120話 淫欲の神は想定外が多すぎた
**** ルクスリア視点 ****
次から次へ想定外の事が起こったけれど、終ってみれば結果は重畳。
最高の結果と言えるかもしれない。
本当ならば、こんな面倒をかけずともゴドルド大陸で決着が着く予定だった。
神器を持って逃げ出した武道家をおびき出すため『武王は仲間を見捨てて逃げ出した』なんて噂まで流したし、私自ら探し回ったのだから。
だが強かなあの女は、どこをどう逃げたのか完全に行方を眩ませてしまっていた。
仕方なく私は、武道家を探し出すためにガレジドスを訪ねることにした。
やはり布石というのは打っておくものね。
この国はいずれ内部から崩壊させるつもりだったから、その為に王女を色狂いにしておいたのだけれど、そのおかげで容易くお近づきになることが出来た。
そして「人探しの神代魔法」を使わせてもらい、憎いあの武道家を探しだすことに成功したのだ。
もっともその必要もなく、向こうから飛び込んできてくれたみたいだけど。
今の最重要案件は、奪われた神器を取り返すこと。
簡単に壊せるような代物ではないけど、万が一ということもある。
そうなったらこの百年がまるまる無駄になってしまうから、なんとしてもその前に取り返さなければならない。
けれどここで一つ目の想定外。
どういうわけか、私の正体を知る者がこの城の中にいたのだ。
もう何十年も昔。自分の力が戻りつつあることを知った私が、戯れに淫気で侵したエルフの女だった。
せっかく素敵な身体にしてあげたのだから、大人しく私の為に淫の感情を集めてくれれば良いものを。
あろうことか、彼女は私に牙を剥いてきた。
まったくもって度し難い。
結果的にシャクティーナ王女の件もバレてしまい、二つ目の想定外が発動。
ここの王子とやらが、狭い部屋に私達を閉じ込めてしまったのだ。
たかだか人間の結界なんて簡単に破れるものだと侮っていたけど、彼が行使したのはなんと神代結界。
さすがに焦りを隠せない。
神である私に効果は抜群だ。
扉が完全に締め切られる寸前。
私は淫侵魔法を最大出力で放出しておくことにした。
これでこの国はパニックに陥るだろうし、上手くいけば私の傀儡となった子が結界を外から解いてくれる。
おかげで溜め続けた力の半分以上を使ってしまったけれど、まぁ仕方ない。
本来ならこの程度の力、なんてことなかったんだけどね……。
――昔を思い出すと、未だにギリッと奥歯が鳴る。
『何故ですか魔神様っ!』
『お前は神の法を破り、直接人間に手を下した』
『そんな法を守る必要があるのですかっ!? 魔の世界を望むなら、こうした方がてっとり早いじゃないっ!』
結局私の言い分は認められず、人間の国を滅ぼした私は神としての力を大きく削がれてしまい、深く深く絶望したのだ。
何故魔に属する私達まで、ミリアシスが作った神の法とやらを守らなければならないのか。
何故魔神様は、私を守ってくださらなかったのか。
疑念が生まれたのは、この時が初めてだっただろう。
魔神様は、ひょっとしたら……。
「大丈夫ですかリルゼさんっ!!」
昔を思い出して感傷に浸っていると、いつの間にか邪魔者が増えていた。
先ほど不敬にも、神に向かって攻撃を仕掛けた愚かな人間の少年だ。
ほぼ傀儡化したミントには彼を襲うように命じたはずだけれど、その彼がここにいるということは……。
あぁ、そう。殺したのね?
少年の服にべっとり付着している血痕が、何より雄弁に語っていた。
「本当に野蛮。あの娘の想いは本物だった筈よ?」
淫欲の神である私は、愛という感情にも造詣が深い。
だから気付いていた。あのダークエルフは、本当に心からこの少年を愛していたということに。
それを邪魔だからと斬り捨てるなんて、人間というのはどこまで愚かで罪深いのだろうか。
「それを踏み躙った貴女が言っていい台詞じゃないですっ!」
踏み躙った?
何を言っているのかしら。
愛されていると分かったのなら想いに応え、身体を重ねればいいじゃない。
そうしなかったのは貴方の方なのだから、踏み躙ったのは貴方よ。
……いえ、やめましょう。
過去幾度と無くこのような問答を人間とも交わしたけれど、結局価値観が違いすぎるという結論。
人間は愛という純粋な感情を、世間体やらなにやら下らないもので覆い隠してしまう生き物なのだから。
なら仕方ない。
「貴方も愛を知りなさい」
ブワリと噴出した淫侵魔法が、少年の身体を包み込んだ。
彼はどうするかしら?
抑え切れない衝動に、私を求める? それともそこにいる勇者?
まぁどちらでも構わないけれど。
「いきますよっ!」
少年が選んだのは私だった。
まだ幼いけれど……幼いからこそかしら?
胸の大きな方を選ぶのは、男の性というものだ。
「いいわよ。いらっしゃい?」
少しだけ私の目元が緩む。
久しぶりに人間を喰らうというのも悪くない。
その身ではすぐに枯れ果ててしまうでしょうけど、その代わり人の身で味わうことの出来ない極上の――
「レシビルっ!!」
「うぇっ!?」
あっぶないわねっ!
人間の魔法なんて神に通用しないと分かっているけど、いきなりバチッときたらビックリするじゃない。
「な、なんでよっ! 私が欲しいんじゃなかったのっ!?」
「え? いやいりませんけど」
『いりませんけど』『いりませんけど』『いりませんけど』『いりませんけど』……
心の中にエコーがかかり、ちょっと気が遠くなってしまう。
嘘でしょう?
私は淫欲の神よ? この美貌、この肢体が見えないの?
どんな男であれ私から目を離すなんて不可能だし、一度誘われたら欲望のままに貪りついてくるはずでしょう?
なのにそれを欲さないなんて……不能?
それとも男色家かしら?
「皆さんを元に戻して下さいっ!」
「嫌よ」
興味が削がれた。もうこの少年はどうでもいい。
私は勇者を連れ去り、本来の目的を達しようと動き出す。
どうせ人間の魔法や剣で私を害することなんて出来やしないのだから。
捨て置いても問題はない――筈だった。
筈だったのに――
「シューートッ!!」
え? と思った瞬間には遅かった。
「な、に……今の?」
血を吐くなんてことはない。
人の形を模倣しているけれど、この身は神なのだから。
けれど痛いものは痛いし、ダメージを受けすぎれば存在が消滅してしまう。
ポッカリお腹に空いた大穴。
これは十分、それに足るダメージだった。
「なんでよ……。貴方も勇者だとでも……言うの……?」
「違います。というかその話は止めて下さい」
違う。
そう、違う筈よ。
だって世界に七つある勇者の加護は、全て場所が判明したのだから。
最後の一つは目の前でもぞもぞしている娘。この娘が持っている。
ならなぜ……
「賢者魔法より遊び人スキルの方が有効だというのは少し複雑なのですけど……。いいです。あまり苦しめたくはないので、トドメいきますね」
少年は、今度は左足を大きく振りかぶっていた。
これが先ほどと同じ類の攻撃なら、私の身体は間違いなく消滅してしまうだろう。
何故?
どうしてこんなことになったの?
あ……。
今この少年はなんて言った?
――遊び人スキル
だとしたらまさか……
「シューーートッ!!」
その声を最後に、私の意識は霧散していく。
今日一番の想定外が、まさか墓穴だったなんて。
それこそ想定外よ…




