24話 僕は結界を越えられないけれど
ようやくナティを発見した時、僕の心臓は止まりそうになってしまいました。
だって彼女の姿。
いつも綺麗な金色の髪は泥と埃で汚れてしまい、顔からは血の気が失せ、ぐったりと地面に倒れていたのですから。
まさか間に合わなかった!?
焦りから、ここに辿り着くまでの経緯が思い起こされます。
……。
「ナティルリア様の姿が昨日からどこにも見当たらないそうです」
突然お屋敷に押しかけてきた兵隊さん達。
ラシアさんの制止も聞かず、彼等はさんざんに屋敷内を荒らし回っていきました。
一体何事なのでしょうか。
事と次第によっては、僕の靴が貴方の顔面にストライクです。
しかしようやく兵隊さん達が帰った後。
ラシアさんは、僕に事情を説明してくれました。
なんとナティが行方不明なのだそうです。
今の兵隊さん達は、いなくなった彼女を死に物狂いで探しているのだとか。
それならば今の振る舞いも仕方ないことでしょう。
なにせ国の王女様です。
その彼女が行方不明となれば、国家の一大事なのですから。
顔面蒼白になるのも無理からぬことでしょう。
そして、それは僕も同様でした。
「い、いったいどこに行ったんですかっ!?」
ラシアさんに詰め寄ってみましたが、彼女は首を振るばかりです。
誘拐されてしまったのでしょうか?
ど、どうしましょう。
助けてあげなきゃいけません。
「そ、そうだっ!」
僕はすぐさまテーブルに戻り、城下町の地図を広げました。
すると何をしようとしているのか察したラシアさんが、慌てて走り寄ってきます。
「出来るのですか!? ディータ様!」
「分かりません! でもやってみる価値はあると思うんです!」
紛失物を探すために役立ったダウジング。
これでナティの居場所を探すことが出来れば。
頭の中でナティの元気な姿を思い浮かべながら、僕は先に石の付いた紐をぶら下げます。
しかし、振り子は動いてくれません。
物は探せても人は探せない……。そういうことなのでしょうか?
「ディータ様。これを」
でもラシアさんはそうじゃないかもと、更に大きな地図を用意してくれました。
町どころか、お城を中心とした半径三十キロの地図です。
「二日も探して見つからないなんて尋常じゃありませんから」
なるほど。
言われてみればそうですね。
もうお城も町も、とっくに調べ終わった後でしょう。
ならば、捜索範囲を広げるのは当然です。
僕はもう一度紐を地図の上に翳します。
すると振り子は反応しないものの、わずかに魔力の流れる気配を感じました。
直感的に理解です。
きっと、探す人を特定するような何か。
それが必要なのではないでしょうか?
人形遊びの時も操る人の私物が必要だったので、そういう性質のスキルが一定数存在するのでしょう。
「そういえば、ナティから頂いた指輪がありましたね」
紙で作った花のお礼にと、渡されてしまった高価な指輪。
とても釣り合わないからすぐに返そうとしましたが、持っておいて良かったです。
紐の先を石から指輪に変えて、もう一度紐を掲げると
「き、来たっ!」
振り子は揺れるどころか、ピンッと山間部の一箇所を指し示したのです。
「ここにナティルリア様が!?」
「分かりません……。でも、行ってみます。ラシアさんはシフォンをお願いします」
そうして僕は、洞窟へと辿り着いたのです。
中に入ってみると、誰かがここを訪れたのは間違いないとすぐに分かりました。
そこらじゅうに、まだ新しい魔物の死骸が転がっていましたから。
死骸の多い方へと歩みを進めると、大きな穴の開いた部屋を発見です。
部屋の奥には宝石に見せかけられた大量の石ころ。
典型的なトラップでしょう。
穴が開いているということは、それが作動した証。
ひょっとしたら、ナティはここに落ちてしまったのかもしれません。
魔法で小さな光球を作り、それを穴に落としてみます。
するとどうやら、即死系トラップではない様子。
しかし、ここから降りてみるというのは危険です。
トラップである以上、落ちた先が普通の通路という筈はないのですから。
少し遠回りになるかもしれませんが、僕は階段を探して地下へと降りることにしました。
……。
そして地下四階。
気付いていましたが、やはりここは危険な洞窟のようですね。
なにしろ古い。
