41話 僕は言い忘れていたようです
「わ、私は知っていたぞ? 当然だろ!」
宿に戻ってエリーシェさんが聖女候補だと知っていたかミントさんに訊ねたところ、どうやら彼女も知らなかったみたいです。
まぁそうでしょう。
知っていたら、あんなに気軽な接し方は出来ないでしょうし。
「な、なんだその顔は。さては信じてないな?」
「だってミントさん。嘘をつくと、左耳だけピクピクするじゃないですか」
「な、なんだとっ!?」
指摘してあげると、ミントさんは慌てて自分の耳に触れて確認中。
正直なお人柄がうかがえます。
「冗談ですけどね」
「だ、騙したのかっ!? 私の心を弄び……弄ばれているのかっ!? よし来いっ!!」
何が「よし」なのかさっぱり分かりませんが、今日もお元気そうでなによりです。
「明日もエリーシェさんのお手伝いに行くんですか?」
ベッドの上で大の字になってしまったミントさんは放っておいて、僕はシフォンに尋ねてみました。
彼女が聖女候補だと知った今。昨日までとは状況が違うでしょう。
気安く話しかけるのも躊躇われますし、お手伝いを続けるということはエリーシェさんの支援者と見なされても不思議じゃありません。
白昼堂々と宣戦布告なんてしてきたニルヴィーさんが妨害工作を仕掛けるとは思いませんが、自ら敵を作る必要もないのです。
しかし打算も計算もないシフォン。
「……んっ!!」
グッと突き出した親指には、なんの躊躇いもありませんでした。
「まぁそうですよね。でも気をつけて下さい」
言いながら頭を撫でてやれば、シフォンは目を細めてご機嫌なご様子。
ちゃんと分かってくれているか不安です。
するとベッドから半身を起き上がらせたミントさんは、僕の意を察してくれたようで。
「私も一緒だ。心配しなくても良いぞ」
と心強いお言葉を下さいました。
「よろしくお願いします。何もないとは思いますけど」
「それは……何とも言えんがな」
おや?
ミントさんは僕とは違う見解をお持ちなのでしょうか。
あの気位が高そうで、でもどこか抜けていそうなニルヴィーさんを思い浮かべれば、彼女が姑息な手段に出るとは思えないのですけど。
そんな僕の考えを読み取ったのか。
ミントさんは、はぁっと溜息を吐き出しました。
「お前は人を信じすぎだ。追い詰められた人間なんて、何をするか分かったもんじゃないぞ」
信じすぎと言われてしまったら、ついこの間騙されかけた僕は何も言い返せないじゃないですか。
それになんとなくミントさんの言葉には、経験からくる真実味のようなものを感じました。
ですが、一番気になった部分はそこじゃありません。
「追い詰められた……ですか?」
エリーシェさんにその気があるかは別として、聖女候補として争っているお二人。
確かにエリーシェさんの人気は凄いものがありますけど、ニルヴィーさんだって負けてません。
街中で演説していた時は、多数の民衆に囲まれていたのですから。
と、僕は思っていたのですが
「支持者層の違いだ。ニルヴィーって女は、演説の内容からも富裕層の支持狙いだろう。逆にエリーシェは、貧困層からの支持を集めている」
「まぁそんな感じはしましたけど」
「この国は豊かなほうだが、それでも富裕層が貧困層より多いなんてことはあり得ないのが世の常だ。比率で言えば、富裕層が三割。貧困層が七割ってとこじゃないか?」
そう言われると、確かにそうかもしれません。
綺麗に整備された街の中心近くに住む人々。
東側を縦断する川を挟んで、その外側に住んでいる人々。
どちらの方が多いかと聞かれれば、圧倒的に外側の人々です。
仮にその方々の半分しか投票に参加しないとしても、エリーシェさんの当選は揺るがないでしょう。
「で、でも。ニルヴィーさんが何かするとは……。仮にも聖女候補さんなのですから」
「だといいけどな」
宣戦布告をした彼女には、騎士が決闘を申し込むような清々しさがありました。
だから僕は信じたいのですが、百年以上も生きているミントさんの言葉には重みがあります。
聖選なんて僕たちには関係のない事柄ですが、それでもエリーシェさんは素晴らしい方だと感じました。
何もなければ良いのですが……。
「ま、取り越し苦労の可能性の方が大きいだろ。こんな時期に何かあれば、真っ先に疑われるのは自分だって分かってるだろうし」
「で、ですよね」
「それに、どちらにせよ私達には関係のない話だ。それよりも、お前がさっきから何をしているのか。私には、そっちのほうがずっと気になるぞ?」
と言いながらミントさんは僕に近寄り、覗き込むように手元を見てきました。
シフォンも気になっていたのか、つられて一緒に覗き込んできます。
実はさっきから、僕はずっとテーブルの上で工作中なのです。
紙を同じ大きさに切り揃え、一枚一枚に数字とマークを書き込む作業。
地味な作業ですが、それをコツコツ続けていました。
何を作っているのか?
