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45話 お爺さんは奇跡を見た

 *****  貧民地区のお爺さん視点  *****


 はわわぁ。えらいことじゃあ。


 町に向かって魔物の大群が押し寄せてきておるのじゃあ。

 グロウシェルっちゅう魔物なんじゃが、あれが大移動をするのはある意味この国の風物詩。

 毎年北東から南東にお引越しするっちゅうのは、この国に住んでる者なら誰でも知っとることなのじゃ。


 そういえば若かった頃、今の婆さんと二人で見物に行ったことがあるのぅ。

 いつもであれば魔物なんて恐ろしいとしか思わんが、棲み処を求めて大群で荒野を駆けていく姿は、そりゃあ勇ましいものじゃった。

 なんというか、生命力溢れる力強さのようなものを感じたもんじゃわい。


 感動すら覚える美しく雄大な光景に、ついつい隣の婆さん(当時はまだピチピチの可愛い女子じゃったが)に


「お前のほうが綺麗だよ」


 なぁんて歯の浮くセリフをぶちかましたもんじゃ。

 もっとも


「魔物と比べるなんてどういうつもりっ!?」


 と引っ叩かれたがの。

 今となっては良い思い出じゃ。


 じゃがそれもこれも、遠目に見ているだけだったから思えた暢気な感想。

 その大群がこっちに向かって爆走中となれば、とてもじゃないが平静ではおられん。

 あんなものに巻き込まれたら、ワシの枯れ枝のような骨はあっというまにポッキポキ。

 万が一にも、生きて明日のお天道様を拝むことなど出来んのじゃからの。


「ほれ爺さんっ! はよぅ逃げんとっ!」


 長年連れ添った婆さん(今はヨボヨボで可愛げもなくなってしまったが)が、逃げ支度を済ませてせっついてきおる。

 家財道具を詰めた風呂敷を背負い、あとはワシの支度を待つばかりといったところじゃろう。

 じゃが


「婆さんだけ逃げてくれんか。ワシはもうダメじゃ」


 そう告げて、ワシは首を横に振って見せた。


「なに言うとるか爺さんっ! 今ならまだ間に合うじゃろっ!」


 呆れからか怒り顔でワシの腕を引いて立たせようとしてくるが、それは無理なんじゃよ婆さん。


「いだだだぁっ!」


「じ、爺さん……まさか……」


 引っ張られた勢いで腰に激痛が走った。

 もう慣れっこじゃが、痛いもんは痛い。

 ワシは申し訳なさと恥ずかしさが同居したような顔で、婆さんを見上げながら、痛む腰を優しく撫でて告白した。


「さっき腰をやっちまってのぅ……」


「ギックリ腰っ!? なんでこんな時にっ!!」


 そんなもん知らんわい。

 じゃがやっちまったもんは仕方ないんじゃ。


「そういうわけじゃから。すまんが婆さん、一人で逃げてくれんか」


 どっちにしろ、ワシも先は長くないじゃろうしの。

 ちょっとお迎えが早まっただけと思えば、まぁ諦めもつくわい。

 お迎えが魔物ってのは嫌じゃが。

 ピチピチでボンキュッボンな天使様が来て下さるとばかり思っておったのに、それだけが心残りじゃろうか。


 とそんなことを考えておると、ドスンと婆さんが隣に座った気配。

 何しとるんじゃと振り向けば、荷物を降ろして婆さんは笑っとった。


「本当に仕方ない爺さんだこと。一人残っては寂しいでしょうから、一緒にいてあげますよ」


「ば、婆さん……」


「思い出しますねぇ爺さん。初めて爺さんと一緒に出掛けたのが、グロウシェル見物でしたよ」


 ……前言撤回じゃ。

 皺くちゃになった顔で微笑む婆さんは、今でも十分可愛い。

 ワシ自慢の婆さんじゃった。


「ありがとうな婆さん」


「いやですよ。急に改まって」


 なんだか若い頃に戻ったような気持ちで婆さんを見ていると、心まで穏やかになってきた。

 こんな最後もええかもしれん。


 そんな風に考え始めた時じゃったろうか。

 不意に外が騒がしくなった。


 次から次に聞こえてくる、悲鳴のような叫び声。

 もう魔物が到達したかと覚悟したが、どうやらそうではないらしい。


「な、なんでこんなところにいらっしゃるんだっ!?」

「早くお逃げくださいエリーシェ様っ!!」


 聞こえた名前に、ワシと婆さんは顔を見合わせた。

 エリーシェ様?

 それはいつもワシらなんかを気にかけてくれる、心優しい天使のような少女。

 今回の聖選で聖女候補に選ばれたらしいが、それも納得というものじゃ。


 しかし、そのエリーシェ様が何故こんな時に?


「み、見て来ましょうか?」


「い、いや、ワシも行く。すまんが婆さん、背中を貸してくれんか」


 ワシに比べればまだまだ元気でしっかりしとる婆さんが、枯れ木のようなワシの身体を軽々と背負って外へ出てくれる。

 すると逃げることが出来ない者や、逃げてもどうしようもないと諦めている者。

 貧民地区に取り残された何人もの人間達が、一様に東口の物見櫓を見ておった。


 遠くまで見通せるようにと高く作られている木造の物見櫓。

 その舞台の上には真っ白い修道服を着たエリーシェ様が、桃色の髪をなびかせて遠く地平線を睨みつけていたのじゃった。


 なにをしとるんじゃ……?

