5-3
葉月さんと共に、人気のなさそうな体育館裏に入る。
「それで、話って何?」
俺が多少意図的に「圧」をかけて尋ねると、葉月さんは左手を胸に押し当て、深呼吸を繰り返した。
「あ、あの。この間は手伝ってくださり、ありがとうございました」
「この間?」
「画鋲……」
「ああ。いいよ別に。お礼を言うほどのことじゃない」
本題はそこじゃないだろう。続きを促すと、葉月さんはこくりと頷く。
「……私、陽影くんに助けられたことで、やっぱりあなたのことが好きだって思ったんです。一度振られてしまったけど、それでも諦められなくて……陽影くん。私と付き合っていただけませんか」
胸元に添えられた手が震えている。顔は真っ青で、目元には既に涙が浮かんでいる。自分の気持ちを曝け出すのは緊張が伴うけれど、それにしたってこれは告白という雰囲気ではない。
サワサワと木の葉が風に揺れ音を立てる。木漏れ日が、葉月さんの体を複雑なマーブル模様に染め上げた。
葉月さんは俺を見ながら、視線をチラチラと別の方へと向けている。斜め右下。包帯の巻かれていない方の手には、スマホが握りしめられている。
「……返事をする前に、俺からも言いたいことがある」
俺がズボンのポケットに手を入れると、葉月さんの肩が跳ねた。俺はポケットからあるものを取り出し、地面に向けて放り投げる。
ケースの中に入っていた画鋲は、パラパラと音を立てて地面に転がった。葉月さんの顔色が見るからに変化する。
「晴中の上履きに画鋲を入れたのは君だろ、葉月さん」
「……っ」
「君は俺達がそれを発見するのを見届けていたんだ。俺が睨みつけた瞬間、君は物陰に隠れようとして、だけど間に合わなかった。包帯をつけていた手が見えたんだ」
葉月さんは唇を噛み締め、カタカタと震える体を抱きしめる。
「俺はその時に、君がやったんだって気がついた。だけど、納得いかない部分もあった。葉月さん……君、虐められているんだろ」
葉月さんはいつもオドオドして、周りの目を恐れているような態度を取っている。そして時折体を庇うような仕草も見せるから、身体的な暴力も受けているのは明らかだった。
「そんな君が、他人を虐める精神的余裕があるとは思えない」
恐らく「誰かから命令されている」のだろう。
その「誰か」の正体を探るために俺はしばらく葉月さんの様子を観察していたが、それらしい人物は見当たらなかった。
だから、近々葉月さんに直接話を聞くつもりだった。
「教えてくれ。誰が君にこんなことを命令した?」
「ち、ちがう、わたしは_____」
「頼む、葉月さん。助けたい人がいるんだ。その人の悲しむ姿を俺はもう見たくないんだ」
そう言うと、葉月さんは涙をポロポロと溢した。
「ちが、違うんです。わ、わたしが、わたしがやったんです。私が、晴中くんを虐めたんです」
「……どうして?」
「陽影くんを、晴中くんに取られると思ったから。それが許せなくて、私、わたし_____」
腹の底が冷える感覚がする。目を細めると、葉月さんがビクッと肩を揺らした。
「そんなくだらない理由であいつを虐めたのか?」
「ひっ……」
「虐めを受けている君なら、その辛さが分かっているはずだ。分かっていて同じことをしたというなら……お前も同罪だな」
散らばった画鋲を見下ろす。そのうちの一つを手に取り、葉月に差し出す。
「同じことをしたら、お前を許してあげるよ。今までお前が楓太にやったこと、全て自分でやるんだ。そして、もう二度と楓太にあんなことをしないと誓え。そうしたら、誰にでも言わないでやる」
葉月はこくこくと頷き、画鋲を手に取った。小さな指で摘み、先端の尖ったそれを凝視したまま固まる。
「どうした? 早くやれよ。見届けてやるから」
「……っ」
「それとも、手伝いが必要?」
葉月を睨みつける。腑が煮え繰り返る苛立ちを覚えながら、それでも頭は冷静に動いていた。
葉月の様子を観察する。眼鏡の奥の怯えた瞳。包帯の撒かれた腕。握りしめられたスマホ。
葉月のスマホが震える。振動に合わせて葉月が体を慄かせた瞬間、俺はすかさず葉月に近づき、スマホを奪った。
「あっ……」
スマホにはロックがかけられておらず、誰でも開けるようになっていた。通知をタップすると、無料通話アプリのチャットルームに繋がった。
俺はそこに表示された文字列と画像を見て、戦慄する。
吐き気すら催しそうになり、口元を押さえた。
「あ、ああっ、あァ……ッ」
葉月がその場に膝をつく。画鋲で体が傷つくのも構わず、もしくは傷ついていることすら気がついていないのか、頭を掻きむしり、長い髪を振り乱した。
「……なんで、なんでなのよッ!」
葉月は慟哭する。
「わ、私の方が、私の方が先に陽影くんのこと好きだった。私の方がずっと、ずっと昔から虐められてた! 私の方がつらかった! 何よ、何なのよ! あいつ、いつも平気そうな顔して笑って……ッ! 何で、どうして……っ」
小さく、引き攣るような声。その声は俺の心を引き裂いた。
「どうして私のことは誰も助けてくれないの……」
先程、カッとなったとは言え葉月に酷いことを言ってしまった。申し訳なさに、何も言えなくなる。
それだけじゃない。俺はずっと、葉月が虐められていることを知っていながら、知らないフリを続けてきた。
俺には関係ないから。俺にはどうしようもできないから。顔の知られている俺が下手に関わっては、余計虐めが悪化するかもしれないから。向こうから助けてくれないことには、俺にはどうしようもできないから。
『虐めを受けている君なら、その辛さが分かっているはずだ。分かっていて同じことをしたというなら……お前も同罪だな』
それを言うなら俺だって同罪だ。俺は誰も助けられない。葉月も、俺が本当に好きな人のことも。
だけど、だからと言って、それがあいつを虐めていい理由にはならない。
「……ごめん」
結局、それしか言えなかった。
「君を助けてやれなくて、本当にごめん。でも、俺……どうしても、あいつを助けたいんだ。俺にとってあいつは、本当に大切な人なんだ」
「……晴中くんのこと、どうしてそんなに好きなの?」
「君には分からないかもしれない。でも、素敵な人だよ」
だから君の思いには応えるつもりはない。
そう答えると、葉月は傷ついた顔をした。そして、俯いたまま、何も言わなくなった。
次回の更新は4月5日 17時10分投稿予定です。




