6-1
変な夢を見た。
夢の中で俺は煤のついた汚れたドレスを着て、意地悪な姉達にこき使われていた。
料理、洗濯、掃除! なんでみんな俺の役目なんだよ! 俺だってもっと遊びたいのに!
このやろーとか何くそとか思いながら、それでも逆らえずにせかせかと働いていたある日のことだった。俺の元に突然魔法使いが現れた。その魔法使いは、ついさっきまで俺をこき使っていた姉達だった。
「楓ちゃん、笑って。悲しい顔ばかりしてたら、楓ちゃんの素敵な顔が台無しだよ」
ユリ姉が俺の頬に手を当てて微笑み、
「そんな格好してたら心配されちゃうよ? 全く、あんたは仕方ないなあ」
アヤメが俺に新品の服を着せる。
「ほら、おにい、早く行きなよ! あの人が待ってるよ!」
スミレは俺の背中を軽く押した。景色が突然、白い光に包まれる。
振り返ると、姉ちゃん達がこちらに手を振っていた。わけもわからないまま、俺はひたすら前に向かって歩く。
どこからか、鐘の音が聞こえてきた。急かされるように、足をもつれさせながら走る。行かねえと、鐘が全て鳴り終える前に。
あいつが待ってる。
いや、そりゃね。あの時の俺は思いましたよ。
何なら男でもいいから助けてくれと。
でも、あれは冗談みたいなものだ。現実になるとは露ほども思っちゃいない。
本当に、ただの冗談じゃねえかよ。
冗談だったのに。
……何で、好きになっちまったかなあ。
*
目が覚めると、俺は自宅に戻っていた。制服はパジャマに着替えられ、額には冷却シートが貼られている。おまけに、イケメンが枕元にスタンバイしていた。まんじりともせず俺が覚醒するのを観察しているこいつは、シュメール人の顔を彷彿とさせた。
目力強すぎんだよ、こいつ。
そして俺が「陽影」と掠れた声で名前を呼んだ途端、陽影は顔をくしゃっと歪め、俺の体を覆い被さるように掻き抱いた。
「……陽影?」
いつもの俺だったら「何許可なく抱きついてんだ!」と怒るのだが、そんな雰囲気ではなかった。どことなく漂うシリアスな雰囲気に、俺が体調を崩しているうちに何かよからぬことがあったのだと察する。そして、それが原因でこいつが猛反省してるということも。
「ごめん」
俺を抱きしめたまま、陽影は悲痛な声を漏らす。
「……えーっと、何が?」
病み上がりかつ寝起きの頭に耐え得る話だといいんだけど。やめてくれよ。俺が寝てる間に激怒して邪智暴虐の限りを尽くしたとか、地球を滅ぼしかけたとか、そういうこと言うのは。
「ごめん」
俺の質問は答えられなかった。賢い奴ってのは、どうにも全てを自己完結させてしまう嫌いがある。困ったもんだ。
陽影は俺の肩口に、甘える猫のように何度も額を擦り付ける。そして満足したのか、離れていった。
温もりがなくなる。俺は咄嗟に陽影の服の袖を掴んでいた。
「……あ」
サッと顔が熱くなる。慌てて手を離し目をを伏せた。何だか、妙に気恥ずかしい。陽影にもっと抱きしめられていたいと思った俺も、その思いに従って動いてしまった体も。
俺、もうちょっと我慢強かったはずなんだけどなあ。
「楓太」
「……ってして」
「え?」
「もっかい、ぎゅってして。俺、お前のそれ、好きだから……」
最後まで言い切る前に、もう一度抱きしめられる。胸の辺りで、陽影の心臓がドクドクと忙しなく拍動する感覚があった。
気が付かなかった。こいつが率直に好意を伝えてくる時、俺ばかりが恥ずかしがって緊張しているのだと思っていた。だけど違ったんだ。
今までにないくらい、陽影の「好き」が伝わってきて、俺の体の奥が、きゅう、と甘く震える。
これ、ちょっと、まじいかも。何がとは言わんが。寝起きの癖に元気だな俺。
「ごめ、もう、大丈夫だから。充電100パーだから。離して」
そう返すも、陽影は離れようとしない。
「……俺が大丈夫じゃないからもう少しこうしてていい?」
「え?」
「お前、かわいすぎ。その反応はずるい。食べちゃいたくなる」
「食べるって、お前……」
ぎゅうぎゅうと骨が軋むほどに抱きしめられる。
「あででででで!」
「あ、ごめん」
そっちから抱きついてきたくせに俺を突き放した陽影は、怒られた犬みたいにしょんぼりと肩を落とした。
それからどちらからともなく顔を見合わせ、互いに笑い合う。
さっきまで甘ったるい空気が流れていたはずが、いつもの雰囲気に戻ってしまった。
次回の更新は4月11日の17時10分予定です。




