パート7
翌日。
マヨラはカフェの店長に電話をかけた。
「店長、すみません……今日は行けそうにありません。はい、実はちょっとした事故に遭ってしまって……。はい、失礼します」
電話を切ると、彼はクローゼットを開けた。そこには、封印していたはずの「自分」がいた。
黒のブレザーを羽織り、拳銃をホルスターに収める。仕上げに、微かに香る冷ややかな香水。
「あの日……俺は、自分自身に言い聞かせたんだ」
2ヶ月前。
マヨラはタカオの亡骸を、崩れかけた洋館の壁にそっと立てかけた。
館の外に出ると、地面から伸びる無数のワイヤーを掴む。それは屋敷の至る所に仕掛けられた爆薬へと繋がっていた。
「さらばだ……」
頬を伝う涙。彼は回路を繋ぎ、スイッチを入れた。
次の瞬間、巨大な火柱が夜空を焼き尽くした。熱風が吹き荒れ、大地が震える。まるでこれから起こるすべてを、マヨラだけが知っていたかのように……。
6月24日――広島県警 捜査一課
「警部、2ヶ月前に東京郊外の森で起きた爆発事件ですが、発生日は4月1日でした……」
「……遺体の身元確認を急げ。情報を上げろ」
若手刑事が報告を終え、上司の冷たい視線の前で黙ってファイルを閉じた。
「前回のエンカウントの証拠は、完全に消し去られている。ゴラリ、そして他のエージェントたちの死体と共に、あの洋館は跡形もなく破壊されたんだ」
渋谷――対ゴラリ特別機関
今日の機関内には、静寂の欠片もなかった。初めてゴラリを仕留め、生還した者が現れたのだ。
誰もが、その怪物に関する情報を手に入れるための会議を待ちわびていた。
「おい、あの爆発をやったのは誰だか知ってるか?」
「ああ、東京エージェンシーのマヨラ・ジカシだ」
「なぜ、本部に報告もせず屋敷を吹き飛ばしたんだ?」
囁き声が飛び交う中、重厚な扉が開き、幹部たちが部屋に入ってきた。
沈黙。彼らは質問を遮るように、詳細は後日の会議で話すとだけ告げた。
「タガヤ警部のエージェンシーは実質壊滅したも同然です。今後、彼らは我々の傘下に入るのでしょうか?」
一人のエージェントが問う。幹部は答えず、アシスタントを連れて部屋を後にした。
「……警部、今の振る舞いは少し強引すぎます。調和を乱しかねませんよ」
廊下でアシスタントが苦言を呈した。しかし、幹部は足を止めない。
「何だと……? タガヤは、我々と第三機関のエージェントの詳細まで握っている。我々も、彼のデータが必要なんだ!」
幹部の声には焦りがあった。
「タガヤの下には7人のエージェントがいた。だが生存者はマヨラ一人。我々が把握しているのは、マヨラ、ジンカイ、スガロウの3人の情報だけだ。残りの4人は一体誰なんだ……? 存在すら不透明だ」
アシスタントは黙り込んだ。彼の心の中で、タガヤ警部への不信感と焦燥が募っていく。
その頃、東京の「ズーシャイ・カフェ」――。
タガヤ警部は一人、窓の外を眺めていた。
「早く、あの秘密会議の日が来ればいいが……」
京都・嵐山、竹林――
竹の擦れ合う音に混じって、誰かが這いずる音が聞こえる。
「急げ……早く行け……!」
一人が瀕死の仲間を肩に担ぎ、逃げ惑う。足元には鮮血。
一人の男が膝の骨を砕かれ、その場に崩れ落ちた。
「逃……げ……ろ……」
男が仲間に叫んだ瞬間、鋭い「何か」が彼の頭部を、胸を、そして脚を切り裂いた。肉体は原型を留めぬほどバラバラに刻まれる。
生き残った男は恐怖に凍りつき、動けなくなった。逃げようとしても、震える足が言うことを聞かない。
「ニ……ゲ……テ……」
甘く、そして魂を凍らせるような声。
男が背後を振り返ると、そこには無数の「刃」が迫っていた。
逃げる隙も与えず、冷徹な攻撃が繰り返される。竹林の根元は、瞬く間に深い紅に染まった。
翌朝――渋谷エージェンシー
「警部! 昨夜調査に向かった2名のエージェントと連絡が取れません!」
オカイラ警部(渋谷支部責任者)はこの報告を無視できなかった。
彼は直ちに、数名のエージェントを最後の発信地へと向かわせた。
そこは――嵐山だった。




