5-2
その日は朝から仕事があって、学校に到着したのは、昼休憩を少し過ぎた頃だった。
教室に寄る前に楓太のクラスに立ち寄る。楓太を探してみるが……見つからない。
近くにいた人に尋ねると、どうやら体調不良で朝から保健室で休んでいるらしい。
昨日会った時は別段変わった様子はなかったし、夕方雨が降ったということもない。
ということは普通に風邪を引いたか……もしくは前もあったように、寝不足で体調を崩したんだろう。
あいつ、二度と夜更かしはしないと言っていたのに、約束を破ったのか。もしそうだとしたら「お仕置き」をしてやらなければな。
何をしてやろうか。
5分間くすぐりの刑。ハグの刑。キスの刑。もしくはそれ以上……。
考え込みながら保健室へと向かう俺を、背後から控えめに呼び止める声がする。
「あ、あの、陽影くん……」
「……何?」
急いでいたが、無視をするのは可哀想だったので、仕方なく立ち止まる。
クラスメイトの葉月さんが、おずおずと俺の服の袖を掴む。彼女の腕には、いつも包帯が巻かれている。
「ちょっと、言いたいことがあるんです。数分だけでいいから、私に付き合ってもらえませんか」
「申し訳ないけど、俺、行かなくちゃいけないところがあるから_____」
「お願いします、少しだけでいいですから!」
葉月さんは廊下中に響き渡る大声を上げた。辺りはしんと静まりかえる。自分が大声を上げたことに気がついた葉月さんは、顔を真っ青にさせ、口元に手を当てた。
「あ、あの、私、わたし_____」
カタカタと震える彼女を見ていると可哀想で、放っておけなかった。それに、仮にこのまま放っておけば何かよからぬ噂が立つかもしれない。
「……分かった。行こう」
葉月さんの手を掴み、外へと連れ出す。
「俺も、君に聞きたいことがあるんだ」
*
教室で昼食を摂るふりをしながら、もしくは校内を散歩しながら、俺は辺りに耳を澄ませた。背は比較的高い俺だが、昔から気配を消すのが上手かった。処世術のようなもので、あまり目立ちたくない時や、人と喋りたくない時には役に立つ。
そこで、様々な話を聞いた。
『今年入ってきた1年、身内に芸能人がいるらしいよ』
『知ってる! あの晴中三姉妹のとこの長男なんでしょ。でも、正直顔似てないよね。冴えないっていうかさ……』
『1年の晴中、マジで調子に乗ってる。この間も2年に告白されて「そういうのには興味ない」って断ったんだってさ』
『誰がお前なんかに興味あるかよ! ウチらはあんたじゃなくて、あんたの家族に用があるんだっての。勘違いしてんじゃねぇっつーの』
『てか、興味ないって何? もしかして男が好きだったりすんの? キモッ』
『あんた今度告白してみなよ。案外オッケーもらえるかもよ』
『うわ、気持ち悪いこと言うなよ』
『晴中くん可哀想だよね。お姉さんのことがあって、孤立しちゃってるみたい』
『あー、でもあいつ、いつもヘラヘラしてるよね。傷ついてませんけど? って顔。なんかムカつく』
もう十分だった。これ以上聞いてられなかった。
どうして皆、褒め言葉は腹に溜め込む癖に、悪口はすぐに口に出すのだろう。そうではない人もいるとは分かっているが、憶測が憶測を呼び、晴中楓太という男の人物像が歪んでいくことが耐えられなかった。
俺は晴中のことを直接見にいくことにした。アヤメさんに頼まれたからというのもあるが、やはり、本人に興味が湧いたのだ。
クラスは少し離れていたが、教師の手伝いを名目に晴中のいる教室に向かった。
『次の授業、俺達のクラスですよね。荷物運びますよ』
『おお、ありがとう。助かるよ』
丸められた地図の筒と教科書類を持ち、周囲を観察する。晴中はすぐに見つかった。まとう雰囲気が、アヤメさんに似ていたからかもしれない。
窓際の席に座る晴中は、熱心に窓の外を見ていた。キラキラと輝く瞳。うっすらと口角の上がった唇。何がそんなに面白いのだろう。
真似して窓際で外を観察してみたが、結局晴中が何を見ているのか分からず終いだった。
1年後、俺は彼の眼差しの先にあったものの正体を知る。
グラウンドにはよく、野良猫が出入りするらしい。用務員のおじさんと野良猫が戯れているのをみるのが可愛くて好きなのだと、楓太は笑った。
そういうお前の方が可愛いと言ったら、顔を赤くして肩を弱々しく叩かれるから、やっぱり可愛いと思った。
『アヤメさん、楓太さんのこと、確認してきましたよ』
『お、本当? 写真は撮ってきた?』
『写真はないです。でも……可愛い人だと思いました』
アヤメさんはきょとんと目を瞠った後、ニマニマと意地悪な笑みを浮かべた。
『からかい甲斐がある奴でしょ? あたしもよく、自分の服着せて遊んだりしてるのよ。見る?』
そう言ってアヤメさんが見せてくれたのは、短いスカートの裾を引っ張り、恥ずかしそうに目元を隠す晴中だった。
背筋をぞくぞくと不思議な感覚が駆け上る。
『我が弟ながら似合ってるでしょ。いっそのこと女の子に生まれてたらあたし達と一緒にモデルできてたかもね、なーんて……って、陽影くん。顔怖いよ。どうしたの』
『俺の頭の中で、新しい扉が開く音がしました』
『え、そ、そうなんだ。ふーん。……写真、いる? 他にもあるけど』
『全部ください』
『返事はや! 楓太には内緒ね。あいつ、絶対怒るから』
「可愛いがりたい」と「虐めたい」は両立するのだということを、俺はその時初めて知った。
次回の更新は4月3日 17時10分投稿予定です。




