119話 リルゼは割りとピンチ
**** リルゼ視点 ****
置き去りにしたディータ君は大丈夫かな?
彼は体術が得意ではなさそうだし、そうなると物を言うのが体格差。
以前と違ってとてつもなく羨ま……大人の身体になったミントちゃんが相手だと、絶対に不利だ。
殺すつもりで魔法を使えば形成は逆転するだろうけど
「無理だろうなぁ。ディータ君、優しいもん」
友人が惚れた男の子に苦笑を漏らしながら、私の足は立派なお城の中を駆ける。
どうあれアレが元凶だと言うなら、倒してしまえば済む話。
ディータ君の魔法を受けてもピンピンしてたからちょっと自信はないけど、意外と物理攻撃なら通るかもしれないしね。
足止めだけなんて、私の性に合わないもん。
ヒラヒラと透明なスカートをそよがせ、下着同然の……いや、もっと恥ずかしいかな?
痴女ルックな姿で逃げる破廉恥女は、ところどころで出会う兵士達を操っては仕掛けてくるけど、当身一発でそれを沈黙させながら私は追い縋っていた。
なんで直接本人が攻撃してこないんだろう?
魔法適正のない私でもこの女が尋常じゃない魔力の持ち主だってことは分かるし、嘘か真かこの女性は神様らしい。
ちょっと強くなった道具屋の娘風情なんか、指先一つで一捻りなんじゃないだろうか。
まぁいっか。
攻撃してこないなら好都合。
私は遠慮なくぶち込ませてもらうけどねっ!
溢れる力と引き換えに、最近知能指数が低下中ともっぱら噂の私は、素早く判断を下して飛びかかることにした。
「そりゃぁぁっ!!」
ちょうど中庭に出たところ。
これなら自由に動き回れると大きく飛びあがり、勢いそのままの飛び蹴りをお見舞いしたのだ。
けれどちょっと距離が遠かったみたい。
自称神様はヒラリと蹴りを避け、踊るように数歩私から遠ざかっていた。
割と本気の蹴りを受けた花壇は、見るも無残に吹き飛び、大きなクレーターを作り上げている。
そういえばここガレジドスっていう国のお城だった。
あとで怒られ……ないよね?
緊急避難だからセーフ。
そういうことにしておこう?
「本当に人間は野蛮ね。少し考え方が違うだけで、すぐ暴力に訴えるのだから」
「好きでもない人にまで発情して……なんか、そういう……ごにょごにょは……す、少し程度の違いじゃないからっ!」
「同じことよ。お嬢ちゃんはまだ子供だから分からないだけ。だいたいどこがイケナイと言うの? 気持ち良いことがイケナイなんて間違っていると思わない?」
クスクスと嘲笑しながら、神様チックな痴女は、自分の肢体を見せ付けるように撫で回していた。
なんだろう。胸が発達しない私への充て付けだろうか?
神というだけでそんな心の暴力が許されるなら、私は神でも殺してみせる。
年頃の女の子の悩み。馬鹿にしないで欲しい。
「いいからみんなを元に戻してっ! それでもうどっか行ってよっ!」
「あはぁ。それは出来ない相談ね。せっかく淫気が集まり始めてきたのだもの。私の力はもっともっと大きくなるわよ?」
「ならその前にぶっ飛ばすっ!」
地面が凹むほどに大地を蹴り、一気に女の敵との距離を詰める。
想定以上の速度だったのか、女は一瞬目を見開いたけど、慌てた様子はない。
「人間ごときでは神を傷つけ――ぶはぁっ!!」
スーパー道具屋パンチを受け、何か言いかけていた神様モドキがすっ飛んで行った。
結構良い手応えがあったから、ゴールデンゴーレムくらいなら一撃で砕けるだけのパンチだった筈。
だけど痴女は苦悶の表情こそ浮かべているものの、倒れることなく立ち上がっていた。
う~ん。
ボディを狙ったつもりだったけど、どうしても胸に目がいってしまい、ついそっちを殴ってしまったからかな?
あの脂肪の塊は、パンチの威力を吸収するほどなのだろう。
恐るべし牛女。
「な……なぜ……っ!? なぜ貴女は私を殴れるのよっ!!」
「そこにいるから」
何を言っているんだろう。
殴っちゃいけない理由が思い当たらないよ?
