街に出かけてみたい
レースの縁飾りハンカチは、靴下のかけつぎより儲かったけど、それで私の欲望に火がついた。
「異世界の生活が分からないままでは、何が儲けになるのか分からないわ」
異世界に来てから、家、一度だけ教会、学園、何度か王宮にしか行ったことがない。王宮は……行きはマーガレット王女の後ろを歩いているだけだし、帰りはメイドに案内されて馬車に乗るだけだもん。王妃様と会うなんて、そんなにある事じゃないのは分かっているけど、違うんだ。
「もっと街に行きたい!」
屋敷も学園も広いよ。でもね、前世では行きたい所に自由に行っていたんだよ。籠の鳥みたいな閉塞感で息が詰まりそうだ。きっと春になったからだと思う。冬は暖炉の前から動きたくなかったもの。
「侍女システム、どうにかならないかな?」
貧乏なグレンジャー家でさえ、私が出かけるにはメアリーが付き添うのだ。
「メアリーは、頼んだら割とすぐに苗や種を買ってくるわ。歩いていける所に店があるのよ。それにハンカチを売りに行ったりもしている」
お金は無いからショッピングはできないけど、街を見てみたい。だってペイシェンスの記憶にも無いんだよ。リサーチは必要だ!
なんて意気込んでも、なかなか街は遠かった。距離的ではなく、令嬢が街に出掛けるのが遠いんだよ。
そんな時、ふと寮で女子がきゃぴきゃぴ話しているのが耳に入った。
「そのリボン、素敵ね。やはり王都は良い店が多いわ」
「そうね、田舎では手に入らないもの」
Aクラスの女子は基本的に寮に入っていない。つまりBクラスかCクラスの女子だと思う。地方の下級貴族か裕福な家の娘なのだろうが、ロマノに屋敷が無いから寮に入っている。つまり侍女がいない筈なのに外出しているのだ。
とんだ間抜けだ! ペイシェンスの常識に縛られていたのだ。学園の校門は閉められていない。私が侍女システムに呪縛されていただけだ。『駄目!』とペイシェンスが騒いでいるけど、街に出たいと説得する。
『街へ出て何が売れているのか調べる必要があるの』弟達には馬が必要になる。それに剣だって正式に習わせたい。特にヘンリーは騎士コースを取りそうだもの。騎士コースには馬術が必須だ。馬も自分の愛馬を連れて来ているみたいだし、防具とかも購入しないといけない。それまでには卒業して働いているつもりだけど、ナシウスには大学に行かせたい。金はいくらあっても良い。頭痛がおさまった。
「街に出るのは、月曜か水曜か金曜ね」
スケジュール表を見ながら計画を立てる。火曜と木曜は音楽クラブがあるから駄目だ。遅れたらマーガレット王女に叱られる。月曜と水曜は4時間目だけしか出かけられない。放課後はマーガレット王女の部屋で側仕えしないといけないからだ。でも、少し遅れるぐらいなら大丈夫。図書館に居たとか謝ればいけそう。
「一番良いのはマーガレット王女が王宮に帰られる金曜だわ。音楽はマーガレット王女も修了証書を取っておられるから、3時間目が終わったら帰られるもの」
何度か王宮に連行されていたが、毎回ではない。それに少なくとも前の日までには教えてくれていた。ハノンの新曲を練習させる為だけどね。
「金曜なら夕食までに寮に帰れば良いのだわ」
木曜にも王宮行きを告げられなかったので、金曜に決めた。
まだ上級食堂でリチャード王子やキース王子と一緒に食べている。そろそろ良いのではと思うけど、ビクトリア王妃の命令だから仕方ない。きっと、年末にリチャード王子が卒業されたら、別に食べる様になるんじゃ無いかな? あっ、でもマーガレット王女の学友達との食事も気を使いそうだな。なんて考えているのは、いつもの通り、キース王子がリチャード王子を怒らせているからだ。
キース王子って地雷踏むの上手いね。感心している場合じゃ無い。マーガレット王女が『何とかしなさい』と目で合図している。3ヶ月の間に、昼食の揉め事仲裁を何度したことか……ええっと、今回は何の地雷を踏んだのだったっけ。青葉祭だ。キース王子は自己紹介でも言っていた通り『騎士クラブ』に入っている。それなのに青葉祭では初等科だから試合に出れないとか文句を言って、リチャード王子に学生会長なんだからどうにかして欲しいとか強請ったんだ。
「クラブの運営は部長が決める事になっている。学生会だから横車を押すなんてできない事ぐらいわからないのか」
マジ怒だよ。リチャード王子は間違ってない。ご立派だよ。でもね、キース王子の不満も分かってあげても良いよね。
私が口出すのは無理だと、目でマーガレット王女に合図するが、許して貰えない。
リチャード王子に話すのは怖いから、マーガレット王女と話そう。
「青葉祭では何が行われるのですか?」
「音楽クラブでは、講堂で新曲の発表会を日に3回はしますね。あと、講堂では演劇クラブやコーラスクラブの発表もあるから、楽しみだわ」
「コーラスクラブには、友人のルイーズもいますの。1年生でも参加できるのかしら?」
「さぁ、コーラスクラブの事はよく知らないの。ルイーズとかが上手ければ舞台に立てるのではないかしら。貴女も2年生だけど、4曲も新曲を発表するでしょ」
私達ののんびりとした話でリチャード王子の怒りのボルテージも下がったようだ。
「ルイーズはコーラスクラブの発表に出ると言ってたぞ」
キース王子も気が逸れて良かったよ。
「ペイシェンスは新曲を4曲も作ったのか?」なんて、リチャード王子に褒められたよ。私より弟に気を使ってあげて。
「そうなの、ペイシェンスの才能に惚れ込んでアルバートときたら求婚したのよ。勿論、きっぱりと私が断ったわ」
そんな話をここでしなくて良いじゃないと、真っ赤になる。
「あの変人アルバートが求婚したのか?」
リチャード王子は爆笑しているから、気を逸らすのは成功したけど、とんだ恥をかいたよ。
「ふん、お前に求婚するのは変人ぐらいだぞ」なんて、また地雷を踏むのはやめて!




