54話 僕とエルフの長
エルフさん達の村は、とても長閑な場所でした。
森に囲まれた小さな集落はほとんどの家が木の上に造られているようで、まさに自然と共に暮らしているといった雰囲気。
その分地上には畑が広がり、今も青々とした野菜の葉が元気に育っているみたいです。
「本当に美男美女しかおりませんのね。貴族のパーティーなんかでも、ここまで見目麗しい者だけ集まることなんてありませんわ」
見張りの方に引き連れられて村の中を歩いていると、ニルヴィーさんが感心したように呟いていました。
確かに畑仕事をしている方も、道端でお喋りしている方達も。
皆が皆、とても整った顔立ちをしていらっしゃるようです。
色白で、黄金色の髪の毛で、スラリと細い手足。
子供やお年寄りを見かけないのは、以前ミントさんに御伺いした通り、エルフさんは寿命のほとんどを成態で過ごすからなのでしょう。
けれどやっぱり、温厚というには語弊があるほど、歩く僕達を見る目つきは険しいみたいです。
そんないっそ恨みがましい視線に晒されつつ村内を横断すると、大きなお屋敷が見えてきました。
このお宅は地面の上に建てられていることからみても、特別な場所だと窺い知ることができます。
「ここが長の家だ。人間用の手洗いはここにしかないからな。さっさと済ませて来い」
「は~い」
中に入るとさっそく場所を案内され、内股になりながらエリーシェさんがよちよち歩いて行きました。
どうやら間に合ったようですね。
聖女様の威信が地に堕ちるようなことにならず安堵でしょうか。
それにしても
「お手洗いって人間用とエルフ用があるんですか?」
思いがけない言葉に、思わず僕は聞いてしまいました。
だって記憶にある限り、「ここでは用を足せんっ!」などとミントさんがごねているところを見たことありません。
ひょっとしたら恥ずかしくて言い出せなかっただけかもしれませんけど。
するとエルフさんは蔑みの視線で
「人間の排泄物などゴミだからな」
排泄物にまで種族差別とはこれいかに。
エルフさんは排他的な種族みたいですけど、どちらにしろゴミに変わりはないのでは?
「きっと文化の違いでしょう。というか、貴方なんてことを聞いてるんですの?」
ニルヴィーさんは呆れ顔ですが、だって気になるじゃないですか。
ほとんど謎とされているエルフさんの生態です。
元賢者としては、知的好奇心がむっくむくなのですよ。
他にも色々聞いてみたいことはあるのですが、このエルフさんも友好的ではないご様子。
仕方なくキョロキョロしながら待っていると、エリーシェさんが戻ってきました。
「間に合って良かったですね」
「はい~。九割間に合いました~」
残り一割は……?
……。
そこから屋敷の一番奥まで連れていかれ、僕達はそこで待たされることになりました。
なんでも急用のため、長が出払ってしまっているそうです。
その辺りは確認してから連れてきて欲しいものですが、僕達は捕らわれの身ですからね。
贅沢は言ってられません。
「意外と質素ですわね」
待たされている間、室内を見回しながらニルヴィーさんが感想を漏らしました。
漏らした方もそれに同意でしょうか。
「そうですね~。長の部屋というくらいですから、もっと豪華なものだと思ってました~」
しかし確かに、かなり質素な造りとなっているようですね。
板張りの床には絨毯もなく、草を編んで作られたクッションもどきが人数分。
壁を見ても調度品らしきものは見当たらず、唯一誇らしげに掲げられているのは弓矢です。
あまり肉食のイメージはないのですが、狩りを得意とするのでしょうか?
そういえばミントさんも肉食系な感じでした。
僕が思っていたほど、彼女は例外的存在ではないのかもしれません。
そのまま三十分ほど待たされた頃、ようやく足音が近付いてきました。
少し気の抜けてしまっていた僕達は、居住まいを直して部屋の主の到着に備えます。
と、ガラガラっと勢い良く引き戸が開かれ、入ってきたのは男の……エルフさん、ですよね?