 グロウシェルは、もう肉眼ではっきり見える所まで近づいておる。

 あと五分もしないうちに、この貧民地区へ辿り着いてしまうことじゃろう。

 そんな一刻を争う時に、死んではならん方が一番死に近い場所に立っている。

 ワシにはそれが、不思議でしょうがなかった。


「大丈夫なのかアイツ」


「……だいじょうぶ」


 可愛らしい声に横を見れば、いつのまにか小さな幼女とローブを着た少女が隣に立っておった。

 どうやらこの子らも、エリーシェ様を見て心配しているようじゃ。

 更にもう一人。

 ローブの少女に捕まるようにして、少年がキラキラ目を輝かせておった。


「凄いですね~! 本当に入れ替われるなんて~!」


「ま、まぁな。ところでお前、体調は悪くないのか? 病は身体依存の筈だし、ディータは相当具合悪そうだったが」


「ん~、頭がガンガンしてますし~、なんだかフラフラしますけど~。これって病気なんですかね~」


「そ、そうか……。馬鹿は風邪をひかないと言うが、風邪をひかないんじゃなくて気づかないだけなんだな。一つ勉強になったぞ」


「それよりお二人は逃げなくていいんですか~? ディータさんは確実じゃないからと、お二人には逃げるように言ってたと思うんですけど~?」


「お前にもな。ま、こうなった以上見届けてやるさ。アイツならなんとかしてくれるだろ」


「……ん。にぃ、つよい」


 何故この娘達は逃げようとしないのじゃろう?

 そう考えておると、オカマ言葉の少年が突然黄色い声をあげた。


「それより見て下さい~! きゃ~! 大胆ですね~!!」


 何事かと少年の視線を追ってエリーシェ様に目を戻すと、信じられない光景が目に飛び込んできおった。


 物見櫓の上にいるエリーシェ様が、なんと自らの服をビリビリと破き始めておったのじゃ。


 ご乱心!

 エリーシェ様がご乱心じゃっ!


 取り乱すワシをよそに、普段は全身を覆い隠している白い修道服。

 それがドンドンと破き捨てられ、服よりも白くて透明感溢れる生肌が露出していく。

 そしてあれよあれよと言う間に、すっかり裸同然になってしまっておった。


 エリーシェ様、着痩せするタイプだったんじゃな。

 予想外に豊かなお胸に、むっちり白い太ももまで露わとなったなら、ワシの視力も回復せざるを得んわい。


 それでも色気よりも清楚さが勝るあたり、さすがは聖女候補というところじゃろうか。

 まるで生贄に捧げられる乙女といった様相じゃ。


 そのエリーシェ様が今度は片手を腰にあて、もう片手を天高く掲げられた。

 いったい何をするつもりなのかと、いつの間にか周りの者達も固唾を呑んで見守っておる。

 もうグロウシェルの大群が押し寄せてきていることなど、どうでもよくなっておるのじゃろう。


「いきますっ! スキル、セクシーダンスっ!!」


 と、なにやら高らかにエリーシェ様が宣言し、なんと腰をくねくね揺らし始めたのじゃ!

 テンポ良くほっそりした腰が左右に振られ、そのたびに破けた裾から色々見えそうになっておる。

 豊かなお胸がぽよんぽよん弾むと、なんだかワシの身体に活力が漲ってくるようじゃ!


 眼福。

 圧倒的眼福なのじゃ!


 ワシの視力は若い頃の力を取り戻し、今やエリーシェ様の一挙手一投足を見逃すまいと釘付けになっておった。

 それは周りの者達どころか魔物達も同様のようで、全ての視線がエリーシェ様に注がれておるのが分かる。

 心なしか、魔物達の速度も落ちているようじゃった。


 ゆっくりと、引き寄せられるようにエリーシェ様へと向かうグロウシェルの大群。

 それを確認するとエリーシェ様は天女の舞を中断し、魔物に背を向けなにやら呟かれた。


「だ~るまさんが~こ~ろん……だっ!!」


 ――ワシは今、奇跡を見ているのじゃろうか?


 まさに今、エリーシェ様に殺到しようとしていた魔物の大群。

 なのにエリーシェ様が振り返ったと同時、全ての魔物がピタリとその動きを止めたのじゃ。


「お……おぉっ!! 聖女様だっ!! やはりエリーシェ様こそ、本物の聖女様なんだっ!!」

「奇跡だっ!! 聖女様が奇跡を起こされたぞっ!!」


 死を待つばかりだった群衆が、俄かに沸き立った。

 それはもちろんワシも同じで、感動のあまり魂が口から抜け出しそうなほど。


「じ、爺さんっ!」


「い、いかんいかんっ! あまりに神々しすぎて昇天しかけたわいっ!」


 それは誰が見ても奇跡であり、誰が見ても神の御業としか思えなかったのじゃった。



 ……。



 あの後は、駆けつけた聖堂騎士様達が動きを止めたグロウシェルを片っ端から駆逐しとった。

 全て殺しきるまで四時間ほどかかったようじゃが、誰一人傷つくこともなかったじゃろう。

 なにせ相手は動けぬ魔物。

 怪我をするほうが難しいというものじゃ。


 こうしてこの国を襲った未曽有の危機は、聖女様のお力によって事なきを得たのじゃった。


 余談じゃが、エリーシェ様が踊られた舞は『荒鎮めの舞』

 グロウシェルの大群を静止させたお言葉は『聖なる真言』として、今後永きに渡りミリアシス大聖国に語り継がれていくことになる。


 町のどこかでは、今日も子供たちが遊ぶ声が聞こえるじゃろう。


「グ~ロウシェ~ル~と~まった~っ!」


 とな。


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