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29話 僕は仕事が欲しいのです

 ポードランから出発して、船に揺られること五日間。


「や、やっと……着いたか……」


「……んっ!」


 僕達は、ヴーディッシュ大陸の海の玄関口。

 ロコロルの港町で、久しぶりの大地を踏みしめていました。

 若干一名、出航する時とは別人のようにヘロヘロになっていますが、船酔いのようですね。

 森の民に船上の生活は辛かったみたいです。


「は、早く宿を……揺れないベッドを私にくれ……」


「そうしましょうか」


 僕は船旅には慣れていますし、時折ボーッとしていましたので疲れていません。

 しかしミントさんのことを思えば、まずは宿を探すべきでしょう。


 忙しなく荷物を運ぶ水夫さん達にぶつからぬよう、僕達はそそくさと町の中心へ向かいます。

 さすがは港町ですね。

 どこもかしこも活気に満ち溢れています。


「……んっ!?」


 露店に並ぶ品々も珍しいものばかりで、何かを見つけるたびにシフォンが引き寄せられるのが難点でしょうか。

 今度は、宝石のようにキラキラ光ったお菓子に目を奪われていました。


「シフォン。まずは宿探しですよ」


「……や」


「や、じゃないです。早くしないとミントさんが大変なことになってしまいます」


 いまだにフラフラと足元の覚束ないミントさん。

 しっかりフードを被っているので表情は見えませんが、口元を押さえる仕草をしているので、どんな顔かは想像に難くありません。

 シフォンもそんな彼女の姿から、二日前のリバースレイン事件を思い出したのでしょう。

 サッと顔を青くし、宿屋探しをお手伝いしてくれる気になったようでした。


「……す、すまないな……うぷっ」


「いいから喋らないで下さい」


 いつもの『よし来い』節すら出てこないので、相当にやられてしまっているのでしょう。

 早く休ませてあげなければなりません。


 町の中心から宿屋通りは、すぐにみつけることが出来ました。


 その中でも安めの宿を取り、とりあえず入室です。

 どうやら今は繁忙期らしく、取れた部屋は一つだけ。

 ベッドは二つあるので、一つがミントさん。もう一つが僕とシフォンでしょうか。

 お金に余裕があるわけでもないので、節約にも丁度良いかもしれません。


「安い割りに良い部屋ですね」


 さっそくベッドにミントさんを寝かせると、彼女は安心したように目を瞑っていらっしゃいました。

 ローブもようやく脱ぐことができ、横たわりながらも嬉しそうに尖った耳がピクピクしています。

 それをシフォンがちょんちょん突っつき、なにやら楽しげですね。

 でも


「ミントさんを休ませてあげましょう」


「……ん」


 あまり悪戯しても悪いです。

 今はそっとしておいたほうが良いでしょう。


 もう一度ミントさんのお顔を拝見し、顔色が良くなってきたのを確認してから僕は出かけることにしました。

 安定した生活のため、まずはお金を稼がなければならないのです。


 デビルボアの討伐で得た報酬はほとんど残っていますが、もう持ち家ではないですから。

 なるべく早く収入を得る方法を探さなければ、いずれ路頭に迷ってしまうでしょう。


「ではシフォン。ミントさんをお願いします」


「……んっ!」


 ビッと両手の親指を立ててバッチコイ状態のシフォンを頼もしく思いながら、僕は外へと向かいました。

 まず訪れるべきは、当然この町のギルドです。

 そこで新たにギルドメンバー登録をし、仕事を受注出来るようにしなければなりません。


 正直なところ、不安はありませんでした。

 デビルボアの討伐に関しては偶然でしたが、しかしケルベロスの討伐。

 あれに関しては、はっきりと遊び人の力が通用したと言って良いでしょう。


 こと攻撃に関して言えば、賢者だった時の力を凌いでいるのです。

 ……遊び人って戦闘向きの職業だったんですね。

 驚きです。



 ……。



「遊び人ですか? はい、登録は構いませんが……お仕事が出来るとは……」


 ロコロルのギルドに到着してさっそく冒険者登録を済ませたのですが、カウンターのお姉さんの反応は芳しくありませんでした。

 ははぁん? さては遊び人の力をご存知ない?

 なかなか馬鹿にしたものではないのですよ?


