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109話 僕は旅の準備に余念がないのです

 ピエロさんの話では、ヘーゼルカお姉ちゃんが一人で魔王の居城から出て来たのは間違いないこと。

 ただしビヒバハに帰って来た様子はないので、恐らくは西のペントルゼ。

 ゴドルド大陸にあるもう一つの港町に向かったのではないかということでした。


「な、なぜヘーゼルカお姉ちゃんはディアトリさん達を置いて帰ったのでしょう?」


 ここまで情報が集まってしまうと、もはや疑うことも出来ません。

 せめて何か理由があるのなら。僕はそこに縋ったのです。

 けれどピエロさんもそこまでは分からないらしく、手の平にポンッと咲かせた花をシフォンにプレゼントしながら、残念そうに首を振っていました。


「でもでも。僕に分かるのはその程度さ。所詮はただのピエロだからね。知ってることより分からないことの方が多いよ。例えば――職業更新システムはなんでこんなに面倒なのか、とかね」


 突然投げかけられた真面目な問いに、僕達は顔を見合わせてしまいます。

 そんな様子をニコッと見つめてから、ピエロさんは続けるのです。


「けどけど。この町には冒険者が多いだろう? それも腕利きばかりだ。なんでか知っているかい?」


「それはゴドルド大陸に強い魔物が多いからじゃ?」


「さてさて。自分が強いからって、何も危ない魔物を相手にする必要はないだろうさ。こういう言い方は誤解を招くかもしれないけど、正義感から冒険者をやっている人間なんて少ないんじゃないかい? 十分な強さと名声を手にしたら、どこかの国に雇われるとか、比較的安全な町で人々の羨望を集めるとか。そっちのほうが楽だろう?」


 中には危険な魔物から人を守る為に、あえてゴドルド大陸に居座る冒険者もいるだろうけどね。

 そう締めくくったピエロさん。

 確かに言われてみればそうかもしれません。

 強者と戦うのが好きだとか、そんな理由でもなければあまり来たくはない土地です。


「うんうん。皆必死なのさ。より強い魔物と戦い、新しいスキルや魔法を覚えようと。そうしないと、職を追われてしまうからね。まぁ僕なんかは追われたってちっとも構わない気楽な遊び人だけれども」


 僕にも身に覚えのあることなので、その話はスッと納得することが出来ました。

 職業更新の日が迫り、なのに新しいスキルをブックに書き込むことが出来ない日々。

 身を切られるような切迫感と、心を焦がされるような焦燥感。

 それを必死に耐えながら、魔物を倒し、体力が尽きるまで修行するのです。

 そうでもしないと、とても安らかに眠ることもできませんから。


 まぁ僕の場合は、どれだけ頑張っても無駄だったのでしょうけれど。

 あの指輪のせいで。


「さぁさぁ。ビヒバハは最も勇ましき冒険者が集まる町なんて言われるけれど、その実体は冒険者の墓場。すでに自分の限界に達してしまい、新しいスキルを覚えられなくなった者たちが、最後に訪れる場所なんだよ。だから皆酒に酔い、辛い現実から目を背けるのだろうね。そんな心に一服の清涼剤。一時でも嫌なことを忘れ、楽しんでもらうのが僕の役目なのさ」


「あ、そういえばサラッと言いましたけど、ピエロさんの職業って遊び人なんですか?」


「見ての通り見られての通り。どこからどう見ても立派で下賤な遊び人さ……っと、そういう君も遊び人か。これは失敬。自虐のつもりが他虐になってしまったようだ。他人を傷つける道化なんてもってのほかだね。死んでお詫びしなきゃ」


 言うが早いか懐からナイフを取り出し、自らの胸にグッと押し込むピエロさん。

 いきなりのことに誰も反応出来ず、今にもナティが悲鳴をあげようかとした瞬間。


「なんちゃって」


 ピエロさんは生き返ったのでした。

 というか最初から死んでません。なんらかのトリックみたいです。


「な、なにしてるのよっ! ビックリしたじゃないっ!」


「ごめんよごめんね? ちょいと刺激が強かったかな? おどけるのがピエロ、驚くのが観客。そんな感じの道化劇場なのさ」


 すると頭を下げたピエロさんの帽子から、ぴょこっと小鳥が飛び出します。

 なんというか、凄いピエロさんです。


「けれどもけれど。今日はそろそろ閉店ガラガラ。僕はここらでお暇するよ」


 席から立ち上がる仕草までユーモラスで、存在そのものがピエロさんなのです。

 けれどお礼は言わないと。

 彼には色々教えてもらいましたから。


「ありがとうございました。おかげで今後どうすれば良いか分かりました」


「そうかいそうかい? それはなにより。僕も君にお返しが出来てホッと一息だよ」


「……お返し? 今日初めて会ったと思うんですが」


「そうだねそうだよ。会うのは初めて。けど君が面白い玩具を広めてくれたりしているのは知っていたからね。世界中に楽しいが溢れたのは君のおかげ。楽しい気持ちは僕の糧になるんだよ」


 え?

 ちょ、ちょっと待ってください?

 いったいどういうことですか?