僕は遊び人ですからね。
当然これも遊び道具の一つ。
その名も
「トランプです」
「トランプ?」
テーブルの上に顎を乗せていた二人の顔が、同時にコテッと傾きました。
「知らないのも無理はありません。これも異界の遊びですから。使い方は色々あるのですが――」
そうして、これでどんな遊びが出来るのかご説明しようとした刹那。
弾かれたようにミントさんが立ち上がっていました。
その勢いでテーブルがガタッと揺れたので、せっかく作ったトランプがパラパラと落ちてしまったじゃないですか。
何事ですか?
「お、お前っ! 今サラッととんでもないことを口走らなかったかっ!?」
……はて?
「異界っ!? 異界ってなんだよっ!! ちょっと詳しく説明しろっ!!」
あ。
そういえば、異界に行ってしまったという話はしてませんでしたね。
別にミントさんに隠す必要はないと思いますが、言うほどのことでもなかったので。
と僕は気軽に考えていたのですが、ミントさんはグイグイ迫ってきます。
全部話せ。白状しろと、そりゃあもう凄い勢いで。
なので作業を一時中断し、僕はあの不思議な世界のことをミントさんに語って聞かせることにしたのです。
途中途中で色々質問をされましたが、隣のシフォンが「そんなことも知らないのか?」みたいな顔で答えているのが印象的でした。
なんとなくですが、シフォンはミントさんをライバル的な感じで見ているのかもしれません。
七歳児にライバル視される百歳児……ま、まぁ、深くは考えないようにしましょう。
とにもかくにも語り終えた僕。
熱心に聴いていたミントさんは、なにやらブツブツ呟きながら天を仰ぎ。
かと思えば、急に僕の両手を取りました。
「よし行くぞっ! 私もその世界を見てみたいっ!!」
まぁそうなりますか。
探究心旺盛なミントさんですから、こうなるのは自明の理。
かくいう僕も、また行ってみたいとは思っていますが
「もう少し落ち着いてからにしましょう。あのスキルについては分からないことが多すぎますし、無事に戻ってこれる保証もありませんから」
という結論なのです。
少なくとも、数日は戻って来れなくなっても問題のない環境。
周りに人のいなさそうな広い湖。
余裕のある金銭。
この辺りは必須でしょう。
そのように諭すと
「ぐ……確かに一理ある……。だが絶対だぞっ!? 次は絶対私も連れて行ってくれっ!!」
不承不承ながらも、納得してくれたようです。
当然ながら、シフォンも同行する意向を固めた様子。
出来れば危険なのでシフォンは残していきたいのですが、彼女は異界のお菓子を思い出しているのか。
ぽわーっとした表情を見るに、恐らく説得は不可能でしょう。
と話が一段落したところで、今日の遊び時間。
トランプはまだ完成していないので、最後のごっこシリーズ。
『入れ替わりごっこ』を試してみる所存です。
実際は他にも『戦隊ごっこ』『忍者ごっこ』などなど種類があるのですが、なにぶん戦隊も忍者も存じません。
それに片っ端からやっていては、キリがありませんから。
あまり良い思い出のない『ごっこシリーズ』は、この辺で終わりにしておきたいのです。
さて、この『入れ替わりごっこ』
内容は単純で、タッチした瞬間に相手と自分が入れ替わるという設定で遊ぶらしいです。
例えば僕とシフォンがタッチしたら、僕はシフォンになりきる。シフォンは僕になりきる、という感じですね。
「これは簡単そうだな。じゃあ私とディータでやってみるか?」
僕とミントさんですか?
ミントさんになりきるとなれば『よし来いっ!』節を炸裂させなきゃないので、ちょっと難易度が高い気がしますが……。
まぁしかし、やってみましょう。
「分かりました。ではいきますよ」
そんな合図とともに僕の手の平とミントさんの手の平がパチンと合わさり
「……あ、あの。本当に入れ替わってるんですけど……」
スキルが発動してしまったのでした。




