聖女ってなに? 2
控えめなノックが部屋に響き、クリスタは微睡みから目を覚ます。もう一度、コンコンコンとノックが響き、
「クリスタ、少しいいかな?」
テオドールの声がした。クリスタは頭を降って無理やり覚醒させ、ドアを開ける。そこには心配そうに眉を下げ、スープの盆を持ったテオドールが立っていた。
「良かったら、これ。食事の途中だったろう?」
スープは温め直してくれたのか湯気がたっていた。今が何時かは分からないがそこそこ深い時間だろう。腹の虫が鳴いた。
「ありがとう、テオドール」
「いいんだ、お腹がすくと悲しい気持ちになるからね」
穏やかに笑い、じゃあと去ろうとするテオドールを引き止める。
「待って、もし良かったら、色々教えて貰えないかな。この世界のこと、みんなのこと」
クリスタの射抜くような視線に、テオドールは少しモジモジした。が、クリスタの眼差しは寂しそうにも見えた。迷子になった弟を探して見つけた時を思い出す瞳だったので、テオドールは頷き部屋に入った。クリスタは、まず世界を知ること、そして目を背けないことから始めることにした。
「まず、この世界を支配しているのは270年前からジークフリートって言うヤツなんだ。こいつはこの270年間姿が変わらない、いわゆる不老不死の超人だ。」
ふたりでベッドに腰掛け、テオドールが説明する横で、クリスタはスープを匙で掬い飲みながらメモをとる。
「どうして不老不死なの?」
「俺もよくは知らない、教会のレインさんなら知っているかも。なんでも300年くらい前にも聖女が現れたらしくて、その影響なんじゃないか、みたいなことを言っていたよ」
メモに「300年前の聖女」「教会のレインさん」の文字が走る。「助けてッ!聖女サマ」のシナリオでは掘り下げられなかった部分だ。必ずなにかの役に立つ。
「とにかくジークフリートは、本来なら還るはずの魂が肉体っていう器に留まったままなんだ。だから不老不死なんだと思う。」
この世界には肉体と魂の相互関係があるようだ。そもそも別のものという考え方なのだろうか。
「それで、みんな、というか私たちはなんでジークフリートと戦ってるの?」
こちらはうっすらとシナリオの記憶はあるが、テオドールの口から聞きたかった。テオドールは少し眉を寄せながら口を開く。
「うん、ジークフリートは支配者だって言ったでしょ?アイツは弱者を淘汰することで、強者が生きやすい世の中を作ってるんだ。例えば老人や病人や孤児......そういう人たちは皆にとって邪魔だからいらないっていう考え方。おれたちはそれに反発して革命軍になった。誰もが生きている限りは生きようとする権利があると思ってる。生きる自由のために戦っているっていう感じかな」
「なるほど......やっぱり酷いね」
概要は知っていたが、当事者の口から語られるとかなり重い話だ。正直、攻略対象としてのジークフリートは好きだったが、ここまで詳しく聞き1人の存在として考えるとどうにも許せるものではない。クリスタも思わず眉を寄せた。
「俺は、ジークフリートの考え方が許せない、だから家族に止められても田舎から飛び出して革命軍に入ったんだ。俺の一番下の弟は、体が弱くてね、いつもベッドに横になっていた」
テオドールは懐かしそうにベッドを撫でる。1人の兄として、ただ家族を思う暖かさがその瞳に揺らめいていた。
「ジークフリートの手下がいつか弟を殺しにくるかもしれないって、家族みんな怯えてた。こんなに大事な家族なのにって。弟は、いつも申し訳なさそうにしてたんだ。辛いのは本人なのに、いつも家族が暗い顔してたから。俺はそれが許せなくて革命軍に入るって言ったら、母さんに殴られたよ。弟だけじゃなくて俺まで戦闘で失うかもしれないのが、耐えられないって泣かれた。でも俺は、振り払って家を出てきた......それ以外に家族みんなで幸せになる方法がなかったから」
白い月が窓から光を伸ばしていた。テオドールの横顔が白く光る。クリスタは、やっぱり何も言えずにその光る頬を眺めていた。少しだけ、視界が滲んだのを堪えて。
「......とにかく、みんなそうやって生きる自由のために戦ってる。それは、今叶わなくても次の誰かに受け継がれて、いつか必ずジークフリートを滅ぼすんだ!その為に、死んでいく人たちもいる。オリヴィエさんの幼馴染、マルエルさんもそうだったよ」
「......うん、私が見えてなかった人たちだ。」
「でもね、クリスタ、君が来てくれて良かったと俺は思ってるんだ。俺はあの日、君が来た日に腹に穴があいてた。もう死ぬって思って涙が出たんだ。」
テオドールは真っ直ぐにクリスタの瞳を見つめた。テオドールのグレーの瞳の中に、月明かりに照らされて白金の聖女が揺らいめいている。
「でも君の力で、今もここにいる。たとえ沢山の亡骸の上に立っていたとしても、俺たちが生きているのは、本当に君のおかげだよ」
クリスタは今度こそ涙が堪えられなかった。テオドールの覚悟と陽だまりのような優しさ、そのうえで「君のおかげだ」と目を見て言われたから。自分でもなんで泣いているのか分からないのに。初めて、この世界に息づく人に、本当に触れた気がした。メモに雫がぽたぽた落ちる。テオドールは、ホロホロ泣くクリスタに少し眉を下げてから、ハンカチで涙を拭った。
「君の、聖女の力を利用しているのは俺たちの方かもしれない。だからクリスタに無理をして欲しくないとも思うんだ。でもね、もしクリスタが俺たちと同じ戦場に立ってくれたら、それはとても心強いんだ。ごめんね」
優しく笑いかけながら、残酷で断れない願いだった。クリスタは、涙でにじむ視界の中で、テオドールの魂に触れた気がした。
「いいの、任せて。私、聖女だもん!」
クリスタは泣き笑いの表情で宣言した。彼女が聖女であるという事実は揺らがない。聖女になるしかないならば、クリスタはせめてちゃんと治す傷を見る聖女になろうと決めた。そこにはもう浮かれたチート持ち乙女ゲームプレイヤー、工藤千歳はいなかった。