「ではでは。じゃあね。またいつか」


 何かに気付きそうになり、僕は引き止めようとしたのですが。

 しかし次の瞬間には、ピエロさんの姿は影も形もなくなっていたのです。


「ディ、ディータ様。彼は何者だったのでしょう?」


「只者じゃないことは確かね。目を離さなかった筈なのに、いつ消えたのか分からなかったわ」


 僕にもまったく分かりませんでした。

 なんだか狐に化かされた気分というやつで、唖然としていた僕達ですが、彼が教えてくれた情報は貴重なもの。

 これ以上は考えても仕方ないだろうと、明日に備えて宿に戻ることにしたのでした。



 ……。


 次の日の朝。

 僕達はさっそくペントルゼの町へ向けて出発しました。

 残念ながらビヒバハの港からペントルゼ行きの船はないようなので陸路。

 しかも歩きです。

 馬車だとすぐに馬が魔物に襲われてしまうらしいので仕方ありません。

 ゴドルド大陸特有の悩みというやつでしょう。


 しかしペントルゼの町まで徒歩となると、大人の足で約五日。

 僕達のパーティーは女の子ばかりですし、シフォンもいますからもう少し余裕をみて六日くらいでしょうか。

 決して遠い距離ではありませんけど、旅慣れていないメンバーを考えると配慮は必要です。


 ということで、ヘビーゴードンという飼育魔物を買うことにしました。

 全身が丈夫な体毛に覆われていて、どっしりとした羊のような魔物です。


「これに乗って行くの?」


 初めて見るヘビーゴードンに、ナティは興味津々。

 きっちり躾けられていますし大人しい魔物ではありますけど、ナティは物怖じしませんねぇ。

 シフォンと二人で、早くも餌なんかを食べさせてあげているみたいです。

 あ、うちの妹が物怖じしないのはいまさらですね。


「乗りませんよ。この魔物は見たとおり鈍重ですから、乗ることはできますけど歩くのと速度は変わりません」


「そうなのですか? ではなぜお買い求めに?」


「それはこれです」


 そういって指し示したのは荷車。

 しかも普通のより大きい荷車を、縦に二台、横に二台連結したものです。

 町の大通りですら通行出来ないほどの横幅になってますが、ヘビーゴードンは力持ちですから。

 速度が出ない分、かなりの重量でも難なく運んでくれるのです。


「こんなに大荷物なの? 私もパーティーを組んで旅をしたことがあるけど、荷物を最低限にするっていうのが旅の鉄則だって聞いたことがあるよ?」


 多少は冒険経験のあるリルゼさんから疑問の声があがりました。

 そうですね。そのお考えは非常に正しいです。

 荷物が多ければ魔物から逃げることも出来なくなりますし、通行出来るルートに制限がかかる場合もあります。

 なにより疲れちゃいますから。


 けど今回は比較的平坦な道のようですし、皆さんの負担を軽減したいと思ったので。

 それに異界で見た物の中に、是非試してみたいものがあったのですよ。


「ではさっそく荷物を載せますね」


「あ、ちょっとお待ちを。まだこれだけじゃないんです」


 荷物を載せようとしていたラシアさんを制止し、僕は紙を折り折り。

 出来あがったものを組み立てつつ、荷車の上に配置していきます。

 初めは何をしているのか分からなかった皆さんも、出来上がっていくそれを見て唖然、驚き、困惑でしょうか。


「ディ、ディータ? これって、もしかして……家?」


「そこまで立派なものじゃないですけど、ほぼ正解ですね」


 荷車の上に作ったのは、四つの寝室と広めのリビング。

 ようするに、僕が試したかったのはこれ。キャンピングカーもどきなのです。


「家ごと移動するっていうこと? ディータ君の頭って、時々何考えてるか分からないよね」


 え? それ酷くないですか? 地味にショックです。

 しかも一番お付き合いの浅いリルゼさんに言われるとか……。


 しかし中に入ってみれば居住性も悪くなく、皆さんとても喜んでくれました。

 思っていた以上に評価は上々。これであれば旅の負担も軽減出来るでしょう。


「あ……。でもこれだと、野宿にはならないのね」


「ナティに野宿なんてさせるわけにいきませんから」


 なんといっても王女様ですからね。

 紳士を目指す僕としては、当然の配慮です。

 なのにナティは何故か残念そう。

 それをラシアさんが慰めていました。


「あ、あれ? お気に召しませんでした?」


「ち、違うのよっ! ディータが私の事を考えてくれたのは分かってるし、それはとってもとっても嬉しいわっ!」


「ふふ。ナティルリア様はもっとオーソドックスな旅を夢見ていたのですよね。焚き火、満天の星空、小さなテント。そして二人で温めあうように、一つの寝袋へと……」


「ラ、ラシアっ!」


「分かっておりますよ」


 ニコニコと微笑ましいラシアさんを、ナティがぽかぽか叩いているご様子。

 確かに冒険の旅というと、そういう感じですね。

 余計なお世話だったのでしょうか……。


「い、いいのよディータっ! 本当に嬉しいんだからっ! それに今は……ミントがいないのに、抜け駆けみたいなのは良く無いし……」


 何故そこで褐色エルフさんの名が出てくるのか分かりませんけど、お気に召さなかったというわけではなさそうなので一安心。

 もちろん他の方々も問題なさそうなので、いざ出発でしょうか。



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