも何か人間の仕業だと言われてしまいかねません。
「どうしますの? 神獣をエルフの村まで連れて行って、本人に説明させれば納得はしてもらえるでしょうけれど」
う~ん、それもどうでしょう?
神獣さんとお話するには、僕の魔法を介在しなければなりません。
となれば、『そう言わせている』『操っている』と思われかねないのです。
それに何より、僕はエルフさん達と町の人達に仲良くして欲しいと思い始めていました。
あの分では今回の騒動が収まっても、きっとまた他のことが原因で対立してしまうでしょうし。
そして僕の想像通りなら、きっとエルフの長さんって……。
「大丈夫ですよ~。ちゃんと話せば分かってくれますって~。神獣さんはちょっとエッチすぎるだけなんです~って説明すればいいんですから~」
「ご、誤解だっぺ~っ! そんな筈ないっぺ~っ!」
言い訳するように、神獣さんは腰をくねらせながら頭を振ってます。
エリーシェさんにかかれば、恐ろしかった神獣さんも可愛らしいペットに見えてくるから不思議。
と、そんなことより考えなくては。
彼女のように、なんでも会話で解決出来ればいいんですけどね。
……。
…………あ。
「上手くいくか分かりませんけど……」
そうして僕はお二人と神獣さんに、思いついた計画の全容をお話しました。
するとエリーシェさんは「素晴らしいです~!」と全肯定。
ニルヴィーさんは「お人好しですわね。でもまぁ、いいと思いますわ」と、少し呆れながらも賛同してくれたのです。
どうやら神獣さんも大丈夫なようなので、あとはグーダンさん次第でしょう。
「ですけど急いだ方がいいでしょうね。その間にゾモンさん達が殺されてしまっていたら、目も当てられませんもの」
ということで僕達は神獣さんの背中をお借りし、再びエルフさん達の村へと戻ることにしました。
真っ暗な森の中ですし樽で運ばれた僕には土地勘も方角すら分かりませんが、そこはさすが神獣さん。
まるで風になったかのごとく、臭いだけを頼りに森の中を疾走してくれたのです。
もふもふの背中にしがみ付くこと僅か数分。
あっという間にエルフさん達の村へと戻ってきました。
「し、神獣だぁっ! 神獣が襲ってきたぞぉっ!!」
カンカンカンと非常事態を知らせる鐘が打ち鳴らされ、たちまち騒然とし始めてしまった村内。
すでに就寝していただろう方々も、慌てて家々から飛び出して来ているようです。
中には神獣さんの姿を見て、木の上から落っこちてしまった方もいました。
ちょっと申し訳ないですが、こちとら生贄にされかけた身ですから。
悪く思わないで下さい。
「何事だっ!!」
っと、ようやく目的の方が来たようです。
白い毛皮の民族衣装を羽織り、手には大型の弓を持って、エルフ村の長が神獣さんを牽制してきたのです。
すぐに攻撃して来ないあたりは、迷惑を掛けられている害獣とはいえ神に遣える獣だからでしょう。
もっとも村内にまで被害が出るとなれば、容赦なく弓を放つでしょうけれど。
「ちょっと待って下さい!」
そうなる前に背中から降り立ち、僕は事情を説明することにします。
「なっ!? お、お前達無事だったのかっ!? い、いや、そうかっ! 聖女の力か何かで神獣を操り、復讐しに来たというわけだなっ!? よし来いっ!!」
う~ん、確信。
この口調は間違いなくあの方の血族です。
ですが今はそのことより、落ち着いてもらう方が先決でしょう。
僕は統一言語空間を展開し、神獣さんに自分の口から説明するように促しました。
すると足を折りたたんで伏せの体勢になり、神獣さんは事情を話し始めてくれたのです。
「おらぁは別に怒ってるわけじゃないんだっぺ~」
その瞬間、ビクッとエルフさん達が震えたのが見えました。
まぁいきなり大型の獣が話始めたらビックリするのも無理はありません。
しかし意思疎通が可能なのかもという安堵感からか、少し警戒が薄れた気もします。
これなら大丈夫でしょう。
「で、ではなんなんだっ!? なぜ急に暴れ始めたっ! 森を焼かれたからではないのかっ!?」
「それが良く分からないんだっぺ。なぜだか急にム~ラムラするようになっちまってぇ、自分ではどうしようもないんだぁ」
「ム、ムラムラ……?」
「んだぁ。んでどうしようもないがら、気分を落ち着かせるために運動してたんだども~」
あ、樹木ごと地面を引っぺがして作り変えるなんて神技が、神獣さんにとっては運動というカテゴリに収まってしまうんですか。
改めてとんでもないですね。
それならせめて人の迷惑にならないよう、スポーツマンシップに乗っ取るべきです。
さて。
とりあえず神獣さんの説明は終りましたが、どうでしょうか?
納得してくれましたかね?
「……信じられん。大体、何故急に神獣が言語を話すようになった!? この間まで、そんな素振りは見せなかったじゃねぇかっ!」
やっぱりそうなりますか。
しかし嘘を言っても仕方ないので、ここは正直に言っておきましょう。
もちろんいらぬ誤解を持たれぬ様に、先手は打っておきますが。
「言葉を交わせるようになったのは僕の魔法です。賢者にはそういう魔法があるんですよ。でも断っておきますが、それ以外に洗脳や無理矢理従わせるような効果はありませんし、あったとしても神の遣いたる神獣さんには通じません」
「だ、だが、そっちには聖女がいるじゃねぇか。聖女なら神獣を従わせる能力くらい――」
「ないです。エリーシェさんは国民に選ばれただけで、基本的に一般人です。能力なんて、歌で相手をリバーサーに変える程度の力しかありません」
「ちょ、ちょっとディータさん~? なにか酷いことを言われている気がするんですけど~」
「そんなことありませんのでお静かに」
ここでエリーシェさんに引っ掻き回されたら纏まるものも纏まらないのは実体験で分かってますから。
ちょっと黙っていてもらいましょう。
そう目配せすると正しく意を汲んでくれたのか、ニルヴィーさんがエリーシェさんを羽交い絞めにしてくれました。
やはり彼女は頼りになります。
「……それを信じるとしてだ。それでもなんの解決にもならねぇぞ? 人間どもは変わらず森を焼き続けるだろうしよぉ」
「分かってます。なので、一緒に話し合いに行きませんか?」
「んだと?」
「話し合いです。お互い事情も知らないまま、敵対するのは間違ってます。それに神獣さんにお願いすれば、森を焼くなんて方法を取らなくて済む筈なんですから」
もともとポーシーの人達が森を焼いている理由は、エルフさんを困らせるためでもなんでもありません。
ただ効率的に畑を作るためなのですから。
であれば、神獣さんにお願いして開墾を手伝って貰えば、彼等は森を焼く必要がなくなるのです。
それに神獣さんのムラムラとやらも発散されて、一石二鳥じゃないでしょうか?
するとグーダンさんは少し考え込み、それから頷いて下さいました。
「……あれから六十年か。どうなったか見に行ってやるのも悪かぁねぇな」
しかし僕が思っていたような晴れ晴れしい顔ではなく。
グーダンさんはどこか恨みの篭ったような、そんな獰猛な表情を作っていたのでした。




