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53話 僕は捕らわれてます

 僕達が連れて来られたのは、木の上に造られた木造の小屋でした。

 目隠しをされていたので森の中をどう歩いてきたのかは不明ですが、どうやらここはエルフさん達の集落みたいです。

 天井近くにある空気窓からは、外の明かりに混じって様々な生活音が聞こえてきていますから。


 室内にまともな家具すらないところを見ると、普段は倉庫として利用している小屋かもしれません。

 藁の上に布が敷いてあるので、今はその上に座らせていただいています。

 ちょっとチクチクしますけど、柔らかくて意外と悪くない座り心地ですね。


「私のせいですわ……。私の気分が優れなかったばかりに……」


「ま~しょうがないですよ~。そういう時もありますって~」


 部屋の隅で膝を抱えているニルヴィーさんは、すっかり思い詰めてしまっていました。

 別に誰が悪いとかはないと思うのですけど、あえて言うならエリー……運が悪かったということにしましょう?


「私などに構わず逃げて下されば良かったのに……」


「そんなことよりニルちゃんも食べませんか~? これ美味しいですよ~」


 そう言ってエリーシェさんが差し出したのは木の実です。

 さっきからポリポリコリコリと何を食べているのかと思えば、僕達をここに監禁したエルフさんが置いていったもののようです。

 ついでにゴクゴクと水も飲んでいらっしゃいますが、大丈夫なんでしょうか?


「ど、毒でも入っていたらどうするんですの!? すぐに食べるのを止めなさい!」


「大丈夫ですって~。殺す気があるならもう殺してますよ~。あ、こっちも美味しい」


 そりゃそうなんでしょうけれど。

 だからって普通そんな無警戒に食べられないと思いますよ?

 いっそ見習いたいくらいの豪胆さです。


 遠慮もなくポリポリ木の実を齧るエリーシェさんを、ニルヴィーさんと一緒に呆れたように見つめながら、僕は現状を分析することにします。


 この部屋に入れられているのは僕達三人だけ。

 ゾモンさん達は、他の場所に連れていかれてしまったみたいです。

 彼等は身なりからもちゃんとした騎士ですから、ここより堅牢な場所に閉じ込められているのでしょう。

 逆を言えば僕達は侮られているので、逃げる隙もあるかもしれません。

 まぁ扉の外には見張りの方がいるでしょうし、ゾモンさん達を置いて逃げ出すわけにもいかないですけれど。


「いつくらいになったら出られるんですかね~?」


 多少なりともお腹が膨れたのか。

 空気窓から外を見上げたエリーシェさんから、暢気なお言葉を頂きました。

 出られることを前提にしているあたりさすがです。


「それは分かりませんけれど……。それでも貴女だけはなんとしても無事に帰して差し上げますから心配いりませんわ」


 決意の篭った瞳で、ニルヴィーさんが力強くエリーシェさんを励ましています。

 もとより、身代わりになる場面もあるかと着いて来た彼女。

 聖選で迷惑をかけたことや副聖女に任命されたことに、強い責任感を感じているのでしょう。

 悲壮感すら漂うお顔で、彼女はジッとエリーシェさんを見つめていたのですが


「お気持ちは嬉しいですけど、少し急ぎめでお願いしたいところですね~」


「えぇ、分かっていますわ。早くラギュット山に向かい、聖女としての勤めを果たし――」


「あ、そうじゃなくてですね~。……ちょっと催してきてまして」


 空気が凍りました。

 そりゃもうビシッと凍りました。

 ニルヴィーさんの覚悟が台無しです。


 というか、それはそれで何気に緊急事態です。

 こんな狭い部屋の中でいたされてしまったら目も当てられません。

 阿鼻叫喚になること必至です。


 考えることを止めたニルヴィーさんに代わり、僕は扉の外へ声をかけることにしました。


「すいません」


「……なんだ?」


 ややあって返って来た声は、どうやら女性のようです。

 こちらが女子供だと思って、警戒がゆるゆるじゃないですか。

 いざとなれば強行突破も可能そうですが……今は止めておきましょう。

 その前に、エリーシェさんがゆるゆるであることをお伝えしなければなりません。


「連れの女性をお手洗いに連れて行って欲しいのですけど、なんとかなりませんか?」


「……少し待ってろ」


 そう言った後、タッタッタッと遠ざかっていく足音。

 上役に判断を仰ぎに行ったのかもしれません。


 ……あれ?

