後日談
凜がおでんを食べたことがないと言うので、放課後におでんを買いに行くことにした。
「凜ってコンビニ行ったことあんの?」
「それくらいはある……はず」
自信ねえのかよ。ま、あんまコンビニ行ってるイメージはないけど。
「ホットスナックとか買ったりしねえの?」
「ホットスナック?」
「レジの前に唐揚げとかアメリカンドッグとか売ってるだろ。あそこにおでんも置いてあんだよ」
言うよりも見てもらった方が分かるだろう。学校から一番近いところにあるコンビニへ歩いて向かう。ピロピロ、と音がして自動ドアが開いた。
中へと入っていく俺の後ろを凜がおっかなびっくりついてくる。近代文明を目にしたネアンデルタール人みたいな顔して。
コンビニは学校帰りの学生達で混んでいる。2台のレジの間に置かれたホットスナックコーナーに連れていくと、凜は興味津々な様子だ。
「これがおでんか」
「そう。そこにメニューがあるだろ。好きなやつ選んで買ったらいいんだよ。なんか食べたいやつとかある?」
凜はメニュー表にずいっと顔を近づけ、まじまじと観察する。
「大根に卵は食べたことがあるな。こういう時は今まで食べたことがない食材よりも、新しいものに挑戦した方がよかったりする?」
「せっかくだから、挑戦してみたら。俺はお前が頼んでないやつ頼むわ。味が気に入らなかったら、俺のと交換したらいいしな」
俺達はそれぞれ、おでんを三つずつ購入した。小さめの縦長のカップに、あつあつの具と、湯気の立つ出汁がたっぷりと注がれている。
凜はカップを両手で持ち、汁をこぼさないようにそろそろと歩いている。茶運び人形みたいな動きをしていてちょっと面白い。
俺は凜の歩幅に合わせて、ゆっくりと歩く。
「俺、姉ちゃん達と暮らす前は学校帰りにコンビニで何か買って帰るのが好きだったんだ」
中学校では帰宅時の買い食いは禁止されていた。ルールがあれば破りたくなるのが人間の性なもんで、俺は当時の友達とコンビニに立ち寄って夏はアイスやら、冬はおでんやらを買って、歩きながら食べるのが好きだった。
誰かが喋ってる間に食べて。俺が喋る間は友達は俺の話に耳を傾けながら、意識を目の前の食べ物に集中させて。皆でルールを破る背徳感が、美味しさに拍車をかける。
おでんの出汁なんかは飲もうとすると(健康的に飲んでいいのか分からんが)どうしても立ち止まらなくちゃなんねえから(1回歩きながら飲もうとしたら鼻に入った)、友達と別れるまでの時間が少しでも伸びるのが嬉しかった。
「前の学校卒業するってなった時も、みんなで買い食いして帰ったんだよなあ。懐かしい」
卒業式の前日。それぞれが好きなものを買って、ゆっくりと歩きながら、くだらない話しをしながら道を歩いて。一人、また一人と別れていくのに寂しさが募るけど、知らないふりをして友達と笑い合う。
俺の番になり、皆と別れて一人になった時。カップの底に残ったスープを一息に飲み込めば、いつもより少し塩辛い味がした気がした。
卒業式の日に聞いた「またな」の言葉よりも、この日の別れの挨拶の方が、俺を一層孤独に感じさせた。
卒業した後も、生活圏が変わらない皆は会おうと思えば簡単に会える。俺一人だけが、皆とは違う場所に行く。一度外れてしまった道は引き返すことはできない。どんなに時を戻したいと願ってもだ。
あいつ等元気にしてっかな。俺がしみじみと呟く隣で、凜は口を大きく開けて、揚げ豆腐に齧り付いた。そして、口元を押さえて身悶えている。
「大丈夫か? 火傷すんなよ」
凜は口の中のものを飲み込み、一息つく。寒さに頬を赤くさせて、目にうっすらと涙が浮かんでるのがエロいと思った。
「熱いなら、最初に言ってくれればよかったのに」
「ごめん、お前のそのリアクションが見たくってさ。ちょっと意地悪した」
「……ひどい」
「ごめんってば。あんま拗ねんなよ、な?」
あっつあつのおでんを食べてる奴のリアクションを見るのは、日本の伝統芸能である。知らんけど。
「で、味はどうよ」
「豆腐の味がする」
「そりゃ豆腐だからな」
凜が頼んだのは、厚揚げにがんもどき、はんぺんだ。俺は凜が食べたことがある食材だという大根とたまご、それからこんにゃくをチョイスした。残念ながら餅巾着をはなかった。こいつに餅巾着の美味さを布教したかったのに。まあ、いざとなりゃ自分で作ればいいか。
「でも美味しい」
「そりゃよかった。冷めないうちにもっと食べな」
俺も湯気を立てている大根に、何度か息を吹きかけてから口に含む。噛めば噛むほど、染み込んだ出汁の味が口に広がって美味い。
ガキの頃はおでんの大根があまり好きじゃなかった。美味しさを見出すようになったのは、ここ数年のことだ。
凜がはんぺんを差し出してくる。お返しにこんにゃくを差し出すと、餌を啄む雛鳥のように凜は口を開いた。
これはきっと、友達の距離感じゃない。
「……なんか、もったいねえことしたな」
凜は首を傾げる。
「お前と付き合う前に、もっと色んなこと二人で経験しとけばよかったなって思った。そしたら、友達だった頃と恋人になってから、2倍楽しめるだろ?」
恋人になってから、あらゆるものに罪悪感と疑念が付きまとう。どこまでが友達で、どこからが恋人か。周りには俺達の関係がどう見えてんのか。付き合ってることかバレてないか。
そういった疑念に悩まされることなく、純粋に友達関係を楽しめるうちに、こいつに色んなことを教えてやりたかった。こいつが俺のファーストキスを奪ったように、こいつの初めてを、全て俺が奪いたかった。
冬の気候のせいでどうにもノスタルジックな俺に、凛はあっけらかんとした様子で言う。
「これから、2倍楽しめばいい。友達として、恋人として。恋人と友達になっちゃいけないってルールはないよ」
「……そうだな」
ふたつの道、どちらを選ぶか悩む俺に、凜は3番目の道を提示してくれる。たとえその道が周りの「普通」から外れていたとしても、俺の隣に凜がいると思うと不思議と怖くはない。
脇道に逸れる。人気がなくなったタイミングを見計らい、俺は凜の手を取った。指を絡ませ、ぎゅっと握りしめる。
「なあ、凜」
囁くように、問いかける。
今日ウチ、みんな帰り遅いんだけど、どうする?
そう尋ねると、凜の目に明らかな情欲が宿った。
ここまでお読みくださりありがとうございました。
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