干からびたもの
小川のような用水路。
夜、元々人通りのほとんど無いこの辺りで学生カップルが佇み二人だけの世界に浸っていた。
じっと見つめ合うその足下に音も無く忍び寄るものがあった。それは二人の両側から近づき、それぞれ一気に足首から太股へと素早く絡みついた。
悲鳴をあげる余裕もないまま、二人は引き離され二つの巨大な蛹のようになって地面に横たわった。それからいくらも経たずに絡みついていたものは縛りを解き、スルスルと後退していき水路の中に消えていった。
その場に残っていたのは、二つの焦げ茶色に干からびた巨大なバナナの皮のようだった。
翌早朝、メアリが水路沿いを散歩していた。そして、例の抜け殻のような干からびたものを目にする。
「あらぁ、食べられちゃった」
彼女は薄笑いを浮かべ、カサカサのそれらを爪先で蹴りながら水路の際へ動かして、その中に一気に蹴り落とした。
「両脇の家のノライは、ここで栄養補給をしてるわけね」
周りを見回しメアリは独り言ちた。そして、結構遠くまで根を伸ばしてるのねと思った。ここは彼女の住まいから半キロほど離れている。
水路は、メアリが露天商をしていた近くの神社やメアリの瞳が好きだと言っていたあの人の住まい、そしてメアリの住まいなど、この地域一帯をぐるりと囲むように伸びている。その直径は三駅分ほどの距離があるので、かなり広範囲を囲んで、そこを流れた水はやがて大きな河川に流れ込む。
二つのカサカサした抜け殻のような物体を作った根はいつか大川まで伸びてゆく。その間に、いくつもの干からびたものが流れの脇にできあがるのだろう。
「水のある場所を歩く時は、巻き付かれないように気をつけないとね」
メアリはクックッと笑った。
「ねえ、ノライ」
アヤカは彼女の部屋のいつもの場所で蕾に話しかけた。
「今ね、ネットニュースを見たんだけど、メアリさんの住んでいる辺りにある用水路沿いで、奇妙なものが見つかってるんだって。人の身長ぐらいの干からびたものなんですって」
なんか不気味ねと彼女は眉をひそめた。
すると黄緑色の蕾が、ボウッと赤く光った。
「何か私に伝えたいの?」
アヤカは蕾にそっと触れた。
「えっ、水路に近づくな?わかったわ。この間も気がついたら、メアリさんの隣の家に入ろうとしちゃったの。気をつけないとね」
アヤカが微笑むと、蕾はまた赤くなり触れていた彼女の手がほわっと温かくなった。
夜、メアリは水路沿いを注意深く歩いていた。塩素系漂白剤のボトルを数本入れた斜めがけバックを肩にかけて、街灯の少ないところを進んで行く。
微かに悲鳴が聞こえる。キーの高い子どもの声だ。メアリは走った。10歳ぐらいの少女だろうか。ハイカットスニーカーの爪先から甲にかけて白い根に引っかけられていた。ぎりぎり肌には触れていない。
メアリはバッグから漂白剤を取り出し、スニーカーにかからないぎりぎりのところに撒いた。白い根は白煙を上げて暴れ、少女の足を解放した。メアリは少女の肩を抱えて水路から離れた。
「なんで、こんな時間にあそこにいたの」
明るい大通りに出ると、メアリが聞いた。
「お母さんと喧嘩した」
少女は答えたが、まだ体が震えている。
「最近ニュースになってるの知ってるわよね。噂の書き込みと違って、ニュースの情報は少しは信じるべきよ」
「はい」
「あのまま、あなたの足首まであの根に絡まれていたら助からなかったわ」
「はい」
「これからは暗くなったら水のあるところに行かないこと。いいわね」
「はい。助けてくれてありがとうございました。あの…名前を聞いてもいいですか」
「もう、会うこともないから教えない。早く帰りなさい」
「はい」
少女はお辞儀をして街灯が照らす明るい道を進み、やがて姿が見えなくなった。
残されたメアリは、私らしくない事をしちゃったわと苦笑いした。