 となると、今外には誰もいないのでは?


「ちょ、ちょっとディータ!?」


 そーっと扉に手を掛けた僕を、ニルヴィーさんが慌てて止めようとしてきましたが


「いませんね」


 時すでに遅し。

 薄く開いた扉の隙間から、僕はすでに外の様子を確認していました。

 鍵も掛かっていないとは無用心どころじゃありません。

 あまりこうしたことに慣れていないのでしょうか?


 それはそうと、すぐさま外の様子を探ります。

 想像通り、小屋の付近に人影はありません。

 少し離れたところでは畑作業に従事している方々が見えますが、こちらを気にしている様子は見受けられないです。

 これ、逃げようと思えば逃げれちゃいますよ?


「だ、大丈夫ですの?」


 トスンと背中に重みを感じたと思えば、どうやらニルヴィーさんが僕の背中におぶさるように、外の様子を確認しに来たようです。

 背中に感じるニルヴィーさんの重さ……ちょっと辛いのですけど。

 まぁ僕はこう見えても立派な男の子ですからね。

 そんな情けないことを言うのは控えておきましょう。


「そのようですね。どうします? 今なら逃げられそうですけど」


 ただしそれは僕たちだけならばという話。

 ゾモンさん達なら「いいから逃げろ」と言うかもしれませんが、見殺しという判断を僕が下すことは出来ません。

 なによりエリーシェさんが納得しないでしょうし。


 となれば、エリーシェさんとニルヴィーさんの安全を確保したのち、僕が単独でゾモンさん達の救出に向かうのが良いですかね?

 せめてどこに居るのかくらいは調べておきたいところですが。


 そのように逡巡していると、走ってこちらに向かう女性の姿が視界に映りました。

 きっと見張りの方が戻って来たのでしょう。

 逃げ出すことを画策していたなどとばれぬよう、僕は急いで扉を閉めることにします。


 ――ゴツン


「あ……」


「痛ったぁ……ですわ……」


 どうやらニルヴィーさんが扉に頭をぶつけてしまったようです。

 背中の上に彼女がいることを忘れてました。

 頭を押さえて蹲ったニルヴィーさんが、涙目で僕を睨んでます。


「すいま――」


「なにをしている?」


 謝りかけたところで扉が開き、戻って来た見張りの方が怪訝な顔をしていました。

 まさか扉を開け閉めして頭をぶつけたとも言えませんし……。


「え、えっと……ちょっとした喧嘩です。お気になさらず」


 咄嗟に言うと頭を押さえたままニルヴィーさんも立ち上がり、僕の言い訳に便乗でしょうか。


「そうですわね。ちょっとした喧嘩です……わっ!」


「いぃっ!?」


 脛がっ!

 ニルヴィーさんが思いっきり脛を蹴ってきやがりましたっ!

 ぐぬぅ……っ!


 恨みがましくニルヴィーさんを睨みつけると「これでおあいこですわ」みたいな清々しい笑み。

 わざとじゃないことくらい分かるでしょうに、なんて大人気ない。

 今度エリーシェさんに頼んで、寝てる時に子守唄でもプレゼントして差し上げましょう。

 覚悟しておくといいです。


 そんな僕らのやりとりを呆れたように見ていた金髪エルフさんが、溜息を吐き出しながら結果を伝えてきました。


「手洗いには連れていってやる。ただし全員一緒だ」


 なんですかその罰ゲーム。

 なにが楽しくて人の排尿シーンなど見なければならないのでしょう。

 ちょっと引き気味にエルフさんを批難の眼差しで見つめると、その意味を察したのか、彼女は慌てて訂正してきました。


「ち、違う違うっ! 全員で行くのは、その後で長がお会いになるからだっ!」


「長? エルフさん達の族長ですか?」


 訊ねるとエルフさんが首肯したので、僕とニルヴィーさんは緊張の面持ちで顔を見合わせます。

 ひょっとしたら、なんらかの沙汰が下ってしまうのかもしれません。


「逃げようなどと思うなよ? こちらには人質もいるんだからな」


 しかしゾモンさん達を盾に取られてしまえば逆らうことも出来ず。

 ニルヴィーさんは苦虫を噛み潰したような顔で頷いたのです。


 そんな緊迫した雰囲気の中


「お話が纏まったのなら、早く案内してもらっていいですか~? もう、ちょっと出ちゃったかもしれないんで~」


 平常運転のエリーシェさんが、とんでもないことをカミングアウトなう。



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