意思疎通するもの
「ねえ、ノライ」
アヤカが黄緑色の蕾に話しかけた。
バレーボール大の蕾は色艶良く、アヤカの話に反応して時々赤く光る。
「ねえ、ノライ、今さっきね地域の公的機関からメッセージが届いたの。どうやらメアリさんの住んでいる辺りで行方不明者が多発しているんですって。あの辺は用水路に囲まれているらしいんだけど、その水路脇に正体不明の物体がいくつか見つかって警察が調べているそうよ。気味が悪いわね。ここは用水路からかなり離れた場所だけど、それでも用心しないとね」
アヤカが眉をひそめると、蕾は微かに震えた。
「どうしたの」
ノライが何かを伝えようとしている。
「あなたの思いが分かればいいのに」
アヤカが蕾にそっと触れる。
──アヤカ。
えっ、呼ばれた。
まさか、
「ノライ?」
──そう。わたし。
「あなた、喋れるの?」
──あなたのあたまに、よびかけてる。
「嬉しい。あなたと意思疎通できるなんて」
──わたしも。やっと、おもったことや、かんじたことをあなたにつたえられる。
「突然あなたの思いが分かるようになったのは何故?」
──あなたをしんらいすることにしたから。あなたは、わたしをだいじにしてくれる。
「だって、あなたは大事だもの。人見知りな私の唯一の友人よ」
──ともだち。
「そうだよ。あなたは友だち」
──ともだちのアヤカ。あなたがはなしていたスイロには、ぜったいいかないで。
「やっぱり、あの用水路には危険なものが潜んでいるの?」
──あれは、メアリのとなりのいえのノライ。あそこでは、みずをすえないから、じめんにもぐってスイロまでねっこをのばした。
「メアリさんの隣って…私、この間ね気づいたら、そこのドアを開けようとしていたのよ。誰かに操られてたみたい」
──アヤカ、メアリとはつきあわないで。あのひとは、きけん。
「つき合ってはいないけど、前に連絡先を交換していたの。削除した方がいい?」
──アヤカがメアリのメッセージをうけとらないようにしないとダメ。
「分かった。彼女からの連絡はブロックするわ」
──とにかく、メアリとかかわらないで。それと、みずべにはいかないで。
ノライは蕾を赤くして警告した。
その頃、メアリは用水路脇の小径を歩いていた。
日中のこの辺りは、のんびりとした雰囲気だったが、殆ど人気が無かった。
用水路の近くに行かないように公的機関からこの地域の住民に一斉に連絡があったためである。
ただ、先の方で水路を覗き込み、紐を結んだバケツでそこを流れる水をすくい取って、保存容器に採取している二人の男がいた。眼鏡をかけた小太りの男と、ひょろりと背の高い男で、どこかの調査機関からやって来たのだろう。
メアリは彼らに流し目を送りながら、そこを通った。
「お嬢さん」
眼鏡の男が声をかけてきた。
「はい」
メアリが立ち止まり、男たちを見た。
「あなた、この辺の人?」
眼鏡が聞いてきた。
「ええ、近所に住んでいます」
「じゃあ、役所から連絡が来ていると思うけど、この用水路に近づかないでください」
最近奇妙な事が立て続けに起きてるから、と眼鏡が言う。
「はい、分かりました。お兄さんたちも気をつけて」
メアリは色っぽい笑顔を向けて、その場を去った。
背の高い男が、ぼーっとこちらを見ている。
クスッと笑いながら、メアリは背後に意識を集中させた。すると、何かが這い出て何かに絡みついた微かな気配を感じる。振り向くと、白く太い根に全身が幾重にも巻きつかれた二つの物体が転がっていた。
「あーあ。用水路に近づいちゃいけないのに」
メアリは笑みを浮かべてそこから離れていった。
やがて、水路脇の小径に黒っぽいカサカサに干からびた何かが二つ、秋風に転がされていた。




