43話 僕は病に伏せってしまいました
朝起きると体調が悪化していました。
喉はイガイガ、身体はフラフラ。
頭も痛いですし、完全に風邪でしょう。
ですので今日は、朝からずっとベッドの中。
動くことが出来なくなっていました。
「す、すまなかったな……」
ベッドから起き上がれない僕を、横にいるミントさんが申し訳なさそうに見ています。
こうなった原因の大半は彼女ですが……まぁ仕方ないですかね。
悪気があったわけではないと思いますし、半分くらいしかふざけてなかったと思いますから。
だから俯いてしまっている銀色の髪を、僕は撫でてあげることにしました。
「私のせいだ……。なにか私に出来ることがあれば、なんでも言ってくれ」
ちなみにシフォンはここにはいません。
病気が伝染ると大変なので、空いていた隣の部屋を借りてそちらに行ってもらったのです。
ミントさんにもそうしてもらうつもりだったのですが、エルフ種は病に強いらしく。
なにより僕の看病がしたいと、朝からずっとベッド脇で見守って下さっていました。
「そんなに気にしなくていいですよ」
「そういうわけにもいかん。……そ、そうだ。熱があるから寒いだろ?」
「まぁゾクゾクはしてますけど……って、なんで服を脱ごうとしているんですか」
「寒い時は人肌で温めるのが一番なんだぞ? エルフの常識だ」
「大丈夫ですので止めてください」
すると尖耳がしゅんとうな垂れてしまいました。
今回は善意100%だったみたいですが、普段が普段ですので判断が難しいところです。
もっとも善意だけと知ったところで、そんなことをしてもらうわけにはいかないですけど。
いくら病に強いとはいえ、ピッタリ寄り添ってしまったら伝染らない保証はないですから。
「無駄に歳ばかり重ねて、私はなんにも出来ないんだな……」
落ち込むミントさんですが、そんなことはありません。
シフォンと二人だけの旅だったら、もっともっと僕は大変だった筈です。
それにロコロルの町では、危うく騙されそうになったところを助けてもらいました。
本当は、いつも感謝しているのですよ?
言葉にすると、ミントさんが『よし来い』モードになってしまうので言いませんけど。
「でしたら、お願いをしても良いですか?」
「あ、当たり前だっ! よし来いっ!」
バッと顔をあげて心強いご返答のミントさん。
なんだか初めて『よし来い』という言葉が本来の意味で使われた気がします。
キラキラと目を輝かせ、それこそどんな願いでも叶えてくれそうな態度のミントさんに、僕はテーブルの上を指し示しました。
そこにあるのはトランプ。
あの後、なんとか最後まで完成させておいたものです。
「あれを、僕の代わりに売ってきてもらえませんか?」
「う、売ってしまうのか? あれは遊ぶために作っていたんじゃ?」
これは、僕の考えたお金を稼ぐ手段のひとつ。
現状ではギルドで仕事を受注出来ませんし、出来るようになってもこの辺りでまともな仕事はなさそうですから。
ならば異界の遊びをお金に出来ないかと考えた結果、試しにトランプを売ってみようという結論になったのです。
幸いなことに『だるまさんが転んだ』は、こちらの子供達にも受け入れられていました。
遊ぶということに関して、異界とこちらで差異はないのです。
きっとトランプも、受け入れてもらえるでしょう。
そのように説明すると、ミントさんは少し難しいお顔。
駄目でしたか? 僕の考えは。
「いや。悪くないとは思うんだが……」
「だが?」
「これだけ渡されてもどう使うものなのか分からないぞ? それに売れたとしても最初だけだ。すぐに類似品を大量に生産され、お前の稼ぎにはならなくなる」
そう言われてみればそうですね。
なら何種類かの遊び方を書き記して同封しましょう。
類似品が出回ってしまったなら、それは仕方ないのでは?
また別の遊び道具を作り、その都度売るでは駄目なのでしょうか?