「大丈夫です。遊び人スキルも大分覚えましたし、戦闘面でもお役に立てるかと」


「はぁ……」


「こちらでの登録は初めてですが、恐らくBランク相当の実力はあります。ですので、パーティー募集にはそのように記載してもらえませんか?」


「えぇと……すいませんが、実績もなくそのように言われましても……」


 ……駄目ですかそうですか。

 僕にしてはかなり頑張った交渉だったのですが、やはりお姉さんは首を縦には振って下さいませんでした。

 無念であります。


 しかしここで実績を積めば、その力を信じてもらうことも可能でしょう。

 いきなり高額報酬の依頼を受けたいと思ったのが間違いなのです。

 気が逸り過ぎていました。反省。


 気を取り直してDランク遊び人として登録してもらった僕は、さっそく依頼掲示板に目を通します。


 -------------


【荷物の積み込み手伝い】


【家の大掃除手伝い】


【泥棒の捕縛】


【商隊の護衛】


 -------------


 おや?

 実力を示そうにも、ろくな依頼がありません。


 あえて言うなら商隊護衛ですが、これだと遠出する必要があるでしょう。

 ミントさんとシフォンを残してはさすがに受けられません。


「もっとこう魔物の討伐とか、洞窟探索とか、そういうのはありませんか?」


 再びカウンターのお姉さんに聞いてみることにします。

 どうやらお姉さんもそんなに忙しい様子ではなく、丁寧に教えて下さいました。


「この辺りはミリアシス様のご加護がありますから、魔物の数が極端に少ないんですよ」


 あぁそういえば、以前もそんな話を聞いたことがあります。

 人を司る女神『ミリアシス』様の加護が、このヴーディッシュ大陸一帯を覆っているのだとか。

 恐らくは聖ミリアシス教の総本山。ミリアシス大聖国が近いことも関係しているのでしょう。


「もっとも最近は聖女様がご不在なので加護が薄れ、魔物の報告も少しずつ増えてしまっているんですけどね」


「そうなのですか?」


「えぇ。今は聖堂騎士様や国の兵士さん達だけでなんとかなっていますが、ギルドにそういった依頼が増える日も近いって言われてます」


 僕としてはお仕事が増えそうで嬉しいのですが、喜んでいられる状況ではなさそうです。

 特に魔物の被害が少なかった土地のようですから、いざ魔物が現れたら防衛手段も乏しいことでしょう。


 とはいえ、今のところ受けられそうな仕事がないことに変わりはありません。

 これは本格的に、大道芸でも身につける必要があるでしょうか。


「お忙しいところありがとうございました」


「いえいえ。またいらして下さいね。可愛い冒険者さん」


 手を振って見送るお姉さんに背を向け、僕はギルドを後にすることにします。


 さてどうしましょうかね。

 これではまともな収入を得られそうにありません。


 思い悩みながら宿へ戻ろうとしたところ、不意に後ろから声をかけられました。


「やぁ君。なにか仕事をお探しかい?」


 振り返ると、そこにいたのは身なりの良い紳士でした。

 ピシッとしたタキシードのような服装を纏い、モノクルというのでしたか?

 片方の目だけ、眼鏡をかけていらっしゃるようです。

 ちょっと格好良いですね。憧れます。


「はい。仕事を求めてギルドに行ってみたのですが、受注出来そうなものが見当たらず……」


「それは奇遇ですね! 実は今からギルドに仕事を発注しようと思っていたところなのですよ!」


 なんとなく大仰な身振りですが、彼はニコニコと友好的な眼差しを僕に向けています。


「もし君さえよろしければ、直接君にお仕事を頼もうと思うのですがいかがですかな?」


 それは有難い話です!

 でも、僕にも出来る仕事でしょうか?

 魔物の討伐なら多少自信はありますが、力仕事やお掃除などは……。


「大丈夫です! むしろ君のような方にピッタリのお仕事ですよ!」


「な、なら……話だけでも聞かせてもらっていいですかね?」


「えぇえぇもちろんです! ただ往来で話すようなことではありませんので、職場までご足労いただいても?」


 それもそうですね。

 場合によっては、守秘義務の発生する内容かもしれませんし。


 チラッと太陽の位置を確認すれば、また日暮れまでは十分時間がありそう。

 話を聞いて帰るだけなら、そう遅くなることもないでしょう。


「よろしくお願いします」


 なので僕は、この紳士について行くことにしたのでした。



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