領主カトリーヌの正体
「馬鹿と何とやらは高いところが好きとはよく言ったもんだ」
俺はなんとかメイド軍団と衛兵たちを切り抜けて、カトリーヌのいるという最上階の部屋に辿り着いた。メイドのひとりを脅して見つけた場所だ。
途中の部屋で装備も取り返したし、後はカトリーヌから力づくでトアさんを取り返すだけ。
それに……なんか扉の向こう側から悲鳴のようなものが聞こえる。
トアさんの身が心配だ。
俺は心を落ち着けるように深く息を吸って吐いてから。
扉を思いきり蹴破る。
勢いのまま中へ入ると俺の視界に飛び込んできたのは、痛々しいまでのピンクの壁に、たくさんのぬいぐるみ。
まさに少女趣味の部屋といった雰囲気の中心地に、トアさんと、カトリーヌがいた。
驚きに目を見張ったトアさんの視線の先には――
「く、ぐるじぃぃぃぃっ!! な、なんなのよぉ、ごれぇぇぇっ!!」
カトリーヌがこの世の終わりのような苦悶の声を上げて、床をのたうち回っている。
やけに男のように野太い声で悲鳴を上げていた。
「これは一体……トアさん、君がやったのか?」
「いえ、わたしのせいですが、やったのはわたしじゃないというか」
なんだかはっきりしない返事だ。
トアさんが言う。
「竜に認められない者がその身体を傷つけ、不当にその血を奪い取ろうとした不届き物には、必ずしも天罰が下るであろう……そんな話を昔、お母さんから聞いたことがあります」
「えっと、それはつまり?」
「わたしの許可した相手以外が……わたしの血を飲むと拒絶反応を起こして、あんなふうに苦しんでしまうんです」
「うわあ……」
カトリーヌの奴、ひどく苦しんでいる。
トアさんを誘拐したような悪党だし、自業自得とはいえ全身が吐しゃ物まみれになってるし、そこに気が回らないほどものすごい痛みに苛まされているのだろう。
天罰とは上手い言い回しを考え付いたものだ。
そういえばずっと気になっていたことだった。
飲んだ者に、絶対的な力をもたらすという竜人の血液。
その能力欲しさに、力づくで竜人の血を奪い取ろうとする者が後を絶たなかったはずだと疑問に思っていたが成程……そうやって力の流出を防いでいたのか。
それは同時に、竜人たちの、自らの身を守ることにも繋がるわけだ。
しかし、トアさんが変わり者だからすっかり頭から抜け落ちていたけど、トアさんってあの伝説の竜人で、その末裔なんだよな。
俺も一歩間違えればカトリーヌと同じ道を辿っていたかもしれないと思うと、すごくぞっとする。
……ん、待てよ。
俺に拒絶反応が起こらず、力が発現したということは――
俺はトアさんに認めてもらったということだよな。
そう考えるとなんだか自分が誇らしく思えた。
「ティーさん、なんだか嬉しそうですね」
「え、なんでそう思ったんだ」
「ふふ、顔に出てますよ」
思わず確かめるように自分の顔を触ると、トアさんがくすっと笑った。
これは一本取られたな。
肩をすくめたそのとき、トアさんの喉元から血が流れていることに気づく。
「トアさん、首の怪我どうしたの? あいつに何かされたのか?」
「ああ、これですか。カトリーヌちゃんに噛まれちゃってそのときに」
「あの野郎……今のうちにトドメ刺しておくか」
「だ、大丈夫ですよ。傷は浅いですし、治癒魔法ですぐに治せます」
「本当に何ともない?」
「ええ。これくらい唾つけるだけでも治りますよ。……って、ティーさん? なんで壁に頭を打ち付けてるんです!?」
「トアさんの唾がないと死んでしまう病にかかってな」
「そんな病気ないです」
「でも、トアさんの唾がないとこの傷は治らないんだよね」
「じゃあ、竜騎士の力で身体が再生するから問題ありませんね」
うぐう、勝手に傷が治るこの身体が恨めしい。
「何でそんなに悔しそうに歯ぎしりしてるんですか!? そもそもわたしの唾なんて汚いだけですよ」
「いや、美少女の唾はこの世のどんな宝石より価値があるのさ。創世記にもそう書かれている」
「そんなことないです」
トアさんは自分の価値を頑なに認めようとしない。まあ、そういうところが彼女の良さなんだけど。
……って、今はこんなことしている場合じゃなかったな。
増援に来られても面倒だし、さっさとここから逃げ出そう。
「待ちなさいなの!」
男のように低く、くぐもった怒声が響いた。
振り返ると、カトリーヌがぜえぜと息を吐きながら、壁に手を突いて身を起こしている。
見間違いだろうか。
……そこにいるのはゴシックドレスに身を包んだ、四十代後半の顔つきをした小男だった。
「その顔と声……お前、男だったのか!」
「言うなぁぁぁっ!!」
カトリーヌは不安で顔を引きつらせ、長い髪を振り乱しながら、血走った眼で俺を睨みつける。
まるで化け物――いや、魔物のように醜く、恐ろしい形相だ。
「見たな! このあたしの姿を! 知られたからには生きて返すわけにはいかないの!」
可愛らしい喋り方で。
だけどおっさんのように低く野太い声で、カトリーヌは喚き散らした。