思わず疑問符を浮かべてしまうほど、その人物は他のエルフさんとは異なる容貌をしていらっしゃったのです。
髪は金色ですがボサボサに荒れており、生え散らかした髭も相まってワイルド風味。
肌はミントさん同様に褐色ですが、しかしこれはただの日焼けでしょう。
袖口からは、色白の素肌が見え隠れしてますから。
他の方が着ると神秘的な民族衣装も、この方が着ていると獲物から直接剥ぎ取ったようなイメージ。
一言で表すと山賊。山賊エルフさんのご到着なのです。
「ったく、とんだとばっちりじゃねぇかっ! いい加減なんとかしろよっ!」
「そう申されましても、相当ご立腹のご様子ですから……」
ドスドスと荒々しく入室してきた山賊エルフさんの後ろには、女性のエルフさんも付き添っています。
彼女は荒れている山賊エルフさんを宥めようとしているみたいですが、効果はあまりないみたいです。
何やら口汚く罵り、山賊エルフさんはドッカリと僕達の前に座って睨みつけてきました。
「んで、その原因になってんのがこの人間どもってわけだなぁ!?」
どの原因でしょうか?
まったく心当たりはありませんけど、山賊さんの眼力は凄まじいです。
隣のニルヴィーさんなど、目に見えて顔を青冷めていますから。
「え~と、貴方がエルフさん達の長さんですか~?」
もっともエリーシェさんには通用していないみたいですが。
いつでもどこでも、エリーシェさんはエリーシェさんなのです。
本当に彼女は大物ですね。
「あぁそうだ。で、てめぇは?」
「ミリアシス大聖国で聖女をやらされてるエリーシェといいます~。よろしくお願いしますね~」
「聖女だぁ? 俺の知ってる聖女はルクツィって女だ。てめぇじゃねぇぞ?」
訝しんできた山賊エルフさんに、隣の女性エルフさんが耳打ちします。
「グーダン様。それはもう百年前の話ですから」
「ちっ。そういやてめぇらの寿命は短けぇんだったな」
百年前の聖女様をご存知とは、さすが長命種。
少なくともこの山賊エルフ改めグーダンさんは、百歳を超えるお歳のようです。
「んで、その聖女様が何しにこんな森に入って来やがった? 森を焼いてる人間どもを代表して謝罪にでも来たか?」
「何度も申し上げましたが、それは私達には関わりのないことですわ」
「あぁんっ!?」
「ひぃっ……」
冤罪を訴えたニルヴィーさんがあえなく撃沈。
一睨みされただけで、縮こまってしまいました。
さりげなく僕の腕を掴んで隠れようとするのは止めて下さい。
僕を盾にする気まんまんじゃないですか。
「私達は神伝えの石を頂く為に、ラギュット山に登りたいだけなんですよ~。なので解放してくれませんか~?」
「ラギュット山……。神さんに会いに行くつもりか」
お!?
ということは
「ミリアシス様は本当にいらっしゃるんですね!? もしかしてグーダンさんはお会いになったことが?」
口出しを控えていた僕ですが、これは是非真偽を聞いておきたいところ。
そう思って訊ねてみると、なんか小馬鹿にされました。
「そりゃ居るだろ。つうか居るから会いに来たんじゃねぇのか?」
それはそうなんですけどね……。
でも教会だって半信半疑の存在ですもん。
僕なんかが知ってるわけないじゃないですか。
「まぁしかし、今は会えねぇだろうな」
「え? どうしてですか~?」
「神の御使い、神獣が暴れちまってるからな。さっきも村の近くまで来やがったから追い払ってきたんだが、アレがいる限りラギュット山にゃ登れねぇよ」
「神獣……ですか?」
グーダンさんの話では、それは森と大地の神としても知られる獣で、体長五メートルほどの巨大な獅子なのだとか。
普段は大人しい森の番人らしいのですが、今は大暴れしていて手がつけられないそうです。
「ま、てめぇらの自業自得でもあんだから諦めて大人しく帰るんだな。なぁに森の外までは送ってやる。女子供だけで帰らせるわけにゃいかねぇしよ」
「ちょ、ちょっと待ってください。女子供だけって……。ゾモンさん達は一緒じゃないんですか?」
すると粗暴ながらも快活だったグーダンさんの表情から、スーッと温度が消え失せました。
もともと鋭い眼力の持ち主ですが、今は鋭さに冷たさも混じり、人を殺せそうどころか殺した後みたいな恐ろしさを感じます。
とてつもなく嫌な予感。
じっとりと手を汗ばませながら待っていると
「残りの奴等には死んでもらう。こっちもそろそろ限界だからよぉ」
底冷えのする声で、グーダンさんはそう言ったのでした。




