莉子の声。
「あぁ・・。」
俺の顔を見ると、ため息とも、驚嘆ともとれない声を親父さんがあげた。片付けているのか、ただ、呆然と立っているだけなのか、莉子のおふくろさんも、俺の姿に、突然、走り寄ってきた。
「こうちゃん!」
いつも、そう呼んでいた。我が子のようだと言ってくれた事もある。きっと、我が子の存在だったんだろうと今なら、思える。
「こうちゃん!」
莉子のおふくろさんが、次に発した言葉に俺は、愕然とした。
「一緒だったんでしょう?莉子と。連絡がとれないから、てっきり、一緒にいるんだと・・。」
「違うのか?」
親父さんまでもが、詰め寄ってきた。
「一緒じゃないのか?」
二人の顔は、俺の言葉に希望を見出そうとしているかに感じた。
「一緒じゃ・・。」
そう答える事が、二人の希望を絶つ事になるのが、わかっていた。そして、俺も、新たな不安が生まれていた。
「逢えなかったんです。」
あの地震の日、もう少し、早ければ、莉子と一緒にいた。
「莉子は・・。一旦、戻ってしまったんです。」
声が震えた。まさかと、思った。莉子が、そんな目に逢う訳がない。きっと、生きている。ここで、話しているうちに、ひょっこり現れるはずだ。
「何、深刻な顔して!」
どこからか、莉子の声が聞こえてる気がした。
「ねぇ、片付けにきてるの?その割に、3人とも、動かないじゃない?」
俺達、3人を莉子の幻影が叱咤した。
「中に入って!わぁ・・。凄い散らかりようね。2階は、どうなのかしら。」
そう言いながら、莉子の幻影は消えて行った。
「俺達は・・。」
莉子の親父さんが、ポツリと話始めた。水は、かろうじて、2階までは、上がらなかったらしく、身の回りの物を、少しづつ運び出していた。
「あの夜の食事の買い出しに、二人で来ていたの。それで、何とか、難を逃れたんだけど、家に戻れなくて・・。」
お袋さんの顔がひきつっていた。
「莉子が、心配で、今朝、無理矢理、きたの。他は、水が引かないんだけど、ここは、高台だから、大丈夫だろうって。」
二人は、ずっと、話しながら、落ち着かない様子だった。
「莉子は、間に合ったのか・・。」
泥の中から、アレクのリードが出てきた。
「庭につないでいたのかもしれない。莉子は、アレクを助けに戻ったのかも。」
俺は、莉子は、アレクを可愛がっていたのを知っている。バカ犬と言って、よくアレクにお説教していた。お銚子物で、食いしん坊だと、よく言っていた。大切な靴をかじられたと、本気で怒っていた事があった。逢ってると、アレクの話の多い日もよくあった。
「アレクはきっと、賢いから・・。」
大丈夫です。そう言いたかった。でも、そう言うには、余りに、凄い惨状だった。莉子の自宅のある辺りは、周りより、山地だった住宅街らしく、他より、被害が少なかった。だが、そのだいたいは、1階の天井まで、浸水しており、泥に、満ちていた。瓦礫も多く、あちこちに、流されてきた車が、立てや、横になっていた。これが、同じ日本なのかと、目を疑った。
「どこにも、居ないの・・。」
おふくろさんが、言った。悲しい声だった。
「アレクも、莉子も、何処にいるの?」
俺も同じ思いだった。親父さんも、皆、この震災で、誰か、大切な人の身を案じていた。自分の事より、家族の消息を心配する人がそこらじゅうにいた。
「探しましょう。」
俺は言った。きっと、莉子は、どこかに、避難している。携帯だって、もう、充電切れで、連絡がつかなくて、焦っているかもしれない。きっと、探してくれるのを、待っている。
「生きていますよ・・。」
いや・・。生きていてほしい。俺はそう、思った。このおふくろさんや、親父さんを置いていくはずがない。こんな終わり方をする女じゃない。
「手分けして、探しましょう。」
莉子を、探し出す。親父さんとおふくろさんは、しばらく、近くの中学校に、避難すると言った。きっと、探し出す。そう3人で、約束していた。