「甘いぞディータ。そんなことでは、いつまでたっても暮らし向きは楽にならん。だが売り方を間違えなければ……大金持ちにだって成れる可能性を秘めているんだ」
「トランプ一つでですか?」
「あぁ」
ミントさんが言うには、ただ売るだけじゃ駄目。
国や商会に持ち込んで、専売許可を取得するべきだというお話でした。
そうすれば他の人が勝手に類似品を作ることを防ぐことができますし、こちらが販売許可を出すことで僕達にもお金が入ってくる仕組みを作れるとのこと。
なんだか良く分かりませんが、それは凄いことなんだそうです。
「だが商会にツテはないからな……いやそうか。マルグリッタなら……。もうひとつくらい後ろ盾が欲しいところではあるが……」
なにやらブツブツと考えこみ始めてしまったミントさん。
僕だけでは精々が銀貨一枚程度にしかならないトランプを、彼女は必死に高く売り込もうとしてくれているのです。
やっぱり……
「ありがとうございます。ミントさんには、いつもいつも助けて頂いていて。貴女が一緒にいてくれて、本当に良かったです」
僕は日頃の感謝も込めて、お礼を伝えることにしました。
すると尖耳がピクピクっと小さく震え、ミントさんが嬉しそうな気恥ずかしそうな。
複雑な表情を作りました。
「わ、私も……。お前が側にいてくれるおかげで救われている」
救われる、という感覚は分かりません。
でもモジモジして視線を泳がせている姿は、それが本心だと雄弁に語っているようで。
だからきっと、こんな僕でもミントさんのお役に立てているのだと信じられました。
「これからもよろしくお願いしますねミントさん」
差し出した手はガッチリ握り返され「あぁ!」と弾んだ声でミントさんは頷いたのでした。
「トランプのこともお任せします」
「分かった。上手くやってみせるさ」
「頼りにしてます。何かトランプのお礼も考えておきますね」
「お、お礼だとっ!? トランプの代わりに僕をめくって的なアレかっ!? なんて美味しそうなっ!!」
「よし来いっ! ……ですか?」
いつもの発作が始まったので茶化して言うと、意表を突かれてビックリしてから。
優しく目を細めて、ミントさんは穏やかに微笑みました。
「お前が来てくれなくても、こっちから行ってやるさ。覚悟しておけよ?」
どこに行くのか分かりませんが、ククッと喉を鳴らす姿はとても楽しそうで。
僕とミントさんは、一緒になって笑い合ったのでした。
それからほどなく。
トランプを持ったミントさんは、シフォンを連れてお出かけしました。
トランプを売る前に、子供達と一緒に遊んでみるそうです。
エリーシェさんのお手伝いをしつつ、トランプの評判を確かめる。
合理的な行動ですね。さすがです。
部屋に一人残された僕は、窓から聞こえる町の喧騒に耳を傾けつつ。
ゆっくりと眠りに落ちるのでした。
……。
「おいっ!! 起きろディータっ!!」
激しく身体を揺すられる感覚。
耳元では、聞きなれた褐色エルフさんの声が僕を呼んでいます。
頭がガンガンするので静かにして欲しいのですが……。
そう思いながら瞼を開くと、やけに焦り顔のミントさんと心配そうなシフォンの姿が目に飛び込んできました。
何事でしょうか。
「どうしたんです?」
というか、凄まじく頭が痛いです。
それに視界がフラフラどころかグラグラ揺れ、熱も酷そう。
かなり悪化してますね……。
「立てるか!?」
「無理です」
すると余計に焦りを募らせるミントさん。
何故でしょう。どうして僕を立たせようとするのですか?
「大変なんだっ! すぐに逃げなければならんっ!」
「逃げるって……何をしたんですか」
「わ、私は何もしてないからなっ!?」
あわあわするところが実に怪しいですけど、今度は窓の外からも異常を知らせる音が飛び込んできます。
キャーキャーと騒ぐ人々の声。
怒鳴りあう男性の声。
走ったりぶつかったり。とにかく様々な音。
「何があったんですか?」
さすがにこれはただ事ではないと、ようやくはっきりしてきた頭が認識してくれました。
そしてミントさんに視線を向ければ、彼女は窓から遠くの空を睨みつけています。
僕もつられて外を見ますが、何もおかしなところはありません。
ただ地平線が……黒い?
真っ黒な地平線が土煙をあげているような……。
不思議なその光景に、ミントさんがポツリと呟きました。
「こっちに向かっているそうだ……。グロウシェルの大群が」