「神よっ!? 私は神なのよっ!?」
「でも悪い神様でしょ? だいいち家は無神論者だもん。一応ミリアシス教徒ではあるけど」
「そういうことじゃないわよっ! 人間は神を傷つけられないっ! 神も人間を傷つけられないっ! それがこの世の理ってものでしょうっ!?」
「聞いたことないけど?」
痴女の神様は愕然とした表情をしてるけど、それってどこ界隈で有名な話なの?
少なくとも道具屋連合会でそんな話は聞いたことがない。
まぁその辺の話は追々ってことで、とりあえず暴力を背景にした交渉を再開してみることにしよう。
「さて。皆を戻してくれる気になったかな? 予め敵って知ってたから殴っちゃったけどさ、見た目普通のエルフを殴るってあんまりいい気分じゃないから。出来れば降参して欲しいな」
わざと音を立てるようにザッと一歩近寄ると、神様はあからさまに表情を歪めた。
さっきまでの余裕は売り切れちゃったらしい。
駄目だよ? 人気商品はちゃんと在庫を抱えておかないと。
「も、もしかして貴女……勇者なのっ!?」
「え?」
「そうよ……そうだわっ! 最後の一人。まさかこんなところで出会えるなんてっ!」
なんだろう。
急に褒め殺し作戦に切り替えたのかな?
まぁ満更悪い気はしないけどさ。
「アレは奪われたままだけど近くに来てることは分かってる。ふふ……ふふふっ! なら逆にチャンスねっ! 貴女を捕ら――ごはぁっ!!」
とりあえずキック。
今のは仕方ない。だってすんごい悪そうな顔してたもん。
あれは絶対何か企んでいる顔だった。ならキック。それが冒険者の心得。
地面を滑るように転がっていく悪女は、やがて柱にぶつかって止まった。
いかに神様といえど、結構なダメージが入った筈。
「あ、貴女それでも勇者!? 話の最中に攻撃するなんてっ!」
「そう言われてもね。勇者とか初めて言われたから分からないよ。でもとにかくさ、これで力の差は分かってくれたでしょ? そろそろ皆を元に――」
「戻すわけないでしょっ!!」
突如推定神様の中から邪悪な魔力が噴出し、辺り一帯を覆っていく。
目に見えるほどの魔力。それは確実に私をも蝕んだ。
「がぁ……っ!」
人が話している最中に不意を付くなんて、神様とは思えない所業だ。
やはりこの女は、魔神に属する邪悪な神みたい。
「ふふ。どうかしら? 淫気を直接浴びた感想は?」
勝ち誇る顔に拳を炸裂させたいところだけど、今現在私はピンチ。
淫気とやらの効果は絶大で、かなり足元がガクガク来てる。
気を抜くとはしたない声を上げてしまいそうなので、なんとか太ももを抓りながら耐え忍んでいるところだ。
「あら。頑張るわね。それとも勇者だから耐性もあるのかしら?」
女は余裕綽綽といった感じで私をニヤニヤ眺めている。
すぐに反撃したいのに、身体の中が熱い。
これはマズイ。本当にマズイ。命より何より、私の女の子としての色々がピンチだ。
すでに立っているのが精一杯だし、それも内股の情けない格好になっている。
どうしよう。
このままだといずれ私は……してしまう。
そんなことが将来噂になったら生きていけない。
『道具屋の娘さん、人様のお城の中庭で致しちゃったんですって~』
『あらやだ。可愛い顔してはしたないわね~。変態なのかしら』
近所のおばさん達の幻聴が聞こえ、必死に自らの足を殴りつけた私は唇を噛んで衝動を弾き飛ばす。
「ひ、卑怯だよっ! こんな攻撃はすぐ止めなさいっ!」
「抗う必要はないのよ? 快楽の欲求に負けそうになるのは、人間として当然なのだから。それが本能。それが生存理由。違う?」
違いますっ!
私はそんな破廉恥娘じゃありませんっ!
と反論したいのは山々だけれど、もう口を開くのすら怖い。
あらぬ声が出てしまいそうで。
もはや抵抗も出来なくなったと確信してしまったのか、破廉恥製造機がゆっくり近付いてくる。
きっと私を捕らえる気なんだ。
捕らえてお嫁に行けない身体にする気なんだ。
誰か助けてっ!
乙女の一線を守る為、心で叫んだその直後。
「大丈夫ですかリルゼさんっ!!」
颯爽と彼は現れてくれた。
もちろん友人が惚れている、とっても強い男の子だ。
なるほど。
こんな場面に駆けつけられたら、そりゃ惚れちゃうのも無理はないかも。
格好良いじゃん少年。