01 奄美剣星 著 初雪&カメラ 『恋太郎エクスプレス』
挿絵/深海様より
一日あたりの利用者数が四万人弱ある新潟駅。そこには南口と北口に相当する万代口とがある。十数階はあるだろうか、ビルに囲まれたバスターミナルから、バスを降りた十歳くらいの子供が息を切って走ってゆく。
ニットの帽子とジャケット、ジーンズ。そしてブーツ。
たまたま道を歩いていた駅員さんがその子に、
「嬢ちゃん――いや、ごめん、坊ちゃんだったか。雪が積もっているから転びやすくなっている、走らないほうが――」……いいよ、といわぬ間に豪快につんのめる。
「ああ、いわんこっちゃない」
積雪は十センチというところか。
足早にゆく他の客たちが、立ち止まり、どうしたものかと互いに顔を見合わせていると、大きな目に長いまつ毛を生やした女の子のようにもみえる少年は、勢いよくまた立ち上がって、改札口に突進していった。いやいや、正確にいえば自動券売機で百四十円の見送り人用入場券を買ってからだが。
ともかく。
そこから、左折。
駅ビルの屋上にあたる高架橋と連結しているのがこの駅の華・新幹線ホームだが、ニット帽の子はそこにはむかわない。
地上をゆく在来線四面六線をもつ地上面を連結する、歩道橋みたいな〝袴線橋〟の昇降階段を突っ走ってゆく。
途中には、押しボタンでドアが開く三連結の各駅停車のディーゼル列車がいて、それがでると、クリームイエローな車体をした特急〝いなほ〟が入線してきた。
白い息。
少年はじれったそうに携帯電話の時計をみやった。
汗が冷たくなってくる。
1番線ホームは列車本数を増量するためか、不自然な格好で増設され、奥にゆくと急に幅が狭くなる。その先端が少年の縄張りだ。
ポシェットからデジタルカメラを取りだす。
在来線特急〝いなほ〟が出発した。
歩行者用袴線橋や道路立体橋のほかに送電線用アームのゲートがどこまでも続き、途中でカーブした彼方から、車両格納庫で目覚めた〝彼女〟は転車台でむきを変え、控えていた紳士にエスコートされてきた。
八時四十五分を過ぎたころ、駅は舞踏会場宮殿と化す。
レールでワルツを踊るかのように、紅のEF100形電気機関車に牽引されてきたのは、窓が大きなスペースを占めたエキゾチックな、深いオレンジとセピア系ブラックでカラーリングした定員三百三十八名・七両編成の客車〝ばんえつ物語号〟がつづき、そしてついに、少年は、〝彼女〟に出会った。
後ろにむいた格好だが、径の小さな前輪二つと、国内最大百七十センチ動輪を連棒で三連結させ、その後方運転室の下に、前輪と同じ径をした従輪を配している2C1蒸気機関車というのは日本風の種別。――作曲家オネゲルが交響曲のモチーフとした『パシフィック231』とはまさにこのタイプの機関車のことだ。
シャッターを切って切って切りまくる。
濛々とあがる黒煙。
白龍が漆黒の車体にからみつくかのようにシリンダーから強烈な蒸気を吐きだしてゆく。
3番線入線。
少年は駆けだした。
次は袴線橋を渡りそこまでゆくには三百メートル以上はあるだろう、そこまで一気に駆けてゆき、整備員が電気機関車と蒸気機関車の連結器を外すシーンが撮れるからだ。しかし、時間は限られている。
少年は雪が積もったところは前よりは慎重に、屋根のあるところは、ダッシュしてむこう側ホームへ一気に駆け登っていった。
彼の名は恋川遼太郎。級友は略して恋太郎と呼んでいた。その名の通り惚れっぽい。いま恋をしている相手は〝貴婦人〟と呼ばれているもっとも旧国鉄時代に製作された蒸気機関車のうち、ほっそりとして、もっとも優美なフォルムをしたC57形だ。
クリスマス・エクスプレス。
十二月のその日が年内ラストランで再開は翌年四月からだ。
――来年またここで貴女に逢いたいです。
胸に脱いだ帽子を当てて一礼、告白としばしの別れの挨拶だ。
雪の降りが強くなってきた。ホームには二十センチばかり積もっている。
汽笛が鳴った。
先端に取り付けられた前照灯が点いたとき、少年には彼女の目が微笑んだかのようにみた。
了




