7-2(最終話)
「もっと俺を信じろよ、凜。お前のことを好きな目の前の俺をさ」
クサいことを言った自覚はあった。照れ臭くなって、肩を竦めてみせる。呆然としていた凜が、頬を少し赤く染め、勝手に歩き出した。
「おい、先に行くなよ」
「ごめん、待って、今は無理」
あーあ、耳まで赤くなってきてる。こいつ、でっかい図体の割にこういうところが可愛いんだよな。年上のお姉様に好かれるタイプだ。
付き合うようになってからは、俺の方からも積極的に動くようになった。人前でってのはやっぱ無理だけど、誰もいない時を見計らってキスしたり、定期的に凛の予定を聞いて遊びに誘ったり。
なんつーか、素直に自分の好意を伝えられる環境って、照れ臭ぇけどスゲーいい。恐らくだけど本来の俺は誘われ待ちよりも、能動的に動いて欲しいものを手に入れたいタイプなんだと思う。独占欲が強いっていうか、大切にしたいっていうか。
だからその気持ちに正直に動いた。
そしたら、最初はあんなに俺に「好き」だのなんだのと平気で言ってのけた凛が、あからさまに照れるようになった。眉を下げて顔を隠して「あまり見ないで」っていう陽影は可愛い。そしてたぶん、こいつのそういうところは俺しか見てない。
ふふん、羨ましいだろ。俺の彼氏、ちょー可愛い。
「何? お前照れてんの?」
「……」
「なあなあ、お前って本当に俺のこと好きだよな。俺の何がそんなに好きなの? そういや、まだ聞いてなかったよな?」
陽影がチラッと俺を見る。
「……今の流れでそれ聞く?」
「今の流れだからこそだろ。いいから教えろよな。お前、俺のこと好きだなんだって言っといて、どこが好きとか具体的なことは全然言わねえよな」
「全てが好きって言ったら駄目?」
「悪くはねえけど……でも、お前の本音を知れたらもっと嬉しいかな」
嬉しい、を強調して言うと、凜は視線をウロウロと動かした。あともう一押し。陽影を腕でせっつく。
「な、早く教えろよ。どこが好きなの? 顔? 性格? それとも体? 正直に言っても先生怒らないよ?」
「……楓太、何だかアヤメさんに似てきたな」
それはちょっとムカつくけど、でも似ていても無理はないと思う。俺達双子だし。
何度も「頼むよ」と言うと、陽影は観念したのかため息を吐いた。
「分かった。正直に話す、けど。約束してほしいんだ。俺が何言っても怒らないって」
「何だよそれ。ま、別にいいよ。怒らないって約束する」
凜と付き合ってからの俺は驚くほどに寛容だからな。俺に嫉妬する奴等の鋭い眼差しを受けてもスルーできるようになった。
そんな無敵モードの俺ならば、たとえどんなニッチな癖を陳列されたとしても仏の心で受け流すことができるだろう。ふはは、何でもかかってきやがれ。
凜は意を決して、俺を好きになった切っ掛けを話し出した。
「アヤメさんから話を聞いたのが、お前を知る切っ掛けだった_____」
どんな悍ましい話が出てくるのかとちょっとドキドキしていた俺だったが、なんてことはない。凜の話は、いわゆる普通の馴れ初めみたいなものだった。
アヤメに俺の学生生活を教えてほしいと頼まれ、俺のことを観察するようになった。
その後マネージャーに「恋を知ったらもっと表情が豊かになるはず」と言われ、何故かその時に俺のことが思い浮かび、それから俺のことを意識するようになり、気がつけば好きになっていた。
「……へぇ、じゃあお前、俺のこと結構前から知ってたんだ」
あんまこういうこと言いたくないけど、あのアヤメが俺と凛を引き合わせてくれたんだな。
「好きになる切っ掛けはそれだとして、俺のどこが好きになったんだ?」
「それは……」
「ん?」
言いにくそうに口ごもり、凜は俺の手を握りしめた。
