28話 僕はポードランに別れを告げて
「というわけで、ミントさんのお手伝いは出来なくなってしま……聞いてますか?」
日が昇るのを待ち、僕はミントさんのお家を訪ねていました。
理由はもちろん旅立つことの報告と、研究をお手伝い出来なくなったことへのお詫びです。
ラシアさんに用意していただいたお菓子をお渡しし、その説明を今まさにしているところなのですが……。
「聞いているぞ」
まともに聞いてくれません。
何やらあっちでゴソゴソこっちでガサゴソと、家の中を駆けずり回っていらっしゃるのです。
ちょっとタイミングが悪かったのでしょうか。
今日のミントさんは、とてもお忙しいようで。
「とにかくそういうことですので、本当に申し訳ありま――」
「よし、準備出来たぞっ!」
聞いて下さい。
あんまり無視されると泣きますよ?
今の僕は、涙腺ゆるゆる状態なんですからね?
「なにをしょんぼりしている。ほら、行くんだろ?」
「え、えぇ。もう行かなければならないのですが……そのお姿は?」
見ればミントさん。
いつもの民族衣装の上からすっぽりフード付きのローブを羽織り、背中にはパンパンに膨らんだ大きな荷物を担いでいました。
はて。お出かけでしょうか?
「お忙しそうだと思ってましたが、ミントさんもお出かけだったんですね。悪い時に来てしまいました」
「……?」
「……?」
何言ってんだコイツみたいな顔で見られても困ります。
せめて最後は笑顔でお別れしたいのですが。
まぁ仕方ありませんか。
別れを告げて、早々に立ち去ることとしましょう。
「では、もうお会いすることもないかもしれませんがお元気で。ミントさんの魔法研究が成就することを、遠い空の下より願っています」
「なんでわざわざ遠い空の下なんだ? 隣で願えよ」
「いやですから、僕はこの大陸から出なければならないと」
「だから、それに着いて行くと言っているだろ?」
「聞いてませんが?」
着いて来る? ミントさんが? 僕達に?
この出支度は、そのためのものだったんですか?
ホワイ?
「当たり前だろ! 私の研究には、お前の遊び人スキルがどうしても必要なんだ! なんだ? 嫌なのか?」
「い、いえいえ! 嫌なんてことは決してありませんが……」
「そ、そうか! 分かったぞっ! 肉便器としてなら連れていってやるとそういうことだなっ!? なんて酷い奴なんだっ! よし来いっ!!」
相変わらずこの銀髪エルフさんは少し頭がアレっぽいです。
何を言っているのかさっぱり分かりません。
ですが、どうやら着いて来るという意志は変わらないようで。
「楽な旅にはならないかもしれませんよ? 行き先すら決めてないですし」
「構わない。どうせここにいたってこれ以上の進展はないのだしな。しかし、行き先も決まってないのか」
すると顎に手をあて、ふむ、とミントさんは考え込み始めました。
長く尖った耳がピクピクしていて、とても愛らしいお姿です。
「ならば、ヴーディッシュ大陸に行かないか?」
「ヴーディッシュ大陸……ですか? あそこは確か、ロッケンヒル連合の領土でしたかね」
「あぁそうだ。その連合を纏め上げているのがミリアシス大聖国。人間を司る女神『ミリアシス』を崇める宗教国家だな」
僕も一度、ディアトリさん達と足を運んだことがありました。
残念ながら僕は聖女様と直接お会いすることは出来ませんでしたが、とても美しい国だったと記憶しています。
あぁ、そうですね。
あの国であれば治安も良いですし、シフォンの安住の地として良いかもしれません。
「僕はそれでも構いませんけど、ミントさんは何かご用事が?」
「あそこは私の苦手とする聖魔法が盛んだからな。研究も捗るだろう。それに、少しだけ伝手があるんだ」
「なるほど」
そういうことなら反対する理由も特にないです。
……あれ?
なんかもう、ミントさんが一緒に来ることが決定してしまっているような……。
「な、なんだよその目はっ! 今更着いて来るなとか言っても遅いからなっ!?」
グルルと喉を鳴らせて威嚇してくる彼女ですが、小動物のようでまったく迫力がありません。
危険な旅になるかもしれないのに、連れて行って大丈夫なのでしょうか。
不安です。
「だ、大体だなっ! 研究を手伝うと言ったのはお前なんだぞっ! それを反故にするつもりかっ!?」
しかし、そう言われてしまったらこちらとしても返せる言葉もなく。
「……分かりました。よろしくお願いします」
と言うしかないのでした。
そんなこんなで人数が増え、三人での大陸脱出となりました。
始めはシフォンが少し怯えていましたが、背格好が近いからかいつの間にやら打ち解けたようで。
港へと向かう馬車の中、二人はすっかり意気投合しているようでした。
こうなると、ミントさんに着いて来て頂いたのは良かったのかもしれません。
僕一人では、シフォンを見てあげられない状況も多々発生したでしょうし。
「よしっ! ヴーディッシュ大陸に向けて出航だっ!」
「……んっ!」
船に乗り込むや否や、甲板で意気込みを叫ぶお二人。
空高く拳を突き上げ、気分は船長でしょうか。
「海風は冷えますから、ほどほどにして船室に戻ってくださいね」
「何を言うっ! 甲板こそ船の醍醐味だろうっ!」
「……んっ!」
あ、そんなとこまで意気投合ですか。
前言撤回。妹が増えて心労が二倍かもしれません。
もっともミントさんは実年齢が百歳以上らしいですけど。
やれやれとお二人を見ていると、やがて船が陸から離れました。
ついに出航です。
当然ですが、見送りに来てくれる人はいません。
ナティはお城で療養中ですし、ラシアさんは立場上ここに来るわけにはいきませんから。
寂しくない、と言えば嘘になります。
「ナティ、ラシアさん、お元気で。またいつかお会いできる日を楽しみに……おや? シフォン?」
隣で陸を見つめるシフォンの胸に、なにやら見覚えのあるものを見つけてしまいました。
それは、いつもナティが大事そうにしていた首飾り。
確か王家の秘宝とか言っていたような……。
ど、ど、どうしましょう!?
なんで持ってきてしまったんですかシフォンっ!?
「……ん?」
そんな可愛らしく小首を傾げても駄目ですって!
……しかし、もう船は出港してしまっています。
船から飛び降りて、泳いで陸へ戻るわけにもいかないでしょう。
み……見間違いということにしましょう!
だって、こんなことがバレたら確実に命がありません。
……ごめんなさいナティ。
またお会いできる日は、永遠に来なくなってしまいました。
遠ざかりつつある陸に向かって、誰にも届かない別れを告げ。
この日僕達は、ポードラン王国領から追われ、ヴーディッシュ大陸へと出発したのでした。
***** ポードラン王国編 完 *****
ディータは遊び人ランクが「駆け出し遊び人」から「遊び上手」にあがった!