恐らくは、百年以上前に作られた洞窟なのでしょう。
なんらかの原因で一度埋まってしまい、最近入り口が僅かに露出した。
そんなところでしょうか。
となれば、この先に主のような存在がいることは明白。
ナティはなぜこんな所に来てしまったのでしょうか。
探しには来ましたが、出来ることなら間違いであって欲しい。
ここにいないで欲しい。
そう願っていたのですが……。
地下五階へと下る階段を下りた時、そんな願いは儚く散ったのです。
「ナティっ!!」
走り寄ろうとしましたが、その行く手は阻まれてしまいました。
彼女と僕を隔てるように、結界が張られていたのです。
これはきっと、アレの仕業でしょう。
結界の中で、悠々と獲物を品定めしている巨大な犬の魔物。
ケルベロスです。
直接戦ったことはありませんが、聞いたことはあります。
ケルベロスの三つの首にはそれぞれ役割があり、左の首が雄叫びで敵を麻痺させ、真ん中が炎を吐き出し、右が獲物を逃がさないように結界を張るのだと。
ならば右の首さえ潰せれば、この結界も破れる筈です。
「レシビルッ!!」
ジグザグの電撃が指先から放たれ、ケルベロスに襲い掛かりました。
しかし魔法耐性が高いことでも知られるケルベロス。
直撃はしたものの、その頭を潰すには至りません。
「ならこれでっ!!」
次いで足を大きく振りかぶりサッカーシュート。
デビルボアさえ一撃で葬ったらしい、必殺の靴飛ばしです。
ですが一撃しか放てない必殺技だったのに、サッと避けられてしまいました。
音速で飛び出した僕の靴は、そのままケルベロスの背後の壁を突き破り、洞窟を破壊しながら遥か彼方まで飛んでいってしまったのです。
その破壊力を目の当たりにしたからでしょうか。
魔物は警戒するように距離をとり、グルルと喉を鳴らせていました。
助け出すなら今のうちなのですが、結界内に侵入することが出来ません。
依然としてぐったり地面に伏しているナティ。
一刻も早く、彼女を助けなければ。
と、あまりにナティのことばかり見ていたので気付きませんでしたが、結界内には他にも人がいるようです。
冒険者でしょうか?
片腕を失っている男性は壁に寄りかかるように。
僅かに呻いている女性は結界から出ようとしているのか、震える腕を精一杯に伸ばしていました。
その先には、御守りが落ちています。
彼女の持ち物かもしれません。
僕はナティと彼女に、とりあえず初級回復魔法を掛けました。
男性にも掛けたいところですが、ここからでは射程範囲外。
なんとか助けてあげたいですけど、今は難しいのです。
みるみる傷が塞がっていく二人は、とりあえず無事ではあるようです。
しかし意識が戻ることはありませんでした。
このままでは、どちらにせよケルベロスの餌食。
その未来は変わりません。
なんとかしなければ……。
幸いなことに、僕の懐には数枚の敷紙が入っています。
ミントさんと出会った時のように、また遊び人スキルを証明しろと言われることがあるかもしれませんからね。
そんな時のために、敷紙は懐に常備しているのです。
路地裏の変態よりも、せめて謎の折紙職人と思われたいですから……。
ですが、何を作れば良いのかが分かりません。
ケルベロスを倒せるほどの強い魔物。
思い浮かんだのはドラゴンですが、あんな複雑なものを折れる気もしませんし時間もないのです。
それに完成したとして、僕の言うことを聞いてくれるかは未知数。
あまりにも勝算の薄い賭けでしょう。
せめて結界内に入れれば……。
「あっ!」
そうです!
結界内に入れないならば、結界内にいる方になんとかしてもらえばいいのですっ!
僕は急いで敷紙を取り出し、それで人の形を作ることにしました。
あまり綺麗には作れませんでしたが、それは完成と同時にポンッと本物の人形に変わってくれます。
次に、落ちていた御守り。
恐らく目の前で気を失っている彼女の物だと思いますが、それを人形に持たせるのです。
そして人形を立ち上がらせると――
「よしっ! 成功ですっ!」
目の前の彼女も、一緒に立ち上がっていたのです。
やはり意識はないようですが、ここは彼女に頑張ってもらいましょう。
「すいません! 後で必ず謝りますので、今はお身体を使わせて下さい!」
出来る限りの謝罪を約束し、僕は人形を操り始めたのでした。