数分後、再び口を開く。
「お前のことが、すごく、普通だと思ったから」
「……普通?」
凜は頷く。
「普通でいることって、簡単なようでいてとても難しいことだと思う。どんな場所にも『当たり前』や『不文律』のようなものがあって、それがいいものか悪いものかに関わらず、大抵の人は何も考えずに流されてしまうから。
でも、お前は違った。どんなに周りに陰口を言われても、お前自身は誰の悪口も言おうとしなかった。いつも明るくて、笑っていて、誰にも態度を変えなかった。初対面の時も俺に普通に接してくれた。
そういう優しくて、芯が強いところが俺は好きになった」
凜が話し終えると、俺達の周りだけ厚い膜で覆われたみたいに世界が静かになる。凜は気まずさを誤魔化すように、俺の手を何度も握りしめる。
「……それが、俺が怒ると思った理由?」
「うん」
「どうして怒ると思った?」
「あまりお前は、自分のそういうところを好いていないようだったから」
ああ、その通りだ。
俺は自分の平凡で何の取り柄もないところに劣等感を抱いている。
だがその一方で「普通」にも憧れていた。今もそうだ。
一生モノの友達がほしかった。家族ではなく自分を見てほしかった。嫌がらせなんてしないでほしかった。
親を選んでも、姉ちゃん達を頼っても、どこにいても、何を選んでも俺にはちょっとした「異質」が付きまとう。でも俺はただ、普通に生きたいだけだ。それの何が悪い。
俺の願う「普通」は、周りを見ながら少しずつ学んでいって積み上げていったキメラみてえなもんだ。それが本物かどうかなんて俺自身には分からない。
でも、凜にはそれを認められたってことは……俺も少し報われたのかな。
「怒らねえよ」
そう言うと、凜はあからさまにホッとする。
「むしろ、惚れ直したかも」
こいつはどこまでも、俺が必死になって包み隠そうとする弱い部分を探し当ててくれる。そして、そこを好きになってくれる。
好きだな、と思った。大好きだ。地面に穴掘ってマントル通り越して、地球の反対側に住んでる奴に愛を叫びたいくらいだ。
知ってる? こいつ俺の恋人なんですよ。カッコいいっしょ? 俺のだから、誰にもやんないけどね。
*
校門を通り過ぎ、昇降口にたどり着く。庭に植えられた紅葉の赤い葉が足元にひらひらと落ちてくる。俺はそれを拾い上げ、茎の部分を持ってくるくると回転させる。
「楓太、知ってるか?」
こういう語り口の時は大抵、蘊蓄を語り出す。凜は日本のことを調べては、豆知識として教えてくれた。生まれながら日本にいる奴より日本に詳しい時もある。
「楓と言えばこの赤い葉が有名だが、4月から5月にかけて、小さくて分かりづらいけど赤い花を咲かせるんだ」
「へぇ、そうなんだ」
それから、楓と紅葉の違いやら花言葉やら、雄蕊だとか雌蕊だとか、詳しく教えてくれる。ちなみに俺が今紅葉だと思ったこれは厳密には楓らしい。うーん、違いが分からん。
下足箱を覗き込む。オールクリア。安心安全の上履きだ。落書きもされてないでやんす。
クラスが違うから一度別れ、階段の前で再会する。俺達が二人で並んでいるのを見て、どこからかヒソヒソと声が聞こえることもあったが、あまり気にしなくなっていた。
周りの意見に振り回されるよりも、目の前にいる恋人の思いを大切にしてやりたい。そして、俺の思いも。
「楓の花、好きなんだ」
凜は穏やかな顔つきで、俺の目を真っ直ぐ見ながら言う。
「百合や菖蒲や菫みたいに華やかで目立ちはしないかもしれないけど、俺はそんな楓が好きなんだ」
手の中にある楓のように俺の顔が赤くなったのは、言うまでもない。
後日談が1話あります。
次回の更新は4月19日の17時10分予定です。